民族音楽について、ここ何年もの間、色々なことを考え続けている。音楽が素晴らしいのは、言語や異文化の壁を軽々と飛び越え、人の心に訴えかけてくる事だ、と思う。
20世紀初頭・ノースカロライナ州。アパラチア山脈の奥深く、移民たちによって人知れず謡い継がれてきた「うた」。それはイギリスやアイルランド本国では、とうの昔に失われてしまったバラッドの数々だった・・・、何というロマンティックな物語なのでしょう!
主人公の音楽学者リリーは、自分の発見に狂喜乱舞、早速この貴重なバラッドの数々を採集しようと躍起になります。
この作品の中で描かれているのは、本来あるべき「うた」の姿です。我々が暮らす現代社会では、歌手が歌ったものが「商品」として取引きされます。しかし元々「うた」は、民衆の生活の中に「普通」に存在していたものです。
出産の苦痛に耐え抜いた妊婦をいたわって、おばあちゃんが優しくうたいかけます。言葉のやりとりでは伝えきれない「思い」を、うたに託して伝えようとする人々の姿があります。うたの採集に協力した報酬として、リリーからお金を渡され、人々は皆、不思議そうな顔をします。「うたを唄っただけなのに」と。
しかし、山の中で暮らす人々の素朴で純粋な生き方に触れるうちに、リリーもまた、自分が見失っていた大切なものに気づいてゆくのです―。
多くのミュージシャンたちがこの映画に共感し、参加しています。ブルース界の大御所、タージ・マハールや、「トゥルー・グリット」のエンドタイトルで「Leaning on the Everlasting Arms」を歌っていたトラッドの第一人者、アイリス・ディメントらが開拓民の役でワンシーンながら出演し、素晴らしい歌や演奏を披露。そしてカントリー界の歌姫、エミルー・ハリスがエンディングテーマを飾ります。
音楽は、人と共に移動しながら、口から口へと伝えられてきました。ロシアのある地方に伝わる楽器と、アイヌの伝統楽器に、そっくりのものがあると聞きます。日本の民謡の中にも、ユーラシアの遊牧民や、稲作と共に大陸から伝わってきたものがあると言われています。
初めて聴く異国の曲に、不思議な郷愁を憶えたことはありませんか?
「うた」を通して、見えない糸で世界はつながっているのかもしれない・・・。
そんな限りないロマンをかき立ててくれる、素敵な映画です。