音楽マニアならずとも映画好きなら、例えば旧ユーゴスラヴィア出身の監督エミール・クストリッツアの映画の、狂騒の中に哀感を湛えた作風に心打たれた事はあるだろう。民族紛争が絶えない混沌とした歴史を持ち、多くの日本人の関心から最も遠い地域のひとつであるバルカン半島を、我々に近づけてくれた漫画に、手塚治虫をして「天才」と言わしめた故・坂口尚氏の名作『石の花』がある。あるいはマケドニア出身の俊英・ミルチョ・マンチェフスキー監督の『ビフォア・ア・レイン』や『ダスト』、アルメニア系カナダ人監督、アトム・エゴヤンの『アララトの聖母』といった傑作映画は、極東の島国に暮らす我々にバルカン半島の狂乱と哀しみを、わずかなりとも伝えてくれる稀有な作品群である。
そしてジャズの世界においては、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(旧ユーゴスラヴィア構成国)出身のトランペッター、ダスコ・ゴイコビッチこそが、バルカンの肌触りを世界に向かって吹き鳴らし続けるミュージシャンである事は間違いない。
旺盛な活動を続けてきたゴイコビッチは、すでに'70年代ぐらいから日本でもジャズ愛好家たちの間で知られる存在だったそうだが、『スインギン・マケドニア』は、そんな彼の代表的なアルバムのひとつで、過去にいくつものレーベルから再発されて来たため、ジャケットデザイン違いのものが複数存在する複雑なアルバムである。まさにバルカンの歴史そのものか(笑)。
ハードバップ・スタイルを取り込みながら、本場アメリカのジャズにはない独特の哀感をたたえたゴイコビッチの音楽は、絶え間ない争いに曝され続けたバルカンの悲しみを、センチメンタリズムに溺れる事なく、疾走感の中で朗々と謳い上げる。
1曲目の「Macedonia」のカッコ良さからいきなりノックアウト。ラテンの陽気さの中にもペットのもの悲しさが叫びまくる3曲目「Jumbo Uganda」、何とも言えない哀愁がじわりと沁みる4曲目「The Gyspy」、独特のドライブ感に酔いしれる「Macedonian Fertility Dance」、そして言わずもがなの名曲「Balcan Blue」の全10曲を収録。
蒼く染まった哀感に浸りたい時には格好の一枚。