翔べ!必殺うらごろし 下巻 [DVD]
フォーマット | 色, ドルビー |
コントリビュータ | 中村敦夫, 泉じゅん, 平井昌一, 市原悦子, 火野正平, 和田アキ子, 鮎川いづみ |
言語 | 日本語 |
稼働時間 | 9 時間 16 分 |
登録情報
- アスペクト比 : 1.33:1
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 言語 : 日本語
- 梱包サイズ : 14.4 x 13 x 3 cm; 1.3 kg
- EAN : 4988003978419
- メディア形式 : 色, ドルビー
- 時間 : 9 時間 16 分
- 発売日 : 2006/8/9
- 出演 : 中村敦夫, 市原悦子, 和田アキ子, 泉じゅん, 火野正平
- 言語 : 日本語 (Mono)
- 販売元 : キングレコード
- ASIN : B000FHVTZ8
- ディスク枚数 : 3
- Amazon 売れ筋ランキング: - 140,207位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- - 7,923位日本のTVドラマ
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年12月19日に日本でレビュー済み
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このDVD-BOX下巻では、ディスク3枚、12話から最終19話が収録されている。そして他の「必殺シリーズ」とは大きく異なり、霊能者による事件解決(太陽の放射する電磁場のエネルギーを充電し、旗竿で悪を退治する)、比呂公一さんの音楽のすばらしさ、が特筆すべきだ。中村敦夫さんのヒット作のひとつといっていい。(「必殺仕業人」の赤井剣の介も、中村さんでなければ出来なかった)。第13話では小坂一也さんが、第14話では岡田英次さんが準主役で熱演している(勅使川原宏監督の映画「他人の顔」で、岡田さんと市原さん(小娘)は共演している)。最終話で「おばさん」(市原悦子さん)がついに殺され、仲間がわかれていくさまは、何度見てもいい(ここでエンディングテーマがフルコーラスで演奏される)。…「超自然現象 それを証明する多くの伝承が 古来より東西にわたって受け継がれている この一行はこれからも この様な未知の世界への旅を続けるであろう たとえあなたが信じようと信じまいと」…(6人目の主役は、まちがいなく、朝日放送の野島一郎アナウンサーだと思う)。
2006年9月2日に日本でレビュー済み
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記憶を取り戻したおばさんは,息子との再会を果たすが・・・ずぶ濡れの雨の中で匕首をかまえるおばさんの姿が痛ましい。殺しに手を染めた者の悲しい末路がひしひしと伝わってくる。
うらごろしチームが自然な形でバラバラに別れ,一人小船に漂う若の,本当に淋しそうな表情が印象的。
演技派の俳優陣のそろったうらごろし,強い情念が後を引く。
うらごろしチームが自然な形でバラバラに別れ,一人小船に漂う若の,本当に淋しそうな表情が印象的。
演技派の俳優陣のそろったうらごろし,強い情念が後を引く。
2006年8月9日に日本でレビュー済み
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修行の旅の先々で発生する心霊現象(例えば、馬が喋ったり、ポルクーガイストだったり)を先生が超能力を駆使して解決し、その裏に隠された悪を暴き、死者の晴らせぬ恨みを晴らすべく朝陽を浴びて早朝から太陽エネルギー全開で仕置する!
