美女と液体人間 [DVD]
フォーマット | 色, ドルビー, ワイドスクリーン |
コントリビュータ | 本多猪四郎, 平田昭彦, 白川由美, 佐原健二, 木村武 |
言語 | 日本語 |
稼働時間 | 1 時間 27 分 |
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
Amazonより
「電送人間」「ガス人間第一号」と並び、“変身人間シリーズ三部作”と称される、東宝特撮映画。監督本多猪四郎、特技監督円谷英二、製作田中友幸の名トリオが、アダルトな雰囲気をも盛り込んだサスペンス映画に挑戦。核実験による放射能の影響で液体化した人間が東京に出現し、人間を襲って同化する。「ゴジラ」など怪獣のキャラクター性を主軸にした特撮演出ではなく、あくまでストーリーを進めるための必然から発生する、液体人間の映像表現は、さすがの円谷英二も苦心したようである。だがクライマックスで展開される大規模な液体人間討伐作戦のシークエンスは、ダイナミックなビジュアル、佐藤勝の爽快な音楽にテンポの良い編集、そして入り組んだ形状の下水道を再現した出色のミニチュアワークといい、液体人間の描写ともどもその効果は絶大であった。
エンディングに流れるナレーション「人類が絶滅した時、次に地球を支配するのは液体人間であるかもしれない」には戦慄を禁じ得ない。余韻と奥行きのある、見事な幕切れである。(斉藤守彦)
レビュー
監督: 本多猪四郎 原作: 海上日出男 特殊監督: 円谷英二 出演: 佐原健二/白川由美/平田昭彦/佐藤允/土屋嘉男
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)
登録情報
- アスペクト比 : 2.35:1
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 言語 : 日本語
- 梱包サイズ : 18.03 x 13.76 x 1.48 cm; 83.16 g
- EAN : 4988104032294
- 監督 : 本多猪四郎
- メディア形式 : 色, ドルビー, ワイドスクリーン
- 時間 : 1 時間 27 分
- 発売日 : 2005/2/25
- 出演 : 佐原健二, 白川由美, 平田昭彦
- 字幕: : 日本語
- 言語 : 日本語 (Mono)
- 販売元 : 東宝
- ASIN : B00074C5YI
- ディスク枚数 : 1
- Amazon 売れ筋ランキング: - 148,175位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- - 402位日本のSF映画
- - 520位日本の特撮映画
- - 1,358位日本のミステリー・サスペンス映画
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中4.4つ
5つのうち4.4つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
86グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2024年4月2日に日本でレビュー済み
運動会が似合いそうなタイトルバックの佐藤勝のスコア。
ケムール人の消去液でもお馴染みの"有機ガラス"。
昭和末期に吹き荒れたビデオバブルの只中に
レンタルVHSで観たのが初め。
宣伝コピーや、怪獣図鑑をはじめとする作品情報とはウラハラに
もののあはれという言葉が他の”変身人間”たち以上ににつかわしい。
果して、死ぬまでに映画館でお目にかかれるだろうか?
ケムール人の消去液でもお馴染みの"有機ガラス"。
昭和末期に吹き荒れたビデオバブルの只中に
レンタルVHSで観たのが初め。
宣伝コピーや、怪獣図鑑をはじめとする作品情報とはウラハラに
もののあはれという言葉が他の”変身人間”たち以上ににつかわしい。
果して、死ぬまでに映画館でお目にかかれるだろうか?
2020年8月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
アメリカ映画「The Blob」(1958年 日本タイトル『マックイーンの絶対の危機』)で出てくるようなゼリー状の生命体の恐怖を描いた作品。(後続の「電送人間」のアイデアは「ハエ男の恐怖」の物質転送と似通う。「ガス人間第1号」のアイデアはジョン・メレディス・ルーカスの「ガス人間」から。)
【製作意図】
「この映画の製作に当り。僕は東海村の原子炉を見学したり、東大原子核研究所の斉藤理学博士にお話をお伺いして、新生物の誕生も決して不可能なことではないと思った。
想定された液体人間とは、核実験下に死の灰を浴び、物理的化学的ショックにより全細胞が液体化した人間である。」(本多猪四郎監督「かくて液体人間誕生」)
【オープニング】
脚本通りなら、タイトルバックの映像は「第二竜神丸が幽霊船のように漂っている。死の静寂が船を包んでいる」ーーとなる。(ちょっと、待った!)
