「ジェイムズ・ボンド」シリーズの第9作(長編小説としては第8作)。「ブロフェルド3部作」の第1作でもある。
本作の舞台はロンドン、サセックス州の保養所シュラブランズ、パリ、英領バハマ。
活劇小説の出だしが保養所というのは風変わりだが、これはそもそも本作が構想されたのが『ロシアから愛をこめて』(1957年)出版後だったからだ。同作の第28章でボンドはスメルシュ第二課課長「ローザ・クレッブ大佐」に毒針で刺されて重態に陥るので、そのリハビリのシーンから始めたというわけだ(もっとも、『ロシアから愛をこめて』のあとに『ドクター・ノオ』〔1958年〕と『ゴールドフィンガー』〔1959年〕が発表されたので、療養中という設定は意味をなくしてしまった)。作者イアン・ランカスター・フレミングは妻アン・ジェラルディン・メアリー・フレミングの勧めで1956年4月末にサリー州ゴダルマイング郊外の療養所エントン・ホールに10日間滞在しており、その体験を活かしている。シュラブランズという名は、アンの友人の作家ピーター・コートニー・ケネルの両親が住んでいた邸宅の名前から採っている(映画『サンダーボール作戦』〔1965年公開〕の療養所のシーンはバッキンガムシャー州のパインウッド・スタジオに近いシャルフォント・パーク・ハウスで撮影されたが、ここは現在IT企業の所有となっている)。
『死ぬのは奴らだ』(1954年)と『ドクター・ノオ』でジャマイカを舞台にしたあとで、同じカリブ海のバハマを採り上げるのは、二番煎じの感を拭えないが、同地には富豪の友人アイヴァー・フェリックス・C・ブライス(本作で米中央情報局〔CIA〕から派遣されてくる「フェリックス・ライター」の名前は彼から採っている)が別荘「ザナドゥ荘」を構えていて、フレミングも度々訪れていた。のちに高齢の母親イヴリン・ベアトリス・サン・クロワ・ローズにもバハマに別荘を持つことを勧めている。本作に構想段階からかかわっていたアイルランド人映画プロデューサーのケヴィン・オドノヴァン・マクローリーが、水中撮影を得意としており、水中戦闘のシーンをクライマックスにもってこられるような土地を推したといういきさつもあるようだ(『サンダーボール作戦』へのオマージュなのか、『カジノ・ロワイヤル』〔2006年公開〕も一部がバハマで撮影されている)。
本作の悪役は「対情報・テロリズム・報復・強要のための特別機関」(スペクター)の首領「エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド」(映画『ドクター・ノオ』〔1962年公開〕で地質学者「R・J・デント教授」を演じたアンソニー・ダグラス・ギロン・ドーソンが、ペルシャ猫を撫でる手で出演)とそのナンバー・ツー「エミリオ・ラルゴ」(映画ではシチリア出身のアドルフォ・チェリが演じた)。
フレミングは認めてないが、ブロフェルドのモデルはギリシャ人武器商人ザカリアス・バジレイオス・ザハリアスだといわれている。ブロフェルドという名前は、フレミングのイートン校時代の同窓生でブードルズ・クラブの仲間でもあったトーマス・ロバート・カルスロープ・ブロフェルドから採られている(トーマスの息子ヘンリー・カルスロープ・ブロフェルドは英国放送協会〔BBC〕ラジオのスポーツ番組「テスト・マッチ・スペシャル〔TMS〕」のクリケット解説者として有名だ)。ブロフェルドは1908年5月28日に(これはフレミングの誕生日と同じだ)ドイツのダンツィヒ(現ポーランド領グダニスク)でポーランド人エルンスト・ゲオルグ・ブロフェルドとギリシャ人マリア・スタヴロ・ミケロポーロスの間に生まれた。ワルシャワ大学で経済学と政治史、ワルシャワ工学院で工学と無線を学んだ。他人に先んじて情報を知ることが力につながるという考え方から、1933年に一見地味な郵政省に就職。ポーランド政府の電信を盗み読みしてはインサイダー取引で小金を稼ぐが、戦争が近づくと「ターター」という架空のスパイ網をでっちあげてドイツや米国やスウェーデンに情報を売り込んだ。1939年のドイツのポーランド侵攻直前にスウェーデン経由でトルコに亡命し、アンカラ放送に就職。1942年には連合国側の勝利を確信し、これまた「ラヒール」という架空のスパイ網をでっちあげて英国や米国やフランスに情報を売り込んだ。戦後は南米でしばらく休息をとって、パリでスペクターを設立。