馬で逃げても追いつく、縄で縛っても無駄、刀で斬りかかっても逆に叩き折られる。
必殺シリーズ第14弾!超異色オカルト冒険時代劇『翔べ!必殺うらごろし』の後半戦です。
我々視聴者の気持ちを代弁するかのように、悪人を「若におまかせ!」とばかりに自慢の怪力でひたすら殴って殴って殴って殴りまくり徹底的に人体を破壊し撲殺し続けていた若でしたが、ある日突如、演者の和田アキ子さんが病気になってしまい、終盤は若の出番が激減して寂しくなります。
正十は袖の下を要求してくる「平山主水」という名の同心と出会い、「なんか昔、これとよく似た役人が居たみたいな…」と過去を懐かしんだりします。
そして、おばさんの手拭いは悪人を仕置する度に真っ赤に染まっていきます。
そんなある日の事…おばさんの記憶がついに甦り、息子の存在が明らかとなり…
「先生ぇ─────────っ!!!!」
どしゃ降りの雨の中、悲しい絶叫と共におばさんの匕首が闇夜を飛んでいくシーンは圧巻です。
泣きじゃくる正十の背中で、愛する息子の幸せを願いながら絶命するおばさん。
「先生ぇ……おばさんダメだぁ…」
このシーンの火野正平さんの表情と演技が素晴らしく、私はしばらく涙が止まりませんでした。
そして全てを悟った先生の、まるで鬼神のような怒りの仕置によって、摩訶不思議な三人の超人たちによる奇妙な『うらごろし』の旅はここに終りを向かえるのです。
その後、「タチの悪い流行り病」から回復した若は、川で偶然に再会したおねむから母の様に慕っていたおばさんの死を聞かされ、一人舟の上で号泣するのでした。
「ねえ、若は何処行くの?」
「さあなっ…舟に聞いてくれ!」
「おばさん言ってたよ。国に帰れって…」
「…知るかーっ!そんなこと…っ!」
もし、若が流行り病にかからず元気なままだったならば…おばさんの死は回避できたのかもしれません。
はたまた若も必殺シリーズ特有の「殺人者の業」からは逃れられずに命を落としていたという可能性もあります。
それらは今となっては最早答えの出しようがありませんが、様々な要因からこの様な結末へと至った、この『翔べ!必殺うらごろし』と云う作品は、はっきりと断言しますが大大大傑作です。
こんな凄まじく様々な要素の詰まった玉手箱のような時代劇はもう絶対に現代では拝めません。
二つの眼(まなこ)を閉じてはならぬのです。
馬で逃げても追いつく、縄で縛っても無駄、刀で斬りかかっても逆に叩き折られる。
必殺シリーズ第14弾!超異色オカルト冒険時代劇『翔べ!必殺うらごろし』の後半戦です。
我々視聴者の気持ちを代弁するかのように、悪人を「若におまかせ!」とばかりに自慢の怪力でひたすら殴って殴って殴って殴りまくり徹底的に人体を破壊し撲殺し続けていた若でしたが、ある日突如、演者の和田アキ子さんが病気になってしまい、終盤は若の出番が激減して寂しくなります。
正十は袖の下を要求してくる「平山主水」という名の同心と出会い、「なんか昔、これとよく似た役人が居たみたいな…」と過去を懐かしんだりします。
そして、おばさんの手拭いは悪人を仕置する度に真っ赤に染まっていきます。
そんなある日の事…おばさんの記憶がついに甦り、息子の存在が明らかとなり…
「先生ぇ─────────っ!!!!」
どしゃ降りの雨の中、悲しい絶叫と共におばさんの匕首が闇夜を飛んでいくシーンは圧巻です。
泣きじゃくる正十の背中で、愛する息子の幸せを願いながら絶命するおばさん。
「先生ぇ……おばさんダメだぁ…」
このシーンの火野正平さんの表情と演技が素晴らしく、私はしばらく涙が止まりませんでした。
そして全てを悟った先生の、まるで鬼神のような怒りの仕置によって、摩訶不思議な三人の超人たちによる奇妙な『うらごろし』の旅はここに終りを向かえるのです。
その後、「タチの悪い流行り病」から回復した若は、川で偶然に再会したおねむから母の様に慕っていたおばさんの死を聞かされ、一人舟の上で号泣するのでした。
「ねえ、若は何処行くの?」
「さあなっ…舟に聞いてくれ!」
「おばさん言ってたよ。国に帰れって…」
「…知るかーっ!そんなこと…っ!」
