イリアーヌのピアニストとしての才能は高く評価しますが、それ以上に名ヴォーカリストだと思って、このアルバムを繰り返し聴いています。ビル・エヴァンスへのリスペクトが全編に漂い、フレーズのところどころにエヴァンスの味わいを見つけては喜んでいます。
ほとんど全てがエヴァンスによって演奏されてきた曲ですので、奏法の違いを確認しながら聴いてしまう箇所もありました。同じ雰囲気を醸し出しながらも現代的で少し雄弁なイリアーヌの個性を楽しむアルバムに仕上がっていました。1曲あたり3分から4分ですので、心地よく聴いている内に次の曲へ展開するという感じでした。時にはピアノの弾語りの演奏もあって変化をつけようという工夫も見受けられます。
イリアーヌがピアノとヴォーカルを受け持った「ワルツ・フォー・デビー」は特に魅力的でした。ビル・エヴァンスへの思いが詰まっており、原曲の雰囲気を上手く残しながら、素敵なヴォーカル・ヴァージョンに仕上げていました。途中からのアップ・テンポで展開し、ドラムスとベースが入ってくる所も気分よく伝わってきます。
イリアーヌ(ヴォーカル、ピアノ)、マーク・ジョンソン(ベース)、ジョーイ・バロン(ドラムス)というトリオです。マーク・ジョンソンというとビル・エヴァンスと共演したベーシストの中でも最後のトリオのメンバーでエヴァンスに寄り添いながら巧みに演奏していたのを思い出しています。またイリアーヌの夫でもあります。本アルバムでもイリアーヌを引き立てる名サポートぶりを発揮していました。
10曲目の「マイ・フーリッシュ・ハート」は泣かせます。トリビュートものとしては素晴らしい出来栄えでしょう。抒情的で詩的で繊細で、エヴァンスが生み出した雰囲気を活かしながら、彼女の感性を盛り込んで素敵な演奏を披露していました。聴きものですし、実力ぶりを如何無く発揮した演奏です。
17曲目の音の悪い「サムシング・フォー・ユー」はエヴァンスの秘蔵の音源だったようで、多分未発表なのでしょう。味わい深く聴きました。笑い声なども入るという収録の途中からイリアーヌのヴォーカルとピアノへと移る趣向がとても素敵でした。トリビュートに相応しい企画でしょう。
リーフレットの中の写真は眼鏡をかけた彼女のポートレイトも収められています。知的な香りが漂うショットでした。