ASIN:B0019HHBJQ、EAN:4571264906477、87分の邦盤DVD(ユニヴァーサル社2008年)にUPしたもの。BDのレビューではありません。ご注意ください。文末に英国における最新の2013年バージョン(40周年記念エディション、日本の劇場未公開、邦盤未発売)情報付記。
一人の警官が西スコットランドのヘブリディーズ諸島(アイルランドよりかなり北に位置したところ)のサマーライズ島に水上飛行機で1人で到着します。物理的・交通的に隔絶された島で12歳の少女が行方不明になっているという、匿名の通報がありました。牧歌的・朴訥ではありますが、非協力的な島民・特異な宗教の信仰とそれに根差した習俗に戸惑います。そこはキリスト教を放棄した自然神、多神教の島。太陽神を中心とし、生殖・豊穣はなにより神聖かつ重要でありFreesexが当たり前に行われている・・。本作では彼が敬虔なクリスチャンであり(宗派は不明。カソリック?)、童貞であるという点がポイントです。
彼の戸惑いは不信、疑惑、怒りへと変わり、やがて恐怖から絶望へと至るとんでもない展開を迎えます。詳しくは書きませんがヒドイ。観客は当初はデテクティヴ物語として観ることになりますが、映画は唯一無比な個性を表し始め、めまいのような感覚と異様さの濃度を増していきます。本作がいわゆるカルト映画といわれるのはこのキリスト教とそれ以前から存在したいにしえの多神教の決して混じることのない相克とキリスト教の敗北にあります。特定の宗教の批判や告発などとは無縁に、ダーク・フォークロア的に描かれています。他国の者には未知の恐怖を感じさせ、U.K.の人、およびキリスト教の人はおそらくもっと生々しく感じるのではないでしょうか。
皮肉な黒いユーモアに笑ってしまうのですが、観ている者の笑みはしだいにひきつり、凍り付いてしまいます。日常に理解しがたい文化の裂け目があり、そこに取り込まれる恐怖。共同体外部の者にはとてつもなく不条理、不道徳なのに内部にとっては日常である・・。罪悪感のない笑顔の恐怖。「陰」とは真逆の「陽」が実は恐ろしい。こののどかさ、和やかさが怖い。ピエロやサーカスが怖いという感覚に近いかも知れません。
本作では主人公の巡査が孤島の領主であるサマーライズ卿に「異教徒」(Pagan)という言葉を使います。ここでは非難・軽蔑めいた響きがあるのですが、このPaganという言葉が、キリスト教からみた異教徒を指すのか、自身と異なる信仰全般を指すのかわかりません。しかし島民からは警官がPaganであるという点が面白い。この巡査はU.K.の法を振りかざし、警察管轄権を錦の御旗にして滑稽かつ傲慢ところに皮肉があります。ストレンジャーというのが相対的な概念だということもわかります。
本作のサマーライズ島は実在します(別の場所)が、本作の描く異なる習俗・信仰・規律(rule)相互の不知は日本に置きかえてもわかります。よくいわれる都市伝説ならぬ山間、離島についていわれるまことしやかなちょっと怖い言い伝え・伝承。足を踏み入れてはならないとか、生きて還った者はいないとか、そこでは日本の法令等が適用されないとか・・。こういう怖さが本作にはあります。土着的なのです。また八百万の神という考えも似ています。製作にあたりプロデューサー、脚本家の主なリサーチ元はスコットランドの人類学者ジェーイムズ・フレイザーによって書かれた神話と宗教の研究書「金枝篇」であったようです(Melanie J. Wright Religion and Film: An Introduction, London:IB Tauris, 2000, p.87)。本作に王殺しについてのセリフがありますがこれは製作者たちが参考にした「金枝篇」にも出てくるらしいです。
そして本作を飾る異形のイメージ。後半、バグパイプ、フォークロア・ミュージック、陽気な調べが全編に流れる中、シュールで奇っ怪なビジュアルに巻き込まれてしまいます。祭りのシュールな衣装と転生を意味する獣、鳥、魚のペルソナ、異様なパレードと踊り、ストーンサークルの全裸の儀式、〇〇なリー卿(これは卑怯)、沈む太陽と昇る月、長い影。
以下、★まで核心に触れています。
土着信仰とキリスト教の対比が鮮やかで、頭の芯が痺れて息を飲みます。突如流れるジャズ・ロック、サイケな雰囲気。Human sacrifice人身御供。旧約聖書の中の詩篇23篇を唱える巡査と、中世英語で「夏は来たりぬ」(wiki「ウィッカーマン1973年の映画」より)をご陽気に歌い踊る島民の笑顔・・。生贄の儀式のクライマックスはまさに島民の性的クライマックスの様相を呈します。絶望感と美しさ。敗北感と高揚感・絶頂感が同居したラストも忘れがたいです。★
