『ルル』はアルバン・ベルクのオペラが有名で、そちらは幾つも見たが、映画版はこれが初めて。筋書きは、賭博船や株式取引所などの場面が異なるが、大筋は同じ。それにしてもこの映画、ルルを演じるルイーズ・ブルックスが素晴らしい! 解説によると、ヴェデキントの原作『ルル』は、旧来の道徳を批判し、第一次大戦前くらいから明確に現れてきたドイツの「新しい女」「モダンガール」を先取りして描いたのだが、ブルックスのルルはそれにぴったりだ。映画は1928年だが、監督のパープストは、当時「フラッパー」と呼ばれた、男の子のような女の子、短めのスカートをはき、酒もたばこものむ、活発で活動的な女の子のイメージに、ルルを造形した。それにはブルックスが本当にぴったりなのだ。彼女は可愛くって、官能的で、しかも気品がある。この映画が上映されると、旧世代は顔をしかめ、若者世代は大歓迎したという。オペラではいまいち表現されることが少なかったルルの「踊り子」としての魅力がよく分かる。彼女のむきだしの背中や足は、なんと美しいのだろう。ゲシュヴィッツ伯爵令嬢との同性愛もしっかり描かれている。劇場場面のギリシア劇は、踊り子たちのラインダンスのような動きが美しい。
従来の演劇は、生身の役者の肉体が舞台に存在するから、公共の場でエロスが発散される場所であり、観客はそれを楽しみに集まった。シェイクスピアの時代、ピューリタンの厳格主義から、演劇に女優が禁じられた理由もよくわかる。20世紀に登場した映画は、美女や美男の肉体を、映像とはいえアップで見ることができるから、エロスの発散の新しい在り方といえる。この映画は無声だから、人物の表情のみで成り立っており、アップが多いという点で映画の原点に立っている。ルルはファムファタールとしての側面ばかり注目されるが、この映画では、彼女と手を切りたいがしかし切れない男と、新しく彼女の魅力に取りつかれた男が、たくさんもつれ合って、彼女の立ち位置を複雑にしていることがよく分かる。ブルックスの代表作であるだけではなく、映画史に残る大傑作だと思う。解説によれば、ブルックスは普通の女優とは違うインテリで、プルースト、ゲーテ、モンテーニュなどを愛読する読書家。この映画の撮影の合間には(22歳のとき)ショーペンハウエルを読んでいて人々を驚かせた。