もし、若が流行り病にかからず元気なままだったならば…おばさんの死は回避できたのかもしれません。
はたまた若も必殺シリーズ特有の「殺人者の業」からは逃れられずに命を落としていたという可能性もあります。
それらは今となっては最早答えの出しようがありませんが、様々な要因からこの様な結末へと至った、この『翔べ!必殺うらごろし』と云う作品は、はっきりと断言しますが大大大傑作です。
こんな凄まじく様々な要素の詰まった玉手箱のような時代劇はもう絶対に現代では拝めません。
二つの眼(まなこ)を閉じてはならぬのです。
2006年8月17日に日本でレビュー済み
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シリーズ中最も異端とされている当作品。たしかに必殺シリーズとして見ると変わっていますが、必殺を意識しないで見ていたらかなり面白い作品でした。
毎回登場する数々の超自然現象。それを被害者の恨みを絡めさせるという無理矢理な設定も、その謎解きがあるため惹きこまれてしまいます。
先生(中村敦夫)は旗竿で串刺し、若(和田アキ子)は徹底的に殴る、おばさん(市原悦子)は匕首でえぐる、3人の殺しも豪快で爽快感があります。なんと言ってもおばさんの存在感が圧巻で、毎回の殺しの高ぶる感情がこもったセリフにゾクゾクします。若の怒り爆発の熱血ぶりにも好感が持て、お気に入りのキャラです。
最後はみんなに慕われていたおばさんがいなくなったことで仲間が自然消滅。まだまだ続いて欲しかったチームでした。
毎回登場する数々の超自然現象。それを被害者の恨みを絡めさせるという無理矢理な設定も、その謎解きがあるため惹きこまれてしまいます。
先生(中村敦夫)は旗竿で串刺し、若(和田アキ子)は徹底的に殴る、おばさん(市原悦子)は匕首でえぐる、3人の殺しも豪快で爽快感があります。なんと言ってもおばさんの存在感が圧巻で、毎回の殺しの高ぶる感情がこもったセリフにゾクゾクします。若の怒り爆発の熱血ぶりにも好感が持て、お気に入りのキャラです。
最後はみんなに慕われていたおばさんがいなくなったことで仲間が自然消滅。まだまだ続いて欲しかったチームでした。
2009年9月1日に日本でレビュー済み
「必殺シリーズ」は本当の意味のカルト時代劇だった。本作はシリーズ中、異端とされているが、「必殺」そのものが時代劇ひいてはテレビドラマ界で最も異端な作品だったのだ。斜陽となっていた映画界から大勢のスタッフがテレビドラマ界に流れ込み「必殺」を含む多くの「テレビ映画」(注 テレビドラマではなくテレビ映画と当時呼ばれていた)を生み出した。
「必殺」は松竹制作だが、スタッフは大映出身者が多く大映時代劇の薫りを醸し出していた。
内容は、どちらかといえば反社会的、反体制、反骨精神の塊だった。
本作はその「必殺」の掲げる「晴らせぬ恨みを晴らす」という点で最も原点に近い話である。
仕置人が金を受け取るのは、仕置人一話の台詞じゃないが、正義や世直しの押し売りを避ける歯止めだから。あくまでもビジネスというスタンスをとるため。
では本作は?路銀以外に金を取らないが、彼らは決して正義のために「うらごろし」をしていない。恨みを残して死んでいったものの「恨み」そのものを晴らし成仏させるためだ。
まさしく必殺供養そのものである。本作こそが「必殺」の最終章なのだ。
必殺のドラマ構造の根底にある「二人の殺人者の対比」を横軸に置いているのは本作までである。「先生」と「おばさん」までが「主水」と「鉄」、「市松」、「貢」、「剣之助」、「おせい」の関係と一致している。「仕事人」の「左門」以降はその点で個性が弱すぎるのだ。
「必殺」は松竹制作だが、スタッフは大映出身者が多く大映時代劇の薫りを醸し出していた。
内容は、どちらかといえば反社会的、反体制、反骨精神の塊だった。
本作はその「必殺」の掲げる「晴らせぬ恨みを晴らす」という点で最も原点に近い話である。
仕置人が金を受け取るのは、仕置人一話の台詞じゃないが、正義や世直しの押し売りを避ける歯止めだから。あくまでもビジネスというスタンスをとるため。