実際の映像では、クレジットタイトルのスタッフ&出演者達を紹介する大きな文字が画面を覆い、それに邪魔されて、脚本にある雰囲気は出ていない。
【死の静寂が出ていると解説している例】
<「第二竜神丸」が「第五福竜丸」をモデルにしたのは明らかだ。冒頭の核実験映像、新聞記事の大見出しがあるために。船名もまさに。船内に人影はない。映画に向かうものにはおよその想像がつく。船員達は核実験の放射能を浴びて液体人間になったのだ。>(小林淳「本多猪四郎の映画史」アルファベータブックス 2015)
タイトルバックの分かりにくい映像から、ここまで読み取れるわけがない。脚本を読んだ上での後付け映画評であり、実際の映像より「製作意図」で評価している。
製作ザイド(製作、原作、脚本、監督)の発言から映画を批評できるのは、極めて限られた場合(独立プロダクション製作映画か、孤高の監督による映画など)である。映画は経営者の方針・意向と製作現場の様々な試行錯誤がからみあって共同製作されるものである。監督個人の創作意図だけが強行された映画は「日本の夜と霧」(1969 大島渚監督)、「殺しの烙印」(1967 鈴木清順監督)のように会社側と衝突して、上映打ち切り(禁止)の憂き目にあうものだ。
プロデューサー個人、監督個人の創作意図がどんなものであれ、それが映画に直接反映されるとは限らない。反映されると思うのは映画を勘違いしている以前に、ゲージュツを勘違いしている。言語表現であれ、映像表現であれ、作品そのものを検討しなくては話にならない。
【雨のシーン】
降りしきる雨。東京第一銀行兜町支店前。麻薬の入ったバックを持った男が下水溝(そんなところから出てくるなら、わざわざ銀行前という目立つところすることはない)から出てきて、路上の車に駆け寄り、車のトランクを開けようとしてもたつく。(ちょっと、待った!)
手提げバッグ程度のものを、降りしきる雨の中、わざわざ苦労してトランクにしまう必要があるのか。急いで、その場から逃走すべき状況に、もたつきながらトランクの鍵をがちゃつかせている悪党の愚かさが笑えるが、創作意図重視の批評家達は笑わないようだ。もたついているうちに液体人間に襲われるという展開。
【キャバレー「ほむら」の過剰なエロティシズム】
前半、後半のキャバレー「ほむら」のシーンで、エロチックなダンスショーがしつこく繰りかえされる。キャバレー歌手役の白川由美も歌いながら(マーサ三宅による吹き替え)色っぽい演技を要求される(そういうタイプの女優ではないので似合わないにもかかわらず)。こうしたエロ演出は昔の映画に定番ファンサービスと言われる。(ちょっと、待った!)
