ジャケットのちひろさんが美しい。この当時は美人ピアニスト路線まっしぐらでしたね。女性ピアニストを顔で選ぶなと怒られそうだが、ちひろさんの美しさには有無を言わせないものがある。隠すことでもないと思うので正直に告白すると、このCDを初めて買った十数年前、ボクはCDのジャケットを肴に酒を飲めたほどだ。だが、ちひろさんが顔でCDを売っているだけのピアニストだと思ったら大間違い。爆発的なパワーとテクニックを兼ね備え、その上ジャズの歴史を消化して、年季の入ったジャズ・ファンをも黙らせる本格派だ。
CDのタイトルがドイツ語だと、やはり気になりますよね。Lachはlachen「笑う」の命令形、malは命令文に添えられて、勧誘などのニュアンスを加える。Lach malで「笑ってごらんよ」という意味。dochは相手に反対する意味を加える。つまり、なかなか笑おうとしない相手に対するいらだちを表す。Lach doch malは全体で「笑ってごらんなさいよ」といったところでしょうか。曲はちひろさんオリジナルのラグタイム。思わず笑みがこぼれる楽しい曲だ。しかめっ面でジャズなんか聴いてないで、「笑ってごらんなさいよ」というわけだ。これは確かにLach doch malと題するに相応しい。
ちひろさんのパワーとテクニックは一度聞いただけで耳に飛び込んでくるが、ジャズの歴史に対するちひろさんの態度も面白い。ジャズの歴史のなかで繰り返し演奏されてきたスタンダードをただ弾くのではなく、かつての名演を想起させるようにプレイし、リスナーと歴史を共有していることを確認するのだ。本作の前年にリリースされたOutside by the Swingではリー・モーガンのキャンディからリー・モーガンのアドリブを引用していた。他の曲のメロディを引用することは珍しくないが、アドリブを引用するのは珍しい。リー・モーガンのキャンディをアドリブ・パートに至るまで聴き込んでいないとちひろさんと心を通わせることはできないよ。歴史を共有しているからこそ、何かに似ているようにも聞こえるのです。