女王は絶世の美女と誉れが高いけれども十年このかたベールに面を包んで、近衛の士官達はもとより侍従のものもほとんど女王の面影に接した者はない。女王が愛するフレデリック王と結婚の祝典を挙げたのは、ちょうど十年前、しかも蜜月を過ごそうとクランツの城へ赴く途中、王は駅馬車の中で暗殺されたのである。それ以来十年、不思議に国民の信頼を得て覆面の女王は国を治めてきたのである。これを痛くも憎んだのは亡き王の母君の大公爵夫人である。彼女におもねって権力を得ようとする警視総監フェーン伯爵は、秘密出版物を利用して女王を中傷するかたわら偽の無政府主義者を買収して女王暗殺の機会を狙っている。若い熱心な無政府主義者のスタニスラスは、君主専政の封建制度を覆さんと考え、アヅラエルというペンネームで女王誹謗の詩を書いた。フェーン伯爵一派にそそのかされてスタニスラスは女王暗殺に荷担する。彼の顔は故フレデリック王に生き写しなので、フェーン伯爵一派は女王に近づかせる便宜になると思ったからである。