1975年グラインドボーン音楽祭の映像。
近年このオペラは、時代背景などまるで無視した演出家のマスターベーションまがいの演出が目立つが、これは全く奇をてらわない極めてオーソドックスな演出で、これこそ「コシ」の本来の姿だと実感させられる。
歌手陣はグリエルモ役のトーマス・アレン以外はほぼ無名であり、正直、歌唱面では若干の不満も残る。特に姉妹役の二人とフェランドがやや弱い。しかし演技は見るべきものがあり、メンバー全員が場面場面における表情のつくり方など実に上手く、それを巧みなカメラワークが的確に捉えている。
とりわけドン・アルフォンソ役のフランツ・ペトリが素晴らしい。ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら「私は何もかもお見通しさ」と言わんばかりに最高の狂言回し役を演じている。歌唱も実に見事だ。私の知る限り、これは古今東西を通じても最高のドン・アルフォンソだと断言したい。
プリッチャードの指揮は近年流行りのピリオド奏法ではないが、テンポが速く実に生き生きとしている。これに比べると定評あるベームの演奏ですらモッサリ感じられるほどで、私はこちらの方が断然好みだ。
終演後、いつのまにか客席側に移動したフランツ・ペトリが笑顔で満足げに場内を見渡しつつ映像が終わる。やはり、主役はこの人だったのだ。