無闇に戦争だ平和だを説教じみて語るようなドラマではまったく無い。アイデンティティーの物語だ。
病院のシーンの怖さ。そこに無いはずのカメラを見つめる患者のシーンはただの一例で、個人的には「カッコーの巣の上で」よりも戦慄を覚える場面の数々。それを内包したままの主人公が、ここから始めようと美しい海の街にやってきて、住民と関わる。ドラマでは触れられないが、主人公は作者の分身のようなものである故、恐らく作家で一応の金もあり、中年のだらしない体型で、身体は鈍って足の裏が薄い。生成りの麻のスーツだがしわしわで、どこか世から隔絶された感、追いかけてくる死にたがりの男は、細身で、人工的な素材らしき、心の中を映したような真っ黒のスーツ。肌身離さず持つ変に大きなアタッシェケースの中にはきっと、肉体以外の彼の人生の総てが。
登場する女性はほぼ皆、性的なサジェスチョンがある。それは刹那なんてものではなく、生死をさすらう生き物(主人公)の持つ、生存本能から来るものと分かる。
場末の映画館入り口に、色褪せた『戦争と人間』の看板があるのは、愛嬌のようだし、皮肉っぽいし。(高橋幸治氏出演)
それにしても高橋幸治氏は、圧倒的なカリスマ人間の演技も凄いが、紙一重というか『傷だらけの山河』でも見られた、精神を病んだ男の役が実に上手い。そして、同じくらい怖い。また独特の、時折演る一本調子風の中途半端な音域の台詞回しも、しっくりきてしまう不思議さ。
また、この役作りのためにこんなに太ったのかもしれないが、それでも醸し出す色気が凄い。この作品ではすっぴんなのだが肌がきれいで半裸にもなるしグラサン姿も長髪もきまっているし、泣くし踊るし歌うし、髭面も長い睫も堪能できる、ビジュアル的にもファンなら観ない訳にいかない逸品。