ボンドの研究家ジョン・グリスウォルドによると、ブロフェルドはパリでスペクターを率いながら、フランス貴族の末裔「ド・ブルーヴィル伯爵」に扮してスイスで生物戦研究所を建設し、同時にスウェーデン人植物学者「ガントラム・シャターハント博士」の偽装を確立するために各国の熱帯植物園に希少な植物を寄贈していたことになるという。恐ろしく抜け目なく用心深い男だ。
戦後ナポリで闇市のボスとして頭角を現したラルゴは、5年間タンジールからの密輸に携わり、5年間フランスのリヴィエラで宝石泥棒を実行。1954年にスペクターに入り、メンバー相互の秘密投票でブロフェルドの後継者に任じられた。ローマの名家の末裔を名乗っている。
シチリアのマフィア、コルシカのユニオン・コルス、ナチス・ドイツの秘密国家警察(ゲシュタポ)、ソ連のスメルシュ、ユーゴスラヴィアの国家保安局(UDBA)、高地トルコ人の現役および元メンバーのなかから、ブロフェルドに一本釣りされた人間によって、スペクターは構成されている。社会主義国でありながら非同盟運動を推進したユーゴスラヴィアは西側ではそれなりに人気があったが、UDBAは世界中でクロアチア独立国(NDH)の残党を暗殺して回って悪名を馳せた。高地トルコ人というのはクルド族のことで、「我が国に少数民族問題など存在しない」と言い張るトルコ政府が彼らを指すときに使った用語だ。クルド族問題が世界的にまだ注目されていなかった当時に、彼らを作品で取り上げたのは、フレミングの炯眼だ。
スペクターの本部は「しいたげられたものの抵抗のための国際友の会」(IRCO)という非政府組織に偽装している。IRCOは国際難民友愛会をモデルにしている。パリのオスマン通りに本部を置く(映画はパリ16区のエイロー街35番地でエッフェル塔をバックに撮影された)。
スペクターは、ドイツ親衛隊(SS)長官ハインリッヒ・ルイトポルト・ヒムラ―がオーストリアのモントゼー湖に沈めた宝石を引き揚げてベイルートで売りさばき、ソ連内務省(MVD。1959年には国家保安委員会〔KGB〕になっていたはずだが)の東ベルリン駐在部の金庫を盗み出してCIAに売りつけ、イタリアでカモッラのヘロインを横取りしてロサンジェルスの密売業者に卸し、チェコスロヴァキアのピルゼンの化学工場から持ち出した生物兵器のサンプルを英秘密情報機関(SIS)に売却し、ハヴァナに潜伏する元SS大佐を恐喝し、フランスから東ベルリンに逃亡した重水科学者を口封じに暗殺し、デトロイトの「パープル・ギャング」(『ダイヤモンドは永遠に』『ゴールドフィンガー』にも登場するが、架空の犯罪組織だ)の幹部の娘をモンテ・カルロで誘拐して身代金を巻き上げ、総計150万ポンドを荒稼ぎ。そんな秘密結社があるはずはないと思われるかもしれないが、たとえば、イスラエルのモサドによる「黒い九月」テロリストの暗殺を描いたジョージ・ジョナスのノンフィクション『標的は11人――モサド暗殺チームの記録』(新潮社、1986年)には、報酬と引き換えに各国情報機関に便宜を供与する「ル・グループ」という組織が登場する。
スペクターは最後の大仕事として「オメガ計画」を企む。北大西洋条約機構(NATO)の戦略爆撃機を乗っ取って米英を恐喝し、1億ドルの金塊をせしめようという計画だ。このため金に転びそうなパイロットを物色し、イタリア空軍の「ジュゼッペ・ぺタッキ空軍少佐」(映画ではフランス軍人「フランソワ・デルヴァル」に変更され、ギリシャ系キプロス人男優ファエドルス・スタッシーノが演じた)に眼をつけ、キューバの7月26日運動を装って接触。旧枢軸国の人間を悪役に仕立てるのがいかにもフレミングだ。NATO立会人として英国空軍に派遣されたぺタッキが、ボスコム・ダウン基地の「ヴィリヤーズ・ヴィンディケイター爆撃機」に乗り組む(ヴィリヤーズ・ヴィンディケイター爆撃機は架空の戦略爆撃機なので、映画では実在するアヴロ・ヴァルカン爆撃機に置き換えられた)。