ケルト(CeltあるいはCeltic)は、主に現在はブリテン諸島のアイルランド、スコットランド、ウェールズ島における言語・文化の区分として使われているようです。少し調べると同じU.K.でありながら、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド(そしてアイルランド)でも様々な異なる習俗があり、さらにスコットランド内でも場所により、異なるそれであることがわかり驚かされます。宗教は自然崇拝の多神教であり、ドルイドと呼ばれる神官、祭司がそれを司っていました。初期のドルイドは、祭祀のみでなく、政治や司法などにも関わっていたといいます(wiki「ケルト人」)。信仰が統治と結びついているのです。また音楽とも密接に結びついています。ただ、描かれているケルト文化・習俗・信仰が現在どの程度史実にもとづいているのかはわかりません。興味がわいた方はとりあえず英語版wikiの「Wicker man」(映画ではないほう)の頁で概略がわかります。
俳優では主人公のチェリーマンの巡査に扮したエドワード・ウッドウォード(超地味なマイケル・ケイン)もいいですが(当初はプロデューサーの頭にジョン・ハートの名前があったらしい)、島のご領主さま、サマーライズ卿に扮したクリストファー・リー卿の怪演も見逃せません。嬉々として演じておられます。無報酬だそうです。リー卿は本作が自身のベスト作だといっています(The Total Film Interview ・Christopher Lee. Total Film. 2007年、および1999年の自伝、本DVD特典映像のコメントにおいて)。
そしてブリット・エクランド(「007黄金銃を持つ男」「Get Carter」。一時、とってもスケベなピーター・セラーズの奥さんでした)の開放的なエロスとバストトップも楽しめます。たまりませんね。彼女が歌いながら主人公をマッパで隣の部屋から誘惑するところ。カメラ目線です。大きく十字の形になっている扉を叩くところは意味深です。かろうじて十字架が主人公を肉欲の誘惑から守っているようです。私なら壁を破壊してなだれこんでしまうと思います。
使用されているオリジナル音楽はポール・ジョヴァンニが作曲。子守唄『バー、バー、ブラック・シープ』やラストに歌われる『夏は来たりぬ』(Sumer is icumen in)など古くから伝わる歌や、ブリット・エクランドが踊る『ウィローズ・ソング』、子供たちが歌う『メイポール』など、キリスト教以前のヨーロッパ文化にヒントを得て作られたフォークソングが中心とのこと(wiki「ウィッカーマン」映画から抜粋)。
強力な個性を持った映画ですが、カルトムービーと喧伝され敬遠している方もいると思います。付け焼刃丸出しで固いことも書きましたが、重層的で興味のつきない作品です。ケルトの歴史や地理まで興味は及び、調べ出すと深みにはまりそうになる地盤を持った映画です。プロデューサー、主演のリー卿、ハーディ監督そして脚本のアンソニー・シェーファー(「探偵スルース」「ナイル殺人事件」、ヒッチコックの「フレンジー」等で知られます。本作はデエヴィッド・ピナーの「儀式」(Ritual, 1967年)にインスパイアされたもの)らが一丸となって、非情な熱意を持って臨んだ作品。彼らの頭には「ハマー映画と正反対のものにしよう」という意見の一致があったそうです(Stephen Applebaum "The Wicker Man: Caught in the crossfire", The Independent, 18 August 2006)。悪夢的イメージやメタファーに満ちた名場面が山盛りです。シュールさとフォークロアと音楽とホラーのハイブリッド禁断シネマ。足を踏み入れる勇気のある方はぜひご賞味ください。
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ここから先はすでに本作をお持ちで気にいっている方へ向けた、既バージョンと日本未公開、未発売版の情報です。興味のある方だけどうぞ。以下は日本版wikiの元になった英版wikiの2013年時点の情報を要約したもの。バージョン番号は私がふったものです。
まずは日本wikiから。
〇監督が最初につくったものは120分。製作会社の支持で監督が99分のバージョンをつくる(バージョン1)。
〇次いで制作会社はさらに短い87分のバージョンをつくる(バージョン2。ロジャー・コーマンのアドヴァイスによる。 1972年アメリカ初公開版。ワーナー)。この87分バージョンが1973年に英国で公開。ひっそりと「赤い影」との併映。
