1971年発表のジョン・マーティンの作品『ブレス・ザ・ウェザー』は彼がスタジオ入りして僅か三日間の録音で完成させたというアルバムです。ニューヨーク~ウッドストック制作の『ストームブリンガー!』以降、伝統的フォークの中にブルースやジャズを独自に進化させた深みのある音楽を披露しています。このアルバムはロンドンのサウンド・テクニクスでの収録で参加メンバー的にもペンタングルやフェアポート・コンヴェンション、ニック・ドレイクの音楽と重なりあってくるためファンには堪らない良さがあります。
味わいのある歌声が映える「ゴー・イージー」、アルバムタイトル曲の「ブレス・ザ・ウェザー」は盟友のダニー・トンプソンとよく演奏したジョンを代表する渋いナンバー。南部趣味のスワンプ「シュガー・ランプ」、ニック・ドレイク的なピアノの美しい「ジャスト・ナウ」はシングル曲「ユー・メイ・ネヴァー」のカップリングで、当バージョンの「ユー・メイ・ネヴァー」は不発だったため後の『ソリッド・エア』に再録され、更にはエリック・クラプトンにカバーされるに至った佳曲で結果として彼の代表曲として知られるようになっています。
彼の真骨頂といえる「ヘッド・アンド・ハート」は翌年にアメリカが、近年ではヴァシュティ・バニヤンの追悼カバーが印象的です。現在はボックスセットが更に役立ちますが、同曲のバンドバージョンなる未発表のボーナストラックはアルバムに先駆けること半年前の5月のセッション時の10分強の長い演奏で収録されています。ジョンには同年のジャムセッションで当時まだ十代だったフリーのポール・コゾフとの18分にも及ぶ「タイム・スペント・タイム・アウェイ」の演奏が残っています。
ゆったりと大らかな「レット・ザ・グッド・シングズ・カム」では追って愛妻ビヴァリーの歌声が風のように包んでいきます。続く「バック・ダウン・ザ・リヴァー」は澄んだアコースティックの爪弾きが心地よい日だまりフォーク。アルバム中最大の聴き場となる迫力あるインスト「グリスニング・グラインドボーン」は各パートの演奏の見事さもさることながら、ごった煮の実験性が色濃い異色のナンバー。既に披露済のエコープレックスを通したアコースティックギターの音響がここでも楽しめます。アルバム最後を飾るスタンダード曲の「雨に唄えば」も素敵で、後にも彼は「虹の彼方へ」をカバーしていて懐の広さを感じさせます。
なお、2005年のこのデジタルリマスターCDのパッケージデザインはフィル・スメーが担当しています。彼はかつて再発レーベルのバム・カルーゾを運営していた人物ですが、ブックレットにはジョンと同アイランドレコードに在籍していたポール・コゾフとの演奏シーンの写真が大きく掲載されています。コゾフとはプライベートでかなり親密だった時期があった関係から上手い配慮です。ジョンには当時のセッションやライブテイクも沢山残っていて、その他クレア・ハミルやブリジット・セント・ジョンのアルバムに参加するなど実に多様な人脈があります。古くはハミッシュ・イムラックや初期インクレディブル・ストリング・バンドのクライヴ・パーマーなどと親交して、その活動の遍歴と人柄がそのまま彼の音楽の豊穣性や複雑性に寄与しているように思います。