アルジェリアの音楽がだんだんと親しまれるようになってきた中、注目すべきアルバムが登場することになりました。カビール人を代表する伝説のプロテスト・シンガー、ルネ・マトゥーブが1998年1月17日、パリのゼニット劇場で開いた最後のコンサートの模様を収録したライヴ2枚組アルバムです。 <最後のコンサート>と書いたのは、マトゥーブは同年6月25日、地元アルジェリアにおいて暗殺されてしまったから。少なくともフランスの同胞たちに向けて歌った公演は、これが最後だったと思われます。 マトゥーブについては、ちょうど発売されたばかりの『ミュージック・マガジン』最新号に掲載された中村とうようさんによる記事でも紹介されているように、アルジェリアの中でも下層階級の多くを占める(なので在フランスのアルジェリア移民でも大多数を占める)カビール人(いわゆるベルベル系)を代表したプロテスト・シンガー。アラビア語ではなく、彼ら独自の言語であるカビール語で、カビール人のアイデンティティを訴えるような内容のプロテスト・ソングを歌ってきました。 ただプロテスト・ソングと言っても、歌詞ばかりがすばらしいわけではありません。音楽的にはもちろんかなりアラブ的。伴奏はエレキ・ギターやキーボード、ドラムス、ベースなどが入ったモダンな編成ですが、打楽器や弦楽器は完全にアラブ音楽的な響きで、マトゥーブも現代的な歌い方ながら、当然のようにコブシを取り入れています。 客席から唱和する歌声がときどき聞こえてくることからも、この日会場に集まったのはカビール人の同胞たち。だとしたら、収録されているのは彼らが愛したマトゥーブの代表作なのでしょう。そんな客席に向かって語りかけるマトゥーブの歌声は、まさにカビリアのボブ・ディランという趣き。歌詞の意味こそわからなくても、圧倒的なカリスマ性はビンビンと伝わってきます。このアルバムの最大の魅力はそこでしょう。