アルゼンチンババア [DVD]
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フォーマット | ワイドスクリーン, 色, ドルビー |
コントリビュータ | 鈴木京香, 堀北真希, 長尾直樹, 役所広司 |
稼働時間 | 1 時間 52 分 |
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商品の説明
よしもとばななの傑作小説を、役所広司、鈴木京香、堀北真希という豪華キャストで映画化。哀しみを乗り越えてよみがえる父と娘の美しい絆・・・
<ストーリー>
仲の良かった3人家族。イルカの島で過ごした楽しい想い出を残し、大好きだった母が死んだ。母を愛し、仕事一筋だった墓石彫りの父はなぜかその日に限って病院に顔を出さず、突然、姿を消してしまった! 半年後、父は町外れに住む変わり者の女の人の屋敷で発見された。そこは広い草原にぽつんと佇む小さな田舎町のなかの異国。昔はタンゴやスペイン語を教えていたらしいが、今はちょっと頭がおかしくなって怪しい呪文を唱えているとみんなが噂する謎の“アルゼンチンババア”。母親の供養もほったらかして、どうして父がそんな人のもとに!? 一人娘のみつこは勇気を奮い起こし、父親奪還に向かうのだが・・・。気のいい町の人々を巻き込んで、父親をまともな(?)世界に取り返そうと奮闘するみつこが目にした屋敷の内部の光景は、温かな陽だまりのように気持ちよく、不思議にしあわせな空気が満ちていた。
・メイキング・舞台挨拶・インタビューなど収録の特典ディスク付2枚組
原作:よしもとばなな『アルゼンチンババア』(文庫:幻冬舎文庫 単行本:ロッキング・オン刊)
監督・脚本:長尾直樹
脚本協力:金子ありさ
主題歌:「ワスレナグサ」タテタカコ
製作:バップ、双日、キネティック、Yahoo! JAPAN、トムス・エンタテインメント、TOKYO FM、読売広告社、OLM、WOWOW、読売新聞東京本社
制作プロダクション:Grasshoppa!、Cine Bazar
発売元・販売元:バップ
(C)2006「アルゼンチンババア」製作委員会
登録情報
- アスペクト比 : 1.78:1
- メーカーにより製造中止になりました : いいえ
- 梱包サイズ : 18.03 x 13.76 x 1.48 cm; 75 g
- EAN : 4988021128162
- 監督 : 長尾直樹
- メディア形式 : ワイドスクリーン, 色, ドルビー
- 時間 : 1 時間 52 分
- 発売日 : 2007/10/3
- 出演 : 役所広司, 鈴木京香, 堀北真希
- 販売元 : VAP,INC(VAP)(D)
- ASIN : B000SADJNM
- ディスク枚数 : 2
- Amazon 売れ筋ランキング: - 90,973位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- - 4,454位日本のドラマ映画
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
堀北真希さんは可憐で可愛く、鈴木京香さんは美しく、お話は難しい事は考えず眺めていればいいです。
予想以上に大変おもしろかったです。
心が折れそうになることが良くある昨今ですが、
娘さんのガンバリズムや、
アルゼンチンばばあさんのこころなど
大変泣かされ、癒された映画でした。
ということは自分は逃げていたお父さんの視点から見ていたのかもしれませんね。
他の方の評価が意外と低いことに驚きましたが、
自分が原作を見ていないからかもしれませんね。
原作を知らない人には最高なのかも知れません。
映像全般は、明るく見やすく、自然でしかし印象的な場面によって、しっとりとした映像美が堪能できます。
主人公「みつこ」と、すぐに「ヤラせろ」という同年代の親戚の少年や、バイト先の鍼灸師(byココリコ田中)その他のサブキャラとをうまく絡めて、ひとりひとりが「カブる」ことなく丁寧に描写されており、母親を亡くし父親が失踪して親戚のうちにやっかいになっているという微妙な立場の主人公のうつうつとした内面がうまく表現されています。
父親との再会にかかるアルゼンチンババアとの出会いと反発と交流のてんまつを中心に、過不足ないエピソードがちょうどよく連関されており、役所広司さんや鈴木京香さんの抑えた演技もあいまって、「映像に語らせる」押しつけがましさのない作り方でゆったりと物語世界にひたることが出来ました。
ストーリーは、ほどよいユーモアを基調にしながら、地方都市郊外の田園っぽい風景から海中シーンにいたるまで、意外に起伏に富んだ構成で、飽きずに安心して見ていられました。
あとで原作小説を読みましたが、どちらかといえば心の大きなうねりや動きについては抑え気味の描写で、ふわっとした仕上がりという感じでした。
これに対して映画のほうは、エピソードやキャラクターを増やし、言わば、もっと「詳しい」感じになっています。
原作ファンの方にとっては、勝手に変えて不快だと思われる点もあるでしょうが、この脚色によってこそこの映画独自の雰囲気や流れが作られたと言えると思いますので、小説と映画とではテンションが違うという点に着目し、それぞれ別な楽しみ方をするのが正解なのかなと思います。