1968年6月24日封切りの「美女と液体人間」の場合は、もうひとつ肝心主要な理由がある。6月の梅雨時は映画の不入りシーズンなので、季節に関係なく客を呼べるエロものに力を入れていた。一般映画でも過剰なエロサービスが求められたのだ。
1960年4月公開「電送人間」(福田純監督)にはエロというよりゲテモノ金粉ショーが出てくるが、1960年12月11日公開「ガス人間第1号」(本多猪四郎監督)と1963年8月11日公開「マタンゴ」(本多猪四郎監督)は極めてストイックな変身特撮映画である。
放射能と液体人間の恐怖にエロチックなダンスショーは必要ないが、梅雨時の経営上の必需品だった。映画は、そのように、作られる。
【26分後に分かるタイトルバックの曖昧映像の意味】
「第二竜神丸」に接近していく「大栄丸」ーータイトルバックに描かれた場面の詳細が、26分後に入院中の船員の談話として描かれる。これはあざとすぎる演出。
「本作中、最もスリラー色の濃いシークエンスに移行する。本多恐怖劇が全開する。この映画の屈指の見せ場である。」(小林淳「本多猪四郎の映画史」)
\(--;)オイオイ、それじゃ、クライマックスの映像はどうなるんだ。映画終了まで、あと1時間もあるんだぞ。
小林淳の誇張も虚しく、このシークエンスに、それほどの恐怖はない。製作陣は、この場面で恐怖を煽りたかったのであろうが、それよりも、タイトルバックとの整合性を図るべきであった。タイトルバックで、ただ2隻の船(映像は曖昧でも、おもちゃの船とすぐ分かる)を映すだけでなく、クレジットタイトル終了後、そのまま、船のシーンを続けるべきであった。「大栄丸」の船員達が幽霊船=「第二竜神丸」に乗り込んで、「ある恐怖」を体験する。それがなんであるかは不明のままに、雨の都市風景に移動するーーそのほうが、ストーリー展開として自然であろう。
【カエルを使ったトンデモ実験】
カエルに放射能を浴びせると溶解して、ゼラチン状の半透明質になる。液体生物誕生。科学が水爆を作れるほどに発達しても、人間の空想力はこの程度。大量のガンマ線を浴びると、超人ハルクになる。放射能を浴びたクモに噛まれると、スパイダーマン。もう、なんにでもカラスの勝手になってください。
終わり d( ̄  ̄)
【製作意図】
「この映画の製作に当り。僕は東海村の原子炉を見学したり、東大原子核研究所の斉藤理学博士にお話をお伺いして、新生物の誕生も決して不可能なことではないと思った。
想定された液体人間とは、核実験下に死の灰を浴び、物理的化学的ショックにより全細胞が液体化した人間である。」(本多猪四郎監督「かくて液体人間誕生」)
【オープニング】
脚本通りなら、タイトルバックの映像は「第二竜神丸が幽霊船のように漂っている。死の静寂が船を包んでいる」ーーとなる。(ちょっと、待った!)
実際の映像では、クレジットタイトルのスタッフ&出演者達を紹介する大きな文字が画面を覆い、それに邪魔されて、脚本にある雰囲気は出ていない。
【死の静寂が出ていると解説している例】
<「第二竜神丸」が「第五福竜丸」をモデルにしたのは明らかだ。冒頭の核実験映像、新聞記事の大見出しがあるために。船名もまさに。船内に人影はない。映画に向かうものにはおよその想像がつく。船員達は核実験の放射能を浴びて液体人間になったのだ。>(小林淳「本多猪四郎の映画史」アルファベータブックス 2015)
タイトルバックの分かりにくい映像から、ここまで読み取れるわけがない。脚本を読んだ上での後付け映画評であり、実際の映像より「製作意図」で評価している。
製作ザイド(製作、原作、脚本、監督)の発言から映画を批評できるのは、極めて限られた場合(独立プロダクション製作映画か、孤高の監督による映画など)である。映画は経営者の方針・意向と製作現場の様々な試行錯誤がからみあって共同製作されるものである。監督個人の創作意図だけが強行された映画は「日本の夜と霧」(1969 大島渚監督)、「殺しの烙印」(1967 鈴木清順監督)のように会社側と衝突して、上映打ち切り(禁止)の憂き目にあうものだ。
プロデューサー個人、監督個人の創作意図がどんなものであれ、それが映画に直接反映されるとは限らない。反映されると思うのは映画を勘違いしている以前に、ゲージュツを勘違いしている。言語表現であれ、映像表現であれ、作品そのものを検討しなくては話にならない。
【雨のシーン】
降りしきる雨。東京第一銀行兜町支店前。麻薬の入ったバックを持った男が下水溝(そんなところから出てくるなら、わざわざ銀行前という目立つところすることはない)から出てきて、路上の車に駆け寄り、車のトランクを開けようとしてもたつく。(ちょっと、待った!)
