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面白いなぁ～。実は深夜にチョットだけ観て、眠くなったら続きは後日・・・と思っていたんだけど、最後までイッキに観ちゃいましたよ。
理屈では分かっているつもりでも、実は感覚として判っているとは限らない、そういう事柄が世の中にはゴマンとある。というか、ほとんどの事柄がそうだったりする。で、本作は、分かったつもりになっていた事が「ああなるほど」と実感できる、そういう映画なのだ。
黒人の音楽を真似した白人のプレスリーが、ロックンロールを大ブームへ発展させて行ったというのは誰でも知っているけど、それはつまりどういう事なのか、を具体的に理解できる。つまり、ブルースがどうやってロックを生んだか、を描いた映画なんだよね。
本作は、多くのブルース・ミュージシャンを発掘した事で知られているチェス・レコードの黎明期を描いた映画として知られているけど、その一方でブルース・マニアの方々から厳しい意見も寄せられている。その理由は、必ずしも史実に忠実に描いている訳ではない、という事。例えば、チェス・レコードは実際はチェス兄弟によって創設されたのだけど、映画は兄のレナードにしかスポットが当たっていないとか、チェスの前身になったアリストクラット・レコードが省略されているとか、あのミュージシャンが出てこないとか、出鱈目なエピソードが多いとか、時系列が事実と違う、とか・・・。
それは、映画としての面白さや分かりやすさを優先させた事もあるかもしれないけど、この映画が一番描きたかったのは、「ブルースとはどんな音楽なのか」という事と、「いかにして黒人音楽が白人社会に広がって行ったか」なのではいか、と思うのだ。
つまりチェス・レコードは、この映画の舞台装置として選ばれた素材であって、チェスの歴史を描く事を目的にした映画ではない、と思うのだ。
ブルースというのは、土地との関係性が非常に重要な音楽として知られていて、デルタ・ブルースとかシカゴ・ブルースとかデトロイト・ブルースとかルイジアナ・ブルースとか無数にある。で、デルタ・ブルースというのはブルース発祥の地と呼ばれるミシシッピ・デルタ周辺のルーツ的な音楽で、シカゴ・ブルースは都会派のブルースだ・・・というのはＨＯＷＴＯ本を読めば文字づらとして理解はできる。音楽を聴き比べれば、音楽性の違いも分かる。でもこの映画では、嫌も応もなく映像でズバーンって見せてくれるわけです。
ディープ・サウスのだだっ広い畑のど真ん中で、アコースティック・ギターを弾いている黒人の農夫（＝マディ・ウォーターズ）、それが都会のシカゴにやって来ると、自動車やら喧噪でギターの音なんてかき消されてしまう訳です。で、エレキに持ち替えてアンプで増幅してその喧噪に立ち向かう。こうやってアコースティックからエレキに変わっていったんだと。これがデルタ・ブルースとシカゴ・ブルースの違いなんだと。厳密にはそんな安易ではないのかもしれないけど、大筋で理解する上ではすごく判りやすい。つまり、ブルースを知らなかった人、今まで興味がなかった人たちへのブルース入門として、この映画はすごく判りやすく作ってあるんです。
この映画に登場するミュージシャンは、マディ・ウォーターズ（ジェフリー・ライト）、リトル・ウォルター（コロンバス・ショート）、ハウリン・ウルフ（イーモン・ウォーカー）、エタ・ジェイムズ（ビヨンセ）、チャック・ベリー（モス・デフ）など。プロデューサー／作曲家としてチェスを支えたウィリー・ディクソン（セドリック・ジ・エンターテイナー）も登場する。ちなみに、レナード・チェスを演じるのはエイドリアン・ブロディ。
実在するミュージシャンたちを描いているが、実話ものというよりは、一種の寓話的な物語として受け止めるべきなのだと思う。例えば、個々のミュージシャンの性格描写なども、映画的に判りやすく誇張しているように思える。マディは、経営者のチェスの相棒のような、ミュージシャンでありながら会社寄りの立場にいるような人物として描かれているし、一方でウルフは、仲間を守るためだったらチェスと対立することも辞さない、反権力の親分肌・・・という風に、記号化されたキャラクターに近い。でも実際には人間ってそんな判りやすくはなく、現実はもっと複雑なはずなんだよね。