読んだときに、確かに常識に照らし合わせて
酷いなと思うところはあるのだけれど、
主人公が実家で喫茶店を開いて、父の作ったモザイクが壁一面に貼られているのを
想像したらとてもあたたかい気持ちになった。
人の儚い思い、神様すら羨むような輝き。
素敵な言葉だと思った。
しかし、それらの本を読んだとき感じたあたたかさは
この映画からは感じられなかった。
鈴木京香さんをはじめ、役者陣は素敵だったと思う。
文字だけで連ねていると曖昧になる非常識さも
映像でリアルに再現してしまうと、歪さばかりが目立つのも
ある程度仕方ないことかもしれない。
わざわざメディアミックスをするのならば
映像にするなら映像でしか出来ないことを、と思うのは良いのだけれど
そこに固執し過ぎて前衛芸術化するくらいなら
原作に忠実に映画化して欲しい。
見ていて、「こんな話だったっけ?」
と首を傾げてしまうことばかりで残念。
また、未成年なのに飲酒・喫煙したり
不倫など下世話な描写が目立ったが
子供が仕返しに来るシーンは特に不愉快だった。
結果ただの放火で立派な犯罪だし
花火が当たって驚き、火が燃え広がって怖がる鶏たちが可哀想。
CG合成なら良いのだが、さてどう撮影したものか。
私はすごく癒されたが、他のレビューなどを見てみると、全般的に評価がすごく低い。評価が低いのは、リアル性を求めた結果だ。この映画はファンタジーなのだ。その辺がみんなわかっていないようなので、私は敢えてべた褒めしてみたい。
まず、よかったシーンや台詞などを羅列し、この映画の意味を掘り下げてみたい。
母( 手塚理美 )の死のショックも覚めやらぬ中、父、悟( 役所広司 )まで失踪し、一人で通夜のためのすしの盛り合わせを自転車の荷台に括り付けて運ぶみつこ( 堀北真希 )。ふと見上げると回生堂治療院の看板。 見習いマッサージ士・向井(ココリコ田中)は閉店を告げる。が、その場に座り込むみつこ。思わず「俺、見習いですけど、よかったら俺がしましょうか」という向井。寿司を見て「お通夜か、なんかですか」と聞く向井に「誕生日です」と嘘をつくみつこ。「誰のですか」と聞かれ、「母のです」と答えるみつこ。「お母さんの誕生日はあなたの誕生日ですよね。お母さんが生まれなければ、あなたの生まれなかったのだから」という向井のピントの外れの言葉に、みつこが大泣きする。とまどいつつマッサージをつづける向井。
普通だったら気が狂いそうな状況で、必死にこらえてパンをこねるみつこ。小麦粉をまな板にぶつけることで気を保とうとする。バシッ、バシッという音がみつこの壊れかかった感情を表している。
いとこの 信一(小林裕吉)の「お父さん、俺が連れて帰ってきたら、どうする?一発、やらせてくれる?」という台詞にみつこが切れたときの表情と、間を置いてからの「はあ?」という怖い顔。男の性欲に対する思春期の娘の怒りがよく出ていた。
ラストをはじめ、他にも美しい名シーンはいろいろあるが、迷シーンとしては、アルゼンチンタンゴの曲を背景に、悟はアルゼンチンババア( 鈴木京香 )とやり始め、うなぎ料理店店主の 白井順三(岸部一徳)はスナックのトイレでの若い女とやり始め、テイラーの 大木戸哲( 菅原大吉 )も奥さん?とやり始めるというシーンがあるのだけれど、笑いを誘うこのシーンは実は大きな意味があることがあとでわかる。
ではこの映画の意味はなんだろうか。
冒頭に癒し系と書いたけれど、この映画は、聖と性と生による癒しを表現している。「臭い」とみんなに言われるお化け屋敷に住むアルゼンチンババアは、実は「聖」を象徴する。近所の人が寄り付かないのは「俗」とかけ離れた「聖」を象徴しているのだ。そして、悟は「聖」との「性」により、なんとか、生き続けるが、まだ現実逃避し、狂ったままだ。そして、「聖」が新たな命を生むことにより、悟もみつこも、そして周辺人物もみな癒され、「狂気=死」の世界から現実の平凡な生活(=生)に戻るのだ。後から考えてみると、お化け屋敷は修道院、アルゼンチンババアは修道女のようでもあるし、聖母マリアのようでもある。アルゼンチンババアがカトリック信者というのもそのことを暗示している。
みつこの母が末期がんで死ぬと、父はショックで行方不明に。後に、アルゼンチンババアと呼ばれる変人の住む家で悟は発見されるが、妻の死から逃避するため、気が触れていた。しかし、狂っていたのは、悟だけではなく、みつこを含め、その周辺人物もみんな少しずつ狂っていたことにみなが後になって気づく。生と死に正面から向かい合ってまともだったのはアルゼンチンババアが象徴する「聖」の領域だったのだ。
かつて「聖」の領域は、宗教や地域コミュニティが担っていたが、現代社会には、その残骸が辛うじて遺跡のように微かに存在しているのみだ。いまや、その「聖」の領域による癒しは、酒やセックスや、あるいはワーカーホリックなどいう狂気に代置されており、それは現代人の精神を徐々に歪めていく。
現実の世界にはアルゼンチンババアはいない。したがって、現代社会に「聖」の領域による癒しはなく、映画やコンサート、小説、ドラマといったフィクション(狂気)の中に代わりの癒しを求めるほかはない。
p.s. 警官役のきたろうも、ちょい役だったが、とてもよかった。
ばななさんの原作を映像化すると、
まったく印象の違うものになってしまいます。
原作を読んでから観たので、
ただただ、がっかりしてしまいました。
イルカのお墓は、海に沈めちゃダメでしょ?