『ブラッド・シンプル』(Blood Simple.)('85)
出演∶ジョン・ゲッツ、フランシス・マクドーマンド、ダン・ヘダヤ、M・エメット・ウォルシュ、サム=アート・ウィリアムズ
監督∶ジョエル・コーエン
フイルム·ノワールと呼ばれるタイプの犯罪サスペンス映画が隆盛をきわめたのは、アメリカでは1940〜50年代ぐらいと認識している。2013年に、イギリスのガーディアン紙が選んだ"フィルム·ノワールTOP10"というのがあるが、『三つ数えろ』『深夜の告白』『過去を逃れて』など、ほとんどがその時代('40〜'50年代)の作品だ。例外は'70年代の『チャイナタウン』と'80年代の『ブラッド・シンプル』の2本だけ。
フィルム·ノワールとカテゴライズされる映画の多くは、主人公が犯罪者もしくは犯罪にドップリ巻き込まれた人間の物語で、その多くは破滅的な結末に向かってゆく主人公(たち)を乾いたタッチで綴ったものだ。本作は、時代の流行とは無縁のノワール作品だが、たしかに'40〜'50年代のノワールの傑作と言われる作品に比べても遜色はない。
この『ブラッド·シンプル』の主人公は、私立探偵でも職業的犯罪者でもない普通の男と、彼と不倫関係になってしまった普通の女。だが、異常に嫉妬深い彼女の夫と、夫に浮気調査を依頼された悪徳私立探偵の常軌を逸した行動が、"ごく普通の不倫カップル"を悪夢のような事態に巻き込んでゆく……。
"ブラック·コメディ風サスペンス犯罪映画"で、独特のスタイルを確立したコーエン兄弟の商業映画デヴュー作。(ジョエル=脚本·監督、イーサン=脚本·製作の分業?) 本作では、まだコメディ色は抑えめだが、低予算で登場人物の数も極端に少ない中で、タイトで濃密な緊迫感に満ちた世界が展開される佳作だ。
[物語] アメリカ、テキサス州。酒場を経営する男マーティ(ヘダヤ)の妻アビー(マクドーマンド)は、店の従業員レイ(ゲッツ)と不倫関係にあった。二人は、夫マーティにすべて話して二人で出直したいと願っていたが、二人の関係を疑うマーティは、私立探偵フィッセル(ウォルシュ)に浮気調査を依頼する。
尾行調査の結果(二人の浮気)を報告したフィッセルは、頼まれてもいない"証拠写真"を見せて、マーティの嫉妬心を煽る。マーティは大金で、フィッセルに二人の殺害を依頼する。マーティが一人で釣りに行きアリバイを作っている間に、殺人は実行される……ハズだった。だが、フィッセルは、アビーの拳銃を盗み出し、盗み撮りした二人の寝姿写真を射殺死体に細工してマーティに見せる。報酬を受け取った彼は、アビーの拳銃でマーティを殺す。
マーティと話し合おうと、店を尋ねたレイは、マーティの死体と、現場に残されたアビーの拳銃を発見。アビーの仕業と勘違いした彼は、彼女を庇うために死体を始末しようとする。その頃フィッセルは、現場に自分のライターを置き忘れたことに気づき大慌て。一方、何も知らないアビーは、レイの不審な素振りから、マーティの失踪との関与を疑い出す……。
じつに、おもしろい!(←ガリレオ風!?) 欲と嫉妬が生んだ愚かな行動·犯罪から、様々な手違いや誤解が生じて、予測不能な物語が展開してゆく。この映画が作られた'80年代には、もはや古臭いジャンルになっていたと思われるフィルム·ノワールのエッセンスに満ちた傑作だ。それを、低予算の独立プロ系の小品で、作ってみせたコーエン兄弟は、やはりタダモノではない!?
私がコーエン兄弟を知ったのは、'90年製作の第3作『ミラーズ·クロッシング』だった。その後、第2作の『赤ちゃん泥棒』をビデオで見たのだが、その時点では、彼らが後世のような大物になるとは予見できなかった。『赤ちゃん泥棒』主演のニコラス·ケイジとホリー·ハンターが、後にアカデミー主演男·女優賞を獲るような役者になっていったのも予想外。
おのが不明を恥じるばかり…。そして今頃になって、彼らの1作目『ブラッド·シンプル』を初めて見た次第です……。