ロックバンドという今やあまりメジャーではなくなりつつある(特に欧米では)スタイルがある。
そのスタイルの魅力というのは違う個性を持った他人同士のぶつかり合いにあると思っている。
2006年に結成された相対性理論はメンバーを変えながら今も活動を続けている。その中心人物がやくしまるえつこというボーカリストで、とてもアンニュイな声質でアート、サブカル好きに熱狂的な支持で迎えられた声の持ち主ある。彼女の声はとても魅力的だがその魅力を引き出したのが真部脩一というベーシストである。そして作詞作曲、特に言葉選びの部分で彼の存在は特に大きかったと感じる。
相対性理論という(当時は)変わったバンド名。シフォン主義というふざけたデビューアルバム。
一曲目のスマトラ警備隊(もちろんウルトラ警備隊の言葉遊び)からサイキック、更新世、FBI、CIA、KGB、共産党などなどキュートな歌声から発せられるありえない言葉たちがこのバンドの最大の魅力だと思っている。もちろん曲自体もよいのだが。ちなみにシフォン主義は全曲バンド四人のクレジットなのだがほとんど主導していたのは真部であったと思われる。なぜならこのバンドの発明品であるキュートなアンニュイボイスが言わなさそうな気持ちの悪い言葉選びは、彼の気持ち悪さから出ているものだからと考えるからだ。それが本人の資質なのかこれはだれもやってないから面白そうだと思い彼がみつけた武器なのかは僕は知らないが。
セーラー服を脱がさないでという楽曲がある。今聞くとなかなか気持ち悪い歌詞だし(当時どう受け取られていたかは知らないが)これを年端もいかないアイドルに歌わせていたのだから今の時代それをやったら炎上確実だろう。ただ性的なセリフをアイドルに言わせてファンをどきどきさせるのはポップスの常套手段であり作詞家の腕の見せ所なのだが真部は「やくしまるえつこが絶対言わなさそうな言葉」を並べることで作詞の面において誰も行ったことのないステージを我々に見せてくれることに成功したのだ。
それはほぼ作詞作曲を真部が担当した次作、ハイファイ新書で早くも完成をみるのだが特に二曲目の地獄先生のサビの部分の「ああ先生 フルネームで呼ばないで 下の名前で呼んで お願い お願いよ先生」という部分にポップスの歌詞の進化が見て取れるしバンドのボーカルを性的に消費させないギリギリのところを真部がきちんと押さえている天才的なバランスの良さが感じられる楽曲である。ただその幸せな関係は三作目シンクロニシティーンで終わりを迎える。真部とドラムの西浦が脱退したのだ。何があったかは知らないがやくしまるがそのころから超大御所のミュージシャン、アーティストとコラボをしたりソロプロジェクトを始めたりと明らかに一人だけ注目度が上がりだしたのは確実で真部が相対性理論は俺が作ったのにと複雑な気持ちだったのではないだろうか。その後相対性理論は二枚アルバムを出しているがいくらやくしまるが天才だとしてももう一人の天才が抜けた穴の影響はとても大きく感じる。彼女の本質の部分がアートに寄り過ぎているので無理をして過去のバカバカしい相対性理論(真部達と作り上げた)を演じているかのように感じてしまう。
その後真部は新しくバンドを組んだりあのちゃんに提供した曲でヒットを出したりしているがNGワードがないあのちゃんに楽曲を提供しても真部の魅力は最大限には出せないように思う。
言葉のコーナーギリギリをハングオンで攻めるのが真部脩一という人のアートだと思っている人間としてはもう一度やくしまるえつことタンデムでシンクロするところを見たいと思っているのだが敵わぬ夢なのだろうか。