手提げバッグ程度のものを、降りしきる雨の中、わざわざ苦労してトランクにしまう必要があるのか。急いで、その場から逃走すべき状況に、もたつきながらトランクの鍵をがちゃつかせている悪党の愚かさが笑えるが、創作意図重視の批評家達は笑わないようだ。もたついているうちに液体人間に襲われるという展開。
【キャバレー「ほむら」の過剰なエロティシズム】
前半、後半のキャバレー「ほむら」のシーンで、エロチックなダンスショーがしつこく繰りかえされる。キャバレー歌手役の白川由美も歌いながら(マーサ三宅による吹き替え)色っぽい演技を要求される(そういうタイプの女優ではないので似合わないにもかかわらず)。こうしたエロ演出は昔の映画に定番ファンサービスと言われる。(ちょっと、待った!)
1968年6月24日封切りの「美女と液体人間」の場合は、もうひとつ肝心主要な理由がある。6月の梅雨時は映画の不入りシーズンなので、季節に関係なく客を呼べるエロものに力を入れていた。一般映画でも過剰なエロサービスが求められたのだ。
1960年4月公開「電送人間」(福田純監督)にはエロというよりゲテモノ金粉ショーが出てくるが、1960年12月11日公開「ガス人間第1号」(本多猪四郎監督)と1963年8月11日公開「マタンゴ」(本多猪四郎監督)は極めてストイックな変身特撮映画である。
放射能と液体人間の恐怖にエロチックなダンスショーは必要ないが、梅雨時の経営上の必需品だった。映画は、そのように、作られる。
【26分後に分かるタイトルバックの曖昧映像の意味】
「第二竜神丸」に接近していく「大栄丸」ーータイトルバックに描かれた場面の詳細が、26分後に入院中の船員の談話として描かれる。これはあざとすぎる演出。
「本作中、最もスリラー色の濃いシークエンスに移行する。本多恐怖劇が全開する。この映画の屈指の見せ場である。」(小林淳「本多猪四郎の映画史」)
\(--;)オイオイ、それじゃ、クライマックスの映像はどうなるんだ。映画終了まで、あと1時間もあるんだぞ。
小林淳の誇張も虚しく、このシークエンスに、それほどの恐怖はない。製作陣は、この場面で恐怖を煽りたかったのであろうが、それよりも、タイトルバックとの整合性を図るべきであった。タイトルバックで、ただ2隻の船(映像は曖昧でも、おもちゃの船とすぐ分かる)を映すだけでなく、クレジットタイトル終了後、そのまま、船のシーンを続けるべきであった。「大栄丸」の船員達が幽霊船=「第二竜神丸」に乗り込んで、「ある恐怖」を体験する。それがなんであるかは不明のままに、雨の都市風景に移動するーーそのほうが、ストーリー展開として自然であろう。
【カエルを使ったトンデモ実験】
カエルに放射能を浴びせると溶解して、ゼラチン状の半透明質になる。液体生物誕生。科学が水爆を作れるほどに発達しても、人間の空想力はこの程度。大量のガンマ線を浴びると、超人ハルクになる。放射能を浴びたクモに噛まれると、スパイダーマン。もう、なんにでもカラスの勝手になってください。
終わり d( ̄  ̄)
2021年4月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
東宝「変身人間シリーズ」の第1作で、この後に「電送人間」「ガス人間第1号」と続く。
本作「美女と液体人間」は明らかに後の2作より落ちる。
その理由は下記のとおり。
第1に犯行の動機が希薄であるから。「ガス人間~」は水野の世間への復讐と藤千代への歪んだ愛であり、「電送人間」は須藤のかつての上官への復讐である。本作の「液体人間」はたまたま出会った者を「無理やり仲間に引き込んでいる」としか見えない。
第2に警察と主人公の行動がおそまつ。富永捜査一課長は政田(城東大学助教授)の意見を全く聞かない。政田は警察の捜査に首をつっこみ、その邪魔をする。
第3に「液体人間」が東京に現れた理由が示されていない。遭難した漁船の母港は東京港ではないだろう。それと太平洋を延々とこんな遅い速度で移動したのか?