一方、SISの定期健診で生活習慣病予備軍だと診断されたボンドは、長官「M」に命じられてしぶしぶシュラブランズで療養するが、澳門の幇会「赤雷党」の刺青をしたポルトガル人患者「リッペ伯爵」に興味を持つ(「赤雷党」は架空の幇会だ)。ぺタッキを監視するとともに、原爆強奪に成功した暁には英国首相宛の脅迫状を投函する役目を担っていたリッペが、ボンドに身辺を嗅ぎまわられていると知り、腰椎牽引器を操作してボンドを痛めつける。ボンドも仕返しにリッペをサウナ風呂で蒸し焼きにする。フレミングはリッペという名前を、海軍情報部(NID)時代の友人であるオランダのベルンハルト・ファン・リッペ=ビーステルフェルト候子(のちのベルンハルト配王)から採っている(映画ではニュー・ジーランド出身のガイ・ドールマンが演じた)。
この幼稚なトラブルを耳にしたブロフェルドが、リッペは頼りにならないとして粛清を命じる。
青酸ガスで他の乗員を皆殺しにして爆撃機を乗っ取ったぺタッキが、大西洋を横切ってバハマ沖で同機を着水させる(映画はバハマのローズ島で撮影された)。
バハマ沖では、沈没船の宝探しを装ったラルゴ率いるスペクター一味が、100トン級の自家用水中翼船「ディスコ・ヴォランテ(空飛ぶ円盤)号」で爆撃機に接近。ぺタッキを刺殺して2発の原爆を運び出し、偽装網で爆撃機を覆い隠す。ディスコ・ヴォランテ号で原爆を岩礁の水中洞窟に運んで隠匿する。英国の評論家キングズリイ・エイミスは『ジェイムズ・ボンド白書』(永井淳訳、早川書房、1966年)で、もっともらしい蘊蓄を開陳して読者を煙に巻くフレミング節の一例として、ディスコ・ヴォランテ号を挙げている。だが、本作でディスコ・ヴォランテ号を建造したとされているイタリアのメッシーナのレオポルド・ロドリゲス造船所は、実在の造船所で、1956年には世界初の商用水中翼船を製作している。フレミングはちゃんとこの造船所を取材しているのだ。
脅迫を受けた米英政府が、原爆を奪還し、スペクターを殲滅する「サンダーボール作戦」を発動。フレミングは「サンダーボール」という暗号名を、米兵が核爆発のきのこ雲を指していう言葉から採っている。
わずかな手がかりから爆撃機がバハマに向かった可能性を考えたMが、もっとも信頼する部下ボンドに同地出張を命じる。報復の機会をうかがっていたリッペに、ボンドは本部を出たところで銃撃される。ところがそのリッペも、ブロフェルドに差し向けられた殺し屋によって爆殺されてしまう(映画はノーサンプトンシャー州のシルヴァーストン・サーキットで撮影された)。
ナッソーに到着したボンドは、総督府で「ロディック副総督」「ハーリング警察長官」「ピットマン出入国管理局長」との会議に臨む。フレミングはこれらの名前をそれぞれ、ロイヤル・セント・ジョージ・ゴルフ場のゴルフ仲間バニー・ロディック、NIDと『サンデー・タイムズ』で同僚だったタイポグラファー(文字デザイナー)のロバート・ヘンリー・ハーリング(没後の2015年に遺稿『イアン・フレミング――ジェームズ・ボンドを創作した男の個人的な回想』が出版された)、戦前証券会社で同僚だったフレデリック・アーチボルド・ヒューゴ=ピットマンから採っている。
ハーリングからラルゴの沈没船調査隊について聞きつけたボンドは、調査隊の誰かと会えないものかと街に出る。ダンヒルの店でラルゴの愛人「ドミネッタ・『ドミノ』・ヴィタリ」(映画ではフランス人「ドミノ・デルヴァル」に変更され、ミス・ワールドのフランス代表クローディーヌ・オージェが演じた)に出くわすが、ドミノはジュゼッペ・ぺタッキの妹だった(その経緯は語られていないが、ジュゼッペの身上調査でドミノの存在を知ったラルゴが、その美貌に目をつけて愛人にしたという裏設定なのだろう)。美人ではあるが身体的欠陥または精神的トラウマを抱えているというボンド・シリーズのヒロインの常で、ドミノも右脚と左脚の長さが違うという瑕疵を持っている。