ケンカっ早いことで知られているリトル・ウォルターが、自分の名前を騙った偽者を問答無用で撃ち殺すシーンがあって、これがブルース・ファンの間で「やりすぎ描写」として物議を醸しているけど（笑）、ウォルター伝説として実際に語られているエピソードなのか、映画の完全な創作なのかは判らない。あの有名な額の傷も、劇中で描かれているように本当に警察官によるものなのか・・・。
中でも、この映画のタイトルにもなっている、チェスが印税代わりにミュージシャンたちにキャデラックを買い与えていたっていうエピソードが、実は映画の創作なんじゃないかって話をネット上で読んだ時はのけ反りましたよ（笑）。だとしたら、これはもう完全な寓話なんだよね。
これはジャズ業界でもある話なんだけど、レコード会社の経営者たちは、黒人ミュージシャンにキャデラックを与えたり、演奏料を支払うのみで印税契約をせず、レコードの売り上げは全部会社が頂いていた。そういうエピソードは音楽業界の黒い神話として有名なわけです。
映画の中で、チェスは黒人を差別しない好人物として描かれていて、彼らへの敬意と友情の証にキャデを与えていた事になっているけど、映画の後半でミュージシャンたちが、チェスは搾取していたんじゃないかと疑う展開があり、その結論はあいまいなまま映画は終わるわけです。だからキャデラックというのは、実はけっこう暗示的・象徴的な存在なんだよね。
これは一種の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・シカゴ」的なおとぎ話なのだと。そう割り切れば、かなり面白い映画なのだ。
「ロックンロール」というのは、黒人の隠語で性行為の事を指した言葉だっていうのを聞いた事があるんだけど、そう考えると、プレスリーが腰を振りながら歌うパフォーマンスを、当時の人々が卑猥だと批判したのもよく分かる。差別されていた黒人たちの音楽が白人たちを熱狂させ、白人の女の子がチャック・ベリーに色目を使って、車の中でよろしくやったりするでしょう。これは黒人が音楽で白人たちに敵討ちをする映画。ＢＬＵＥＳな生き方を余儀なくされていた黒人たちが、ＲＯＣＫで白人をＦＵＣＫする話だと（笑）。そうした音楽も、やがては白人に搾取され白人中心の音楽になってゆくのだけれど。
だから、プロデューサーも務めたビヨンセと、監督のダーネル・マーティンが一番言いたかったことは、「現在のポピュラーミュージックの基礎を築いたのは黒人だよ」っていう事なんじゃないか、と思うのだ。これは、そういう映画なのだと思う。
きっとブルース・ファンの人たちが感涙する映画というのは、スコセッシが製作総指揮をしてヴェンダースやイーストウッドとかがメガホンを取った『ソウル・オブ・マン』とか『ピアノ・ブルース』とか『ロード・トゥ・メンフィス』あたりで、本作はそうした映画と比べると、良くも悪くもハリウッド的な色合いが強い映画である事は否めない。演出もポップで、基本的には陽性の映画だと思う。苦いドラマや人種差別的な描写もあるけど、そうした部分を重く突き付けてくるような作品ではない。筆者も、観始めた最初のあたりは、若干演出タッチが軽いかな・・・と思っていたけど、観ているうちにぐんぐん引き込まれて、楽しく観れた。
ブルースというと、どうしても泥臭いイメージが一般的に根強くて、入って行きづらい印象があると思う。でもそこにある人間ドラマや歴史といった背景を知ると、ぐっと身近に感じるようになるんですよね。
物事は、探求し続けると最終的にルーツへと回帰していくのだけど、ブルースというのもそうしたルーツ・ミュージックのひとつで、音楽が好きな人なら、いつかは辿りつくジャンルなのだと思う。
ブルースに興味がなかった人たちが、ブルースを聴いてみようというきっかけを与えてくれる、間口を広く、敷居を低くしたのが『キャデラック・レコード』という映画なのだ。
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