アンソニー・ウォラー監督の長編映画処女作です。
(1994年、アメリカ=イギリス=ドイツ=ロシア合作)
<ウォラー監督は本作で、脚本と共同製作を兼任しています。>
低予算ながら練り込まれた脚本と凝った映像が精彩を放ち、
最初から最後まで緊張感の高い演出が堪能できる一級のサスペンス映画です。
撮影エゴン・ウェルディン。美術マティーアス・カマーメイヤー。
編集ピーター・R・アダム。音楽ウィルバート・ヒルシュ。
<ウォラー監督の次回作「ファングルフ/月と心臓」(97)と同じスタッフです。>
本作はネタバレ無しでご覧になった方が面白い作風です。
<ここから、ネタバレ含みなのでご注意下さい。>
アメリカからモスクワに遣って来たB級ホラー監督アンディ(エヴァン・リチャーズ)が、
ロシアとアメリカのスタッフ、キャストと共にスタジオセット内でスラッシャー映画を撮影します。
第一の犠牲者が殺人鬼の餌食となる冒頭の展開は、すっ呆けた演出が痛快です。
アンディの恋人で姉カレン(フェイ・リプリー)と共に同行した女性スタッフの一人で、
特殊効果担当のビリー(マリナ・スディナ)が主人公です。
その日の撮影終了後、荷物を置き忘れてスタジオに取りに戻ったのが、運のつき。
彼女は、男女3人による怪しい雰囲気の漂うポルノ撮影現場に遭遇し、
其処でスナッフ映画(殺人現場)を物陰から目撃してしまう。
ビリーの身に降り掛かってくる恐怖の巻き込まれ型サスペンスの始まりです。
主人公ビリーは耳は聴こえるものの、発話障害者。助けを呼ぼうにも声が出せないし、
警察に事情を説明しようにも旨く伝わらず、他人に危険を知らせる手段もありません。
悲鳴を上げても、声は出ず、誰も気づかず、周囲のロシア語も分からず、
まさに孤軍奮闘の状況設定が、否でもサスペンスを盛り上げます。
ロシア人同士の会話が、字幕が無いので、観る側にも敵か、味方か、
何を話しているかも判らず、事態は二転三転するという計算された演出手法です。
主人公が手前、犯人が奥という構図(ヒッチコックがよく使っていた遠近合成描写)が、
彼方此方に見られます。入浴中に浴槽の蛇口から滴る水滴や窓硝子を流れる雨雫、
施錠した扉のボルトを次々と外側から電動ドリルで外していくクローズアップショットの使い方、
押し入った犯人に向かって連続的に投げた刃物(包丁、ナイフ)類が、
次々と壁などに突き刺さるカメラワークなど、凝った場面が続々登場します。
電話の応対はコンピュータで文字を打ち込み、それを音声に変換するという方式で会話するビリー。
これが活かされた一刻を争う場面で、犯人が差し迫る中、パソコンで変換して相手に送る作業が、
もどろっこしく、焦燥感を煽り、緊迫感を生み出すという見事な演出です。
向かい側のマンションから、ビリーの部屋を度々双眼鏡で覗き見する窃視常習者に向かって、
危機を知らせる為、態と窓際で全裸姿をさらけ出す彼女だったが、
そういう時に限って見ようともせず、全く気付くこともないという状況設定も面白いです。
主人公ビリーに扮するモスクワ出身のマリナ・スディナ(ロシアの有名な演劇女優らしい。)が、
障害を抱えながら、犯人スレスレを逃げ回るという絶妙の演技を熱演しています。
殆ど出ずっぱりで観る者を釘付けする魅力溢れるキャラクターです。
アンディ(リチャーズ)とカレン(リプリー)のドタバタ・カップルも滑稽で愉快な演技を披露しています。
ロシアの名優オレグ・ヤンコフスキーが得体の知れぬ刑事役で出演、終盤活躍します。
「戦場にかける橋」で、アカデミー主演男優賞を受賞したイギリスの名優アレック・ギネスが、
「死神」という異名がある組織のボス役としてカメオ出演しています。