ボンドのバハマ派遣を知ったCIAが、ボンドと旧知のライター(映画では米国人男優のリク・ヴァン・ヌッターことフレデリック・アレン・ヌッターが演じた)を送り込む。『死ぬのは奴らだ』で鮫に右腕と左脚を食いちぎられ、CIAを退職してピンカートン探偵社に再就職したライターだが、実はCIAの予備役に編入されており、この未曽有の危機に際してふたたび召集されたのだ。はじめMやボンドの推理を疑うが、東ドイツから西ドイツに亡命した物理学者「コッツェ」(映画ではチェコスロヴァキア出身のジョージ・プラウダが演じた)を沈没船調査隊に見つけて、認識を改める。ラルゴの別荘「パルマイラ荘」に探りを入れるが、原爆強奪の証拠は見つからない。パルマイラ荘のモデルはもちろんニュー・プロヴィデンス島のクリーク岬にあったブライスのザナドゥ荘だ(映画はニュー・プロヴィデンス島北岸のウェスト・ベイ・ストリートの外れのラヴ・ビーチのロック岬にあるフィラデルフィアのニコラス・サリヴァン邸で撮影された)。
ナッソー港に停泊するディスコ・ヴォランテ号に潜水して近づいたボンドは、喫水線下に秘密のハッチがあるのを視認。甲板から水中に手榴弾を投げ込まれるが、命からがら生還する。このくだりは、1956年4月19日に、英国ハンプシャー州ポーツマスを親善訪問中のソ連海軍巡洋艦オルジョニキーゼのスクリューを調査するために、SISのライオネル・ケネス・フィリップ・「バスター」・クラブ海軍少佐が潜水して近づき、そのまま行方を絶ったという事件にヒントを得ている。1957年6月9日にウェスト・サセックス州チチェスター港入口に浮かぶ自然保護区ピルゼー島でクラブのものらしき胴体が、また1967年3月初めにポーツマスで頭蓋骨が発見された。クラブはソ連海軍のフロッグマンに殺害されたものとみられている。
ライターが操縦するグラマンの水上機でバハマ近海を偵察したボンドは、鮫が群がっている海域に偽装網で隠された爆撃機を発見。潜水して青酸ガスのボンベとぺタッキの認識票を持ち帰る(映画撮影後海底のアヴロ・ヴァルカン爆撃機の実物大模型は、悪用を防ぐためにダイナマイトで爆破されたが、その跡にできた環礁は今ではダイヴィングの名所になっている)。
ドミノにその認識票を見せて寝返らせ、ガイガー・カウンターを持たせてディスコ・ヴォランテ号の船内を探らせる。だが、ラルゴに気づかれたドミノが、船室に監禁・拷問される。
米国海軍のジョージ・ワシントン級戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)「マンタ号」(当時SSBNは偉人の名前を艦名としていたので、この艦名はおかしいが)を呼び寄せたボンドとライターは、ナッソーを出航したディスコ・ヴォランテ号を追尾。水中洞窟から原爆を運び出したディスコ・ヴォランテ号が、米英共同の「グランド・バハマ・ロケット基地」に向かう。このグランド・バハマ・ロケット基地は架空の施設で、実際にグランド・バハマ島にあったのはミサイル追跡基地にすぎない。
ロケット基地に忍び寄るスペクター一味を、ボンドやライターやマンタ号の乗組員たちが阻止しようとして、水中戦闘になる(映画はナッソー港のクリフトン・ブラッフで撮影された)。ラルゴに手痛い反撃を喰らうボンドだが、ディスコ・ヴォランテ号を脱出して兄の仇を追ってきたドミノに助けられる。ドミノの放った水中銃の銛がラルゴを貫く。ボンドがヒロインに命を救われるというのも、フェミニズムの時代らしいクライマックスではある。
『サンダーボール作戦』をめぐるフレミングとマクローリーの確執は、ボンド・ファンにはよく知られた事実だが、ここでそのいきさつを簡単に振り返ってみよう。
