チェコのモラヴィア地方出身の2人の作曲家、ヤナーチェク(1854-1928)とマルティヌー(1890-1959)の室内楽を組み合わせたCD。
同郷とはいえ、二人の作曲家は、世代もちがえば人生の方向性も大きくちがう。ヤナーチェクは、作曲を学ぶためにウィーンに留学するが、帝都の空気になじめないまま故郷に戻り、以後モラヴィアの民族的旋律に基づく独自の作曲語法を追求する。いわば、ナイーブな民族主義者である。一方、マルティヌーは、パリに留学して「六人組」やストラヴィンスキーの音楽に刺激を受け、第二次大戦中のナチスの侵攻をきっかけに渡米。晩年になってヨーロッパに戻り、スイスのバーゼルで没した。こちらは、いわば望郷のコスモポリタンである。
ヤナーチェクの室内楽の代表曲とも言える2つの弦楽四重奏曲は、どちらもきわめて内向的で濃密な感情を秘めている。第1番《クロイツェル・ソナタ》は、トルストイの書いた同名の小説――浮気した妻を夫が殺害する話。妻は、ベートーヴェンの《クロイツェル・ソナタ》を合奏したのをきっかけに音楽家と恋に落ちた――にインスピレーションを得て作曲された。第2番《ないしょの手紙》は、ヤナーチェクがカミラ・シュテスロヴァという女性への思いをつづった手紙を意味している(どちらも既婚者だったので関係をもっていれば不倫だが、実際にはヤナーチェクの片思いだったらしい)。ヤナーチェクは60歳をすぎてからカミラに出会い、10年にわたって文通を重ねただけではなく、この2曲の弦楽四重奏を含めた数々の晩年の傑作を彼女に献呈した。恋愛が人の創造力をいかに刺激するかを示す好例だろう。
一方、マルティヌーの作品《ヴァイオリンとヴィオラのための3つのマドリガル》は、さらりと都会的な風合いをもった小品である。これを聴くかぎりでは、マルティヌーのほうが調性も形式もはっきりしているため、ヤナーチェクよりもかえって古い世代の音楽に聴こえる。しかし、これは技巧的なパッセージのかけあいによって構成された練習曲的な色彩の強い曲なので、ヤナーチェクの標題曲と同列に比較することはできないだろう。個人的には、マルティヌーの音楽はまだまだ未知の領域なので、これから注目していきたい。
エマーソン弦楽四重奏団の地中海的な明るさをもった音色と、正確無比な和声は、ここでも健在である。ボヘミア出身の作曲家に敬意を表してか、ポルタメントや彫りの深いヴィヴラートを多用して、いつもよりエキゾティックな響きを作っている。それでも、こういうキレイなのじゃなくて、もっと根っからボヘミアンな、いわば「においの強い」演奏が聴きたいと思う向きもあろうが、この四重奏団の強みは、何よりも楽曲の構造をがっちりと捉えて、スマートに描いてみせることにある。これはこれで、すばらしい出来だと思う。