〇後年、監督とアブラクサス社の協議のうえ、監督自身による修復が進められ、96分のバージョンを作成 (バージョン3。1979年アメリカ再公開版。アブラクサス社)。
〇バージョン3とは別の長時間版がVHSでリリース (バージョン4。メディア・ホーム・エンタテインメント)。
〇2001年、世界配給権を手にしたカナルプリュス(Canal+)がコーマンが持っていたテレシネフィルムをもとに編集を進め、 99分バージョンをDVDリリース(バージョン5)。 "Extended version"と英wikiでは表記されています。 米盤販売はアンカーベイ社)。これはバージョン1に最も近い内容とのこと(Philips, Steve (2002). "The various versions of The Wicker Man". Steve's Web Page. Retrieved 2006-12-11.)。 これを後に英wikiは Director’s Cutと呼んでいるような気がします。
〇日本では、バージョン4のVHSが1980年代以降流通(経緯不明)。1998年にバージョン2(87分、73年英国公開版)が劇場公開。 2003年、『ウィッカーマン特別完全版』としてDVD化(バージョン2と5の2枚組。スティングレイ販売。 原盤はフランスのスタジオカナル)。 2009年、『ウィッカーマン』1枚組発売(バージョン2。スタジオカナル原盤。 音声仕様は日本の特別完全版と異なる模様)。
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日本版wikiの情報はここまでですが、英wikiにはこれ以降の情報の記述があります。 原典サイトまでは確認していません。煩雑なためここでは英wikiの出典は一部省略。興味のある方は英wikiをご確認ください。ここを読む限り、現在日本で発売されていない新バージョンがあることがわかります。 日本版2枚組DVDは2003年発売ですから。
以降の展開は英wikiを要約
〇2007年に主演のクリストファー・リー卿が失われたフィルムがあるはずと発言し捜索を希望する。 仏スタジオカナルは逸失フッテージを見つけるために2013年にフェイスブック・キャンペーンを開始。 そしてハーヴァードFilm Archiveで92分の35mmのプリントを発見しました。 これは"Middle Version"として以前から知られていたもの(らしい)。この92分プリントはoriginal edition(どれを指すのかは不明。 バージョン1とバージョン2の過渡期の編集版か?)から73年につくられたらしいです ("RESTORED VERSION OF "THE WICKER MAN" TO BE RELEASED IN UK THEATRES - Celebrating Films of the 1960s & 1970s". Cinemaretro.com. Retrieved 2013-12-29.)。
〇2013年7月に、スタジオカナルが可能な限りの最も完全なバージョンを修復して、 リリースするつもりであるとハーディは報告しました。2013年9月27日にNorth American cinemas(映画館グループ?)で 新しいデジタルレストア版(バージョン6)として劇場公開することになっていると、 Rialto Pictures(配給会社)は発表しました (British cult classic 'The Wicker Man' to be released in theaters LA Times website, 27 August 2013)。
〇このバージョン6は2013年10月13日にDVDでも発売 ("The Wicker Man: The Final Cut DVD review". SciFiNow. Retrieved 2013-12-29.)。 これは91分で、バージョン2(87分)よりは長いがDirectors’ Cut(どれを指すかはわかりませんでした。 バージョン5(99分)"Extended version"かと)よりは短い。 この91分版を英wikiは”The Final Cut“と呼んでいます ("The Wicker Man: The Final Cut DVD review". SciFiNow. Retrieved 2013-12-29.)。
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Wicker Man (40th Anniversary Edition)BDについて(2017年2月17日現在、邦盤未発売)。