ボンド小説の人気が上がるにつれてフレミングのもとに映画化やTVドラマ化の話が舞い込みはじめた。フレミングは1955年に『カジノ・ロワイヤル』(1953年)の映画化権を映画プロデューサーのチャールズ・K・フェルドマンに二束三文で売ってしまって、これがのちに怪作『カジノ・ロワイヤル』(1967年公開)につながる。だが、映画化で他人に甘い汁を吸われるのを惜しんだフレミングは、友人のブライスやアーネスト・L・クーネイオーと映画製作集団を結成。ブライスのバハマの別荘の名前にちなんで「ザナドゥ・プロダクションズ」と命名する。クーネイオーが『秘密情報員ジェームズ・ボンド(仮題)』として原爆強奪という粗筋を思いつく(『サンダーボール作戦』はクーネイオーに捧げられている)。のちにブライスがマクローリーを招き、マクローリーが脚本家ジャック・ホイッティンガムに声をかけて、『秘密情報員ジェームズ・ボンド』を『西経78度(仮題)』にふくらませる。ソ連を悪役にするのは古いとして、スペクターというアイデアを提供したのは、マクローリーだという。
だが、アルフレッド・ジョセフ・ヒッチコックに監督を依頼しては断られるといった迷走を繰り返し、フレミングたちは映画化に億劫になってくる。フレミングはマクローリーやホイッティンガムに無断で、1960年1月から3月にかけて、ジャマイカの別荘「ゴールデンアイ」で、『西経78度』を『サンダーボール作戦』として小説化(それまでもTV向けの脚本を短編小説化してきたフレミングには、他意はなかったのだろう)。
3月にゲラを読んで驚いたマクローリーとホイッティンガムが、『サンダーボール作戦』の出版差し止めを申し入れる。だが、ジョナサン・ケープ社は出版をやめるどころか増刷を決定。フレミングもザナドゥ・プロダクションズを解散して、『カジノ・ロワイヤル』以外のボンド小説の映画化権をイーオン・プロダクションズ有限会社に売却。イーオン・プロの『ドクター・ノオ』と『ロシアより愛をこめて』(1963年公開)に登場するスペクターが、『ゴールドフィンガー』(1964年公開)に登場しないのは、このいざこざに配慮したためだ。
マクローリーとホイッティンガムはピーター・カーター・ラック弁護士を雇って1963年11月20日にロンドン高等裁判所に提訴。フレミングはブライスの助言もあって29日にマクローリーと示談。フレミングがマクローリーに賠償金3万5千ポンドと裁判費用5万2千ポンドを支払うこと、小説『サンダーボール作戦』の今後の版に「この物語はマクローリーとホイッティンガムと作者による映画脚本に基づく」という断り書きを入れること(たしかにハヤカワ・ミステリ文庫の扉の裏面にある原作表記にもそうした断り書きがある)、映画化権はマクローリーに属すること、映画の興行収入のうち原作者分の印税はフレミングに属することなどで合意した。
マクローリーが『サンダーボール作戦』の製作に加わったので、スペクターとブロフェルドが復活。これは『007は二度死ぬ』(1967年公開)、『女王陛下の007』(1969年公開)、『ダイヤモンドは永遠に』(1971年公開)まで続く。
だが、原作にスペクターやブロフェルドがまったく登場しない『ダイヤモンドは永遠に』にまでこれらのキャラクターを使用することに、マクローリーがふたたび反発。スペクターやブロフェルドは自分の創作物だと主張してイーオン・プロを訴え、ボンド映画からこれらの悪役が消える。『ユア・アイズ・オンリー』(1981年公開)のアヴァンタイトルで、ボンドを襲撃して返り討ちにあう電動車椅子の男(『女王陛下の007』でボブスレーで逃走中に頸椎を傷めたブロフェルドは、下半身が不自由という設定だ)が登場するが、エンドロールにはブロフェルドの役名は流れない。一方マクローリーが、『ダイヤモンドは永遠に』を最後にボンド役を退いていたトーマス・ショーン・コネリーを再起用して、『サンダーボール作戦』のリメイク版『ネヴァ―・セイ・ネヴァー・アゲイン』(1983年公開)を製作している(この題名は、「ボンド役を二度とやらない」と公言していたコネリーが、妻ミシュリーヌ・ルクブルンにかけられた言葉「二度とやらないなんて言わないで」からきている)。
