『春の祭典』の名盤といわれる音盤はそこそこ聴いてきたつもりでいましたが、このマルケヴィチ:フィルハーモニア管弦楽団は、どういうわけかこれまで聴く機会を逸しつづけてきました。
で、やっとこさ中古盤を入手。どれどれ、ちょっと古い録音だが暇つぶしに聴いてみるか〜と軽い気持ちでCDをセット。冒頭のファゴットが静かに鳴り出すと、体が凝固しちゃうほど惹きこまれました!
…春の始動から人間の狂乱までを描き上げたこの一大音響絵巻を、マルケヴィチ&フィルハーモニア管弦楽団は、一点のゆるぎもなく、確信に満ちて、見事に描ききっています!
すべての楽器の強弱・緩急が巧みに計算されていて、オーケストラが大爆発するシーンもあるが、鎮まるシーンでは見事に鎮まる。とにかく端正な音作りと理路整然とした曲運び。しかし、機械的な冷たさはなく、むしろ巨大な生き物のごとくに組織化されていて、しっかりと脈打つ音響世界を作り出しています。
録音は、なんと1959年。今から60年も昔です。でも、「現代のオーケストラの演奏です」と言って聴かせたら、ほとんどの人がそう信じてしまうのではないでしょうか。とにかく、古さを全く感じない、むしろ新しささえ感じる演奏です。
私は、マルケヴィチという指揮者の音盤を聴いたのは、これが初めて。
この指揮者、1950年代にここまでハルサイを的確につかみ、オーケストラを的確にさばいているとは、只者ではありません。
お見それいたしましたと頭を深々と下げつつ、もっと早くこの音盤に手をのばすべきであったと、今は只々後悔です。
このマルケヴィチ、調べてみると、10代の頃からオーケストラ曲を次々と発表し、ストラヴィンスキーやプロコフィエフらに続く世代の一翼として期待されていた作曲家だったそうです。
しかし、なぜか29歳の時に作曲家として歩むことに見切りをつけ、それ以降は指揮の研鑽を積み、ハルサイからハイドン、さらにバッハまで、実に幅広いデパートリーを誇る世界的な指揮者となったという。
難曲ハルサイをここまでみごとに捉えているのは、途中で断念したとはいえ、作曲家としても活躍していたマルケヴィチの才能があってこそでしょう。
まさに、「作曲家の心は作曲家が知る」です。
おそらく発売当時、彼のこの音盤を聴いて「そうか、この曲はこういう曲だったのか!」と多くの人は合点がいったことでしょう。
もしかしたら、作曲者本人のストラヴィンスキーですらも、このような演奏が可能であったのかと大いに啓発されたのではないでしょうか。
現代のハルサイ演奏の源流となる一枚だと思います。
マルケヴィチ作曲のオーケストラ曲のCDを Naxos というレコードレーベルが出していて、マルケヴィチの音楽世界を垣間見ることができます。
誰もが知る名作こそありませんが、明らかに水準以上の、音楽を知り尽くしている者でないと書けない曲が並びます。
マルケヴィチはなぜこのようなハルサイの演奏をなしえたのか?
それを知りたい人は、マルケヴィチの曲を聴いてみることをおすすめします。
とりあえずは、一番最初の曲と一番最後の曲が入っている「管弦楽作品全集7」から手を伸ばすとよいかと。
この人がただの「凄い指揮者」ではなかったことが、よくわかります。