1991年のライブだが,会場のノイズは殆ど気にならない。 リヒテル(1915-1997)は,76才になっていて,演奏家として晩年の録音だ。
リヒテルと言うと,巨匠,巨人,スケールの大きな演奏というイメージがあるが,一番大切なのはピアニシモだ,という発言もしている。
30, 31, 32番 と言うのは,わたしの一番好きなソナタだ。 ここで音楽は一度頂点に達したと思う。 晩年のベートーヴェンは,自由自在だった。 大切なことを伝えるのに大きな身振りをする必要も無い。
この3曲はベートーヴェンの怪物的な巨きさ(32番で少し顔を出すけれども)よりも,叙情性が支配している。 無駄な音はなく,無駄に分厚い響きは無く,軽やかですらある。 もう,彼は普通の人間には知ることのないステージに居るのだ。
リヒテルはピアニシモを美しく響かせながら,柔らかな演奏を紡いで行く。 もちろん,スケール感が無いということではない。 ただ,そんなに大きな音は要らないんだ,と言っている気がする。 これは美しい演奏だと思う。