2006年11月20日にマクローリーが死去して、2013年11月15日にマクローリーの遺族とイーオン・プロの親会社ダンジャックが和解。『スペクター』(2015年公開)と『ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年公開)でみたびスペクターやブロフェルドが復活。『サンダーボール作戦』の「情報を制する者が世界を制する」というブロフェルドの思想は、『スペクター』のブロフェルド像にも投影されている。
フレミング、マクローリー、ホイッティンガムの度重なるブレーン・ストーミングを経て完成した作品だけに、ボンド・シリーズのなかでも『サンダーボール作戦』は抜群のリアリティを備えている。実際、本作に描かれているような手口を用いれば、原爆強奪に成功するのではないかと思えるほどだ。
国際犯罪組織、戦略爆撃機、原爆、カリブのリゾート、最新式のクルーザー、水中遊泳、イタリア人美女、カジノ、沈没船の宝探し、人食い鮫、ロケット基地、原子力潜水艦、水中戦闘……娯楽要素をこれでもかと詰め込んだ本作は、極上のエンターテインメントといえる。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
サンプル サンプル
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- ASIN : B000J8BGPG
- 出版社 : 小学館 (1980/1/1)
- 発売日 : 1980/1/1
- 言語 : 英語
- 文庫 : 237ページ
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中4.5つ
5つのうち4.5つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
30グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2007年5月15日に日本でレビュー済み
なった本作。
それにしても、フレミング独特のハードボイルドタッチは不変。今回は「死ぬのは奴らだ」で大怪我を負い、長らく探偵として暮らしてきたフェリックス・ライターがCIAに復帰している。まるで初期に戻ったような作品。
映画脚本を小説にしたものだというが、相変わらず映画のようなアクションはない。しかし、映画でも印象的な海中戦がある。しかも、それは核爆弾を巡っての死闘。ユーモアに飾られたジェントルマン・エージェント、ジェイムズ・ボンドの活躍。
ショーン・コネリー主演で2度映画化している。とくに、コネリーの50歳をすぎてからの演技が見られる(しかもボンド役である)「ネバーセイ・ネバーアゲイン」は傑作だ。
それにしても、フレミング独特のハードボイルドタッチは不変。今回は「死ぬのは奴らだ」で大怪我を負い、長らく探偵として暮らしてきたフェリックス・ライターがCIAに復帰している。まるで初期に戻ったような作品。
映画脚本を小説にしたものだというが、相変わらず映画のようなアクションはない。しかし、映画でも印象的な海中戦がある。しかも、それは核爆弾を巡っての死闘。ユーモアに飾られたジェントルマン・エージェント、ジェイムズ・ボンドの活躍。
ショーン・コネリー主演で2度映画化している。とくに、コネリーの50歳をすぎてからの演技が見られる(しかもボンド役である)「ネバーセイ・ネバーアゲイン」は傑作だ。
2015年10月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
映画共にこの作品のファンです。実は映画ではシリーズ中この作品が最も好きです。
2017年1月5日に日本でレビュー済み
小説としては9作目だけあって円熟の域に達していますね。