では本作は?路銀以外に金を取らないが、彼らは決して正義のために「うらごろし」をしていない。恨みを残して死んでいったものの「恨み」そのものを晴らし成仏させるためだ。
まさしく必殺供養そのものである。本作こそが「必殺」の最終章なのだ。
必殺のドラマ構造の根底にある「二人の殺人者の対比」を横軸に置いているのは本作までである。「先生」と「おばさん」までが「主水」と「鉄」、「市松」、「貢」、「剣之助」、「おせい」の関係と一致している。「仕事人」の「左門」以降はその点で個性が弱すぎるのだ。
2008年1月11日に日本でレビュー済み
オカルトと時代劇の融合作
当初は受けが悪く、必殺シリーズ打ち切りの危機を招いたと言われる作品だが、その内容は決して悪いものではなく、後期にいくにつれてだんだんとソフト路線になっていく「仕事人」シリーズを観た後に観ると、その内容の充実に驚かされる事は必定
悪を闇に裁く必殺シリーズと対をなしたような白昼堂々の殺陣も見所のひとつ(後期必殺のような華麗さはないものの、その個性あるそれぞれの殺しのシーンは印象深い)
当初は受けが悪く、必殺シリーズ打ち切りの危機を招いたと言われる作品だが、その内容は決して悪いものではなく、後期にいくにつれてだんだんとソフト路線になっていく「仕事人」シリーズを観た後に観ると、その内容の充実に驚かされる事は必定
悪を闇に裁く必殺シリーズと対をなしたような白昼堂々の殺陣も見所のひとつ(後期必殺のような華麗さはないものの、その個性あるそれぞれの殺しのシーンは印象深い)
2008年2月21日に日本でレビュー済み
こうして「うらごろし」全話を見終わると、みなさんと同様に切り口の斬新な新しい時代劇のように思います。おばさんの記憶が最終回で戻るわけですが、正ちゃんが言うように「いまさら名乗り出てどうすんのさ、おばさんのやってること考えてごらんよ」会わぬが花ということなのでしょう。
最終話はそのおばさんの死がドラマの鍵となります。原田雄一監督は新・仕置人でも最終回を演出されていましたが、工藤監督とまた違った味わいの崩壊劇をとっていますね。先生がドラマにあまり噛んでこない分、おばさんが物語りの情の部分を引っ張ってくれたようです。だからおばさんの退場でうらごろしチームが解散していくのも仕方のないことなのでしょう。でも、市原悦子さんの演技、正十の背中で息を引き取るのは切ないですね。
2010年に山内Pのインタビューが取材され「うらごろし」について興味深い話を聞きました。TBSホームドラマへのカウンターとして企画された「必殺」でしたが、紋次郎との勝負で視聴率で勝ち、アナーキーな裏稼業を描く必殺は傑作・名作を作り続けながらも番組として他局においても亜流番組林立という現象の中で次々と新機軸を打ち出していかなければならなかった。この頃山田太一脚本の「岸辺のアルバム」が放送されたのが強烈な一撃だったという。時代劇でありながら、その実「現代劇」として現代の内包する問題、不満を幾多の作品群に織り込みながらを作ってきたが、石井ふく子Pのホームドラマへのカウンターとして作り上げてきた必殺が、「岸辺のアルバム」では理想的な家族が崩壊していく社会性を強烈な切り口で描いた。このような作品が登場すると必殺のような作品が絵空事のように見えてしまうと考えたのだそうです。
ホームドラマからの強烈な一撃への提案として対抗するために必殺は「うらごろし」に当時流行していた
オカルトの要素を取り込んで放送した、というのです。ですが、山内氏はうらごろしチームはこれまでの「必殺」の極北であったといいます。先生は修験者で浮世離れした人物であり、若は顔が後ろ向きになるほど殴る、おばさんは世間話をしながら通り魔的に刺す、本来必殺が支持された層からはあまりに離反した世界観に到達してしまったという反省があったといいます。視聴率2%まで低迷したことの要因にこのような番組の継続困難という結論から短縮終了、そして必殺は原点回帰にと至ったということでした。