第4に「液体人間」になった理由が「安易」すぎる。ゴジラは「怪物」だから核実験の犠牲で良かったが、「人間」をそのまま当てはめるのはまずいだろう。
特撮の出来は後の「電送人間」「ガス人間第1号」に比べると見劣りするが、この映画のストーリーからは十分である。俳優の演技も少々くどいが、分かりやすくて良いという見方もできる。キャバレー「ホムラ」はお色気があってよい。「電送人間」の「DAIHONEI」のインパクトには負ける。ストーリーは麻薬の密売人の話は出さずに、液体人間の無差別攻撃に対する「反撃」一本に絞る手もあったと思う。キャバレー「ホムラ」を出したいためにこうしたのだろう。
ところでタイトルの最初に「美女」を持ってきたのは、誰の「機転」だろうか。
本作「美女と液体人間」は明らかに後の2作より落ちる。
その理由は下記のとおり。
第1に犯行の動機が希薄であるから。「ガス人間~」は水野の世間への復讐と藤千代への歪んだ愛であり、「電送人間」は須藤のかつての上官への復讐である。本作の「液体人間」はたまたま出会った者を「無理やり仲間に引き込んでいる」としか見えない。
第2に警察と主人公の行動がおそまつ。富永捜査一課長は政田(城東大学助教授)の意見を全く聞かない。政田は警察の捜査に首をつっこみ、その邪魔をする。
第3に「液体人間」が東京に現れた理由が示されていない。遭難した漁船の母港は東京港ではないだろう。それと太平洋を延々とこんな遅い速度で移動したのか?
第4に「液体人間」になった理由が「安易」すぎる。ゴジラは「怪物」だから核実験の犠牲で良かったが、「人間」をそのまま当てはめるのはまずいだろう。
特撮の出来は後の「電送人間」「ガス人間第1号」に比べると見劣りするが、この映画のストーリーからは十分である。俳優の演技も少々くどいが、分かりやすくて良いという見方もできる。キャバレー「ホムラ」はお色気があってよい。「電送人間」の「DAIHONEI」のインパクトには負ける。ストーリーは麻薬の密売人の話は出さずに、液体人間の無差別攻撃に対する「反撃」一本に絞る手もあったと思う。キャバレー「ホムラ」を出したいためにこうしたのだろう。
ところでタイトルの最初に「美女」を持ってきたのは、誰の「機転」だろうか。
2021年3月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昔のSF作品が好きです。期待どおりの内容でよかったです。
欲をいえば液体人間が光る場面で、もう少し気持ち悪い描写でも
よかったかなと思いました。
欲をいえば液体人間が光る場面で、もう少し気持ち悪い描写でも
よかったかなと思いました。
2021年9月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
所謂変身人間シリーズ3作の第一弾。
何故か一番評価が低いのですが、う〜ん私にはそれほど稚拙な作品には感じませんでした。
世代の違いなのかな?
少なくとも40代以下の世代にとっては、見たこともないノスタルジックな東京を堪能出来ます。
それだけでも十分、観ていて楽しかったけどな。
何故か一番評価が低いのですが、う〜ん私にはそれほど稚拙な作品には感じませんでした。
世代の違いなのかな?
少なくとも40代以下の世代にとっては、見たこともないノスタルジックな東京を堪能出来ます。
それだけでも十分、観ていて楽しかったけどな。
2020年6月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
出ました東宝変身人間シリーズ第1作。
DVDも持ってるし・・。
怪奇大作戦 光る通り魔・・にも似たような特撮シーンがありますね。
最初は少しミステリアスで、終盤は妙に明るい感じで・・。
この第1作にはその後の電送人間やガス人間第1号の主役を務める方も出ています。
思わずにやっとしちゃいますね
こうなったら番外編のマタンゴもプライムで出してくれないかなぁ??
DVDも持ってるし・・。
怪奇大作戦 光る通り魔・・にも似たような特撮シーンがありますね。
最初は少しミステリアスで、終盤は妙に明るい感じで・・。
この第1作にはその後の電送人間やガス人間第1号の主役を務める方も出ています。
思わずにやっとしちゃいますね
こうなったら番外編のマタンゴもプライムで出してくれないかなぁ??