この2枚組のUHQCDにはジャン・マルティノン指揮、フランス国立放送管弦楽団によるドビュッシーのオーケストラル・ワーク集が収録されていて、それらは現在に至るまでSACD化を含む再販を繰り返している名盤の誉れの高いものだ。それは丁度クリュイタンスがラヴェルで遺した業績にも比べられるものだが、惜しむらくはクリュイタンスのドビュッシーは音源が少なく、その渇を癒して余りあるのがマルティノンが精力的に録音した一連のドビュッシーになる。彼が首席指揮者としては最後のピリオドになるフランス国立放送管弦楽団は、非常に洗練された暖色系の音色と個性的なソロでこの時代のフランスのオーケストラの典型でもあった。ここでも『牧神の午後への前奏曲』では首席奏者アラン・マリオンのフルートでその一端を窺い知ることができる。
ワーナーから8枚のバジェット・ボックスでリリースされたマルティノンのラヴェル及びドビュッシー録音集と聴き比べてみたが、明らかに音質の違いが感知できる。先ず音が出る前のヒス・ノイズまでくっきりと拾っているのに驚いた。アナログ録音時代の徒花で致し方ないが、現在のノイズ除去を良しとしないリマスタリングのポリシーは評価されるべきだろう。また低音から高音までのバランスが改善されて、特に総奏部分での響きがよりクリアーになり、ボリュームを上げても音質に破綻が生じない。彼らの演奏によるドビュッシーの音源はCD4枚分が存在するので、是非残りの2枚もUHQCD化を期待したい。
注目すべきは当時録音を担当したバランス・エンジニア、ポール・ヴァヴァシュールで、彼が決して精彩を欠いた曖昧模糊としたサウンドを望んでいたのではなかったことが納得できる。確かにオフマイク気味に採った独特の空気感はドビュッシーの管弦楽曲にはとりわけ効果的で、楽器の定位や臨場感より、オーケストラが混然とミックスされたホール全体の陰翳豊かな音場から立ち昇る光彩や繊細な線を描く手法は彼の音響哲学を実践したものだ。ヴァヴァシュールは当時のフランスのオーケストラでなければ表現できないような特質を最大限に捉えることに成功したが、皮肉にも同時期のEMIの録音技術が他のメーカーより大幅に遅れをとったこともあり、彼の手法がEMIの中音域の薄っぺらな音質と同時進行せざるを得なかったのは不幸な事実だ。