以降の作品では実験的な試みや異色展開がなされていったりして、好みとしては今作が面白さのピークかなと思います。
映画は映像としての画映えと時間的な制約から違う部分もあるけれど、意外な程に忠実に作られていたんだと感心しました。
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」は小説の再映画化というよりイオン作のリメイク品ですね。
以降の作品では実験的な試みや異色展開がなされていったりして、好みとしては今作が面白さのピークかなと思います。
映画は映像としての画映えと時間的な制約から違う部分もあるけれど、意外な程に忠実に作られていたんだと感心しました。
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」は小説の再映画化というよりイオン作のリメイク品ですね。
2005年8月4日に日本でレビュー済み
原作では9作目で初めて、ブロフェルドを首領とするスペクターが登場します。もともと映画の脚本として構想されたものですので、ストーリーは映画とほぼ同じものです。映画では、ご都合主義的な偶然がスートーリーのキーとなっていますが、原作でも同じです。映画は60年代後半ボンド・ブームのピークに封切られました。いまだにイギリスではサンダーボール公開何周年とか言って上映会やってるらしいです。
原作、映画とも成功した作品ですが、実は裏でもめていて、法廷闘争にまでなっていました。当初映画の脚本として構想されていた時には、フレミング個人ではなく、ケビン・マクローリーとの共同作業でした。この段階でストーリーのラフスケッチ(シノプシス)はできていました。その後、映画化の話が一度頓挫して宙ぶらりんになっていた時にフレミングは小説として発表してしまいました。無断でシノプシスを使用されたマクローリーは怒って出版差し止めの訴訟を起こしました。結局、小説の権利はフレミングが持ち、映画化権はマクローリーが持つということで一応の決着がつきました。
ボンド映画のプロデューサー、アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマンは映画化にあたり、映画化権を買い取ろうとしましたが、マクローリーはどうしても手放さず、製作は共同で行い、プロデューサーとして自分の名前をクレジットするという条件で映画化に同意しました。(暇な人はDVDでも借りて、タイトルロールで確認してみてください。)
マクローリーはその後、007役を引退したショーン・コネリーを引っぱり出して、「ネバー・セイ ネバー・アゲイン」として再映画化しました。懲りない人です。
原作、映画とも成功した作品ですが、実は裏でもめていて、法廷闘争にまでなっていました。当初映画の脚本として構想されていた時には、フレミング個人ではなく、ケビン・マクローリーとの共同作業でした。この段階でストーリーのラフスケッチ(シノプシス)はできていました。その後、映画化の話が一度頓挫して宙ぶらりんになっていた時にフレミングは小説として発表してしまいました。無断でシノプシスを使用されたマクローリーは怒って出版差し止めの訴訟を起こしました。結局、小説の権利はフレミングが持ち、映画化権はマクローリーが持つということで一応の決着がつきました。
ボンド映画のプロデューサー、アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマンは映画化にあたり、映画化権を買い取ろうとしましたが、マクローリーはどうしても手放さず、製作は共同で行い、プロデューサーとして自分の名前をクレジットするという条件で映画化に同意しました。(暇な人はDVDでも借りて、タイトルロールで確認してみてください。)
マクローリーはその後、007役を引退したショーン・コネリーを引っぱり出して、「ネバー・セイ ネバー・アゲイン」として再映画化しました。懲りない人です。