![どこに行くの? [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51ksuyhHeDL.__AC_SX300_SY300_QL70_ML2_.jpg)
正直、最初ＤＶＤを見たときは、
「何か散漫な印象だったな…それにあんな取って付けたような唐突な終わらせ方って安易じゃないか？」
というのが感想たった。
まあ主演の柏原収史の繊細すぎる表情、というか
自分が男の性的欲望の対象たりうる事実に対する居心地の悪さを表明しようにも、
そこから既に男に対する媚態らしきものが滲みでてきてしまうジレンマを体現したような演技には目を瞠ったけど。
でも、そんな作品なのに、
観終わってから日常生活の中で色々なシーンが思い出されて、
妙に気になってしまい、結局何度も見返してしまった。
そうやって何度か観た今ならば「ああ、この胸の疼く感じは、松井監督特有の「やさしさ」ゆえなんだ」
と確信をもって言うことができる。
言葉に思いをうまく乗せることができない状態にある人たち、いやむしろ
思いがうまく乗るようには言葉ができていない世界に放り込まれた人々の声なき声に耳を傾けようとするやさしさ。
そのやさしさは必然的に、作品を視聴し、言葉を操って批評する「こちら側」に対して積極的に耳をすませることを要求するような、
ある種の峻厳さにもなる。
確かにこの映画、作中ではセリフは極限まで切り詰められ、
往々にしてけっこう重要な事実関係が直接的には何も語られない。
話としては、養父から性的虐待を受け続けた主人公アキラが養父を殺害してしまい、
その死体をちょうど恋人として付き合い始めていた香里と一緒に処理するというのが中盤までのメインなのだけど、
例えばアキラが殺害の件をどう香里に明かし、香里はどういう気持ちで協力する気になったのかは全く描写されていない。
あたかもそういうありがちなドラマの山場はこの作品にとって全く重要でない、あるいは
視聴者が登場人物の背景を丹念に想像していけば、自然に立ち現れ、理解されるはずだと言わんばかりに。
でも、ストーリーテリングを視聴者に責任転嫁している訳ではなく、
かなり周到に『鍵』は準備してあるようで、
それを見つけることができれば、淡々とした展開の中に
登場人物の内面のドラマを垣間見ることができるようになっているように思う。
（とはいっても想像で補わなくてはならない部分もやはりかなり多く、
そういった解釈の多重性も監督の狙いなのだろうが）
例えば香里が過去に警察学校に入っていて、それも鑑識課、というのは
父親（←おそらく警官？）との関係の歴史についていろいろ考えさせられるし、
アキラの「すみません」の連呼も、彼と養母との関係を窺わせるように構成されている。
それから、舞台を地方の町に置いたこともとても良かった。
ゲイシーンなんてあるはずもなく（かといってカラオケBOXでというのはどうかと思うが（笑））、
自分の「性癖」を肯定して同性で恋愛関係を続けることなど当事者でも想像のしようがなかった状況。
また、女性も結婚して家に入らないと生きていくのが困難だった時代。
（埼玉がそこまで田舎か？というツッコミはあるが…まあ現代日本における時空軸は意図的に曖昧にされている気もする）
そういう背景があるからこそ、養父の最後の言動も、刑事の福田の哄笑も
単なる怪演にとどまらない迫真性が宿るように感じられ、
長年の疑惑の真実を知った養母の行動の裏にも
苦悩や動揺、そして反省というか
「家族」へのかすかな希望が潜んでいるのではないだろうか。
松井監督は20年前の前作の『追悼のざわめき』でも、
個人と社会のいろいろな事情で「まっすぐ」に育つことができなかった人間、
周縁にある弱い人々がささやかな、しかし世間的には異形である幸せを求めてもがく姿を、
「強さ」に回収することなく描き切っていたが、
そういった意味での厳しさとやさしさは、本作品にもちゃんと息づいている。
「親」との関係もあって自分のセクシュアリティについて懊悩せざるを得ないアキラと、
ニューハーフの香里との恋愛は、傍から見れば違和感を惹き起すのかもしれないが、
（というか、香里の役を、失礼ながら「純女にしか見えない」ような人が演るのは、
この作品のコンセプトにはそぐわない気がする）
ふたりの親密なやりとりはこちらがドキっとするほど純で、かつ自然だ。
勿論両人の背景からくる八方ふさがりな状況は覆うべくもないが、
こういう二人で、ある意味王道の青春純愛映画を作った松井監督の
マージナルな存在への眼差しは今なお健在だと感じさせてくれた。
いやそれどころか、『追悼のざわめき』で得た「伝説のカルトムービーの作家」という肩書のせいで
過激な描写ばかりが取り沙汰され、期待される風もあった監督の本質が、
言葉なき者に語らせる物語構成とともに、よりストレートで純粋な形に現れているのではないかとさえ思った。
あの最後のシーンは、「純愛もの」の形式に則って仕掛けられたトラップのようにも感じられ、
あれが実際に起こったことなのかどうなのかということよりも、
多分に象徴的な意味が強いような気がする。
（作中世界の実際の事実関係の展開の上では、
その前の養母の電話のシーンで語られたはずの内容のほうがより重要かと）
個人的には「普通のカップル」が空き缶を投げ捨てた、ということの重さを噛みしめたい気分。
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