レビュー
〈Born To Boogie-モーション・ピクチャー〉監督: リンゴ・スター
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)
このフィルムが撮影された1年後、デヴィッド・ボウイのライヴ・ドキュメント『ジギー・スターダスト』が作られているのだが、そのふたつを比べてみると、スタンスの違いがはっきりと分かる。あくまでも完成されたステージというパッケージを洗練させていくボウイに対し、T.REXの舞台はひたすら素っ気なく、まるで学園祭の野外ステージのライヴのようにも見える。「小細工はなし」というマーク・ボランの言葉によって作られたそれは、たとえば、クラッシュやピストルズの方がまだある種のスタイルを感じさせもするような、飾り気のなさだ。そんな舞台の上にマーク・ボランが座り込みアコースティック・ギターを弾き始めるとき、そこにはかつてのティラノザウルス・レックスの空気が流れ始める。夢見がちで繊細でヒリヒリとした少年のまなざしが、ボランの瞳に宿る。振り返るとまだそれはほんの2、3年前のことなのだ。だが今はすべてが変わっている。もはや後戻りの出来ない地点に、彼らは立つ。そのことを、座り込んだボランの、リラックスした演奏が厳しく示す。後退不能の歴史を身体いっぱいに抱え、その張り裂けそうな思いを笑顔に変えて、ボランが歌う。何かになることを夢見ること、しかしすでにそこからは遠く離れてしまったことの悲しみと厳しさと勇気がエルヴィスのロックンロールを変質させグラム・ロックを作った。つまり彼らはもはや“何か”になったのだ。ロックンロールそのものと言ってもいい、人々の希望と絶望とを甘く包むロスト・ハイウェイのその先の真っ暗闇のなめらかで妖艶な香りを振りまきながら、ボランは歌う。それがグラム・ロックである。DVDに収められた膨大な映像は、ただひたすらそのことを示す。ステージに飾りはいらない。何しろ人生のすべてが、そこにあるのだ。 (樋口泰人) --- 2005年07月号 -- 内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)