そして次なるシリーズ 必殺仕事人 一掛之巻 いよいよ登場です。うらごろしで極北にそれ過ぎてしまった視聴者に最後のシリーズになるやも知れぬという覚悟で中村主水の復帰作「必殺仕事人」の制作となるのですが、じわりと回復する人気継続の為に山内氏らは更なる仕事人の延長を決断していきます。仕事人は必殺シリーズの定番として定着していくことになるのですが、その背景にはその時代に一番破壊力のある要素を持たなくてはならないという山内氏の試案は結果吉とでました。
もう、せんない話ではありますが、おばさんと主水の仕事人というのが実現していたら傑作シリーズがもうひとつ生まれていたような気がします。この山内氏の記事を読んで、うらごろしというは転換期の迷走の果てにたどついた作品であったことがよくわかりました。
ですが、こうして見終えてみると、ひとつの時代劇としては先にも申し上げましたが、切り口の斬新な新しい時代劇のように思います。ぜひ、皆様の両の眼(まなこ)でお確かめ下さい。
最終話はそのおばさんの死がドラマの鍵となります。原田雄一監督は新・仕置人でも最終回を演出されていましたが、工藤監督とまた違った味わいの崩壊劇をとっていますね。先生がドラマにあまり噛んでこない分、おばさんが物語りの情の部分を引っ張ってくれたようです。だからおばさんの退場でうらごろしチームが解散していくのも仕方のないことなのでしょう。でも、市原悦子さんの演技、正十の背中で息を引き取るのは切ないですね。
2010年に山内Pのインタビューが取材され「うらごろし」について興味深い話を聞きました。TBSホームドラマへのカウンターとして企画された「必殺」でしたが、紋次郎との勝負で視聴率で勝ち、アナーキーな裏稼業を描く必殺は傑作・名作を作り続けながらも番組として他局においても亜流番組林立という現象の中で次々と新機軸を打ち出していかなければならなかった。この頃山田太一脚本の「岸辺のアルバム」が放送されたのが強烈な一撃だったという。時代劇でありながら、その実「現代劇」として現代の内包する問題、不満を幾多の作品群に織り込みながらを作ってきたが、石井ふく子Pのホームドラマへのカウンターとして作り上げてきた必殺が、「岸辺のアルバム」では理想的な家族が崩壊していく社会性を強烈な切り口で描いた。このような作品が登場すると必殺のような作品が絵空事のように見えてしまうと考えたのだそうです。
ホームドラマからの強烈な一撃への提案として対抗するために必殺は「うらごろし」に当時流行していた
オカルトの要素を取り込んで放送した、というのです。ですが、山内氏はうらごろしチームはこれまでの「必殺」の極北であったといいます。先生は修験者で浮世離れした人物であり、若は顔が後ろ向きになるほど殴る、おばさんは世間話をしながら通り魔的に刺す、本来必殺が支持された層からはあまりに離反した世界観に到達してしまったという反省があったといいます。視聴率2%まで低迷したことの要因にこのような番組の継続困難という結論から短縮終了、そして必殺は原点回帰にと至ったということでした。
そして次なるシリーズ 必殺仕事人 一掛之巻 いよいよ登場です。うらごろしで極北にそれ過ぎてしまった視聴者に最後のシリーズになるやも知れぬという覚悟で中村主水の復帰作「必殺仕事人」の制作となるのですが、じわりと回復する人気継続の為に山内氏らは更なる仕事人の延長を決断していきます。仕事人は必殺シリーズの定番として定着していくことになるのですが、その背景にはその時代に一番破壊力のある要素を持たなくてはならないという山内氏の試案は結果吉とでました。
もう、せんない話ではありますが、おばさんと主水の仕事人というのが実現していたら傑作シリーズがもうひとつ生まれていたような気がします。この山内氏の記事を読んで、うらごろしというは転換期の迷走の果てにたどついた作品であったことがよくわかりました。
ですが、こうして見終えてみると、ひとつの時代劇としては先にも申し上げましたが、切り口の斬新な新しい時代劇のように思います。ぜひ、皆様の両の眼(まなこ)でお確かめ下さい。