このBDは3枚組。ASIN:B00E5BTJGG、日本版未発売。日本のアマゾンの当該頁にくわしい仕様がないですが、アマゾンUK の当該ASIN頁では、リージョンB. 英語字幕、2013年10月14日発売、スタジオカナル社。ハーディ監督に承認されたバージョンとなっています。
以下、英国アマゾンより。
〇Blu-ray Disc 1
The Final Cut本編( 2013年発掘の上記ヴァージョン6 .おそらく91分前後)
The Cult of The Wicker Man documentary written by Mark Kermode
Interview with Robin Hardy
Interview with Christopher Lee & Robin Hardy (1979)
Restoration comparison
Trailers 他
〇Blu-ray Disc 2
1. UK Theatrical Cut(バージョン2. 英国73年劇場公開版=98年日本公開版87分かと)
2. Directors Cut (with Audio Commentary) (おそらく上記バージョン5。日本のスティングレイの99分「特別完全版」と思われる)
Making of Audio Commentary short film
〇Blu-ray Disc 3
Soundtrack
3枚目のサウンドトラックは英wikiによれば以下のとおり。
Corn Rigs (2:37)
The Landlord's Daughter (2:40)
Gently Johnny (3:33)
Maypole (2:46)
Fire Leap (1:29)
The Tinker of Rye (1:52)
Willow's Song (4:43)
Procession (2:17)
Chop Chop (1:44)
Lullaby (0:58)
Festival / Mirie It Is / Summer is A-comen In (4:30)
Opening Music / Loving Couples / The Ruined Church (4:17)
Masks / Hobby Horse (1:25)
Searching for Rowan (2:23)
Appointment with the Wicker Man (1:18)
Sunset (1:05)
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(特典や音声仕様、画質等に違いはあるかと思いますが)この3枚組BDのDVD盤がおそらくASIN:B00E5BTF0Q。The Wicker Man - 4-Disc 40th Anniversary Edition。 これは4枚組、リージョン2、PALです。2013年10月発売、スタジオカナル社。これも日本盤未発売です。
〇また、「The Final Cut」BD1枚組、ASIN:B00G3DA63Yも出ています。日本アマではリージョンAとなっています。Lions Gate社、2014年7月。
スティングレイ盤はプレミア価格となっていますから 一番いいのは3種入りディスクが廉価な日本版で出ることですが高額設定の可能性もあります。 何回も観た、本作のファンであれば、import盤も購入選択肢になります。この日本未発売商品の私の記述について間違った点があるかも知れません。 購入検討の方は、リージョン等仕様、バージョン、再生環境等について各自内外サイトでご確認をお願いいたします。
ただ、本作初体験の方は現在流通している日本の1枚組廉価版(87分、日本劇場公開版=73年英国公開版) からでいいのでまずは観ていただきたいですね。
★英国初公開時劇場版データ
THE WICKER MAN, 1973, UK, Theatrical aspect ratio, 1.37 : 1 (negative ratio) . 1.66:1 (intended ratio) , Mono, 87 min、Color
★ASIN:B0019HHBJQ、EAN:4571264906477、2008年邦盤DVDについて。
画質はDVDとしては上。傷、パラ、ノイズ、ちらつき、がたつき、にじみはなし。色合いは鮮やかでよく出ていて問題はない。フィルムライクでややグレイン感が強い印象。
映像仕様は16:9LB ヴィスタ、 画面アスペクト比は1.78: 1(若干天地トリミング?)片面2層、87min.
音声:英語2ch. Mono, 字幕:日本語、on/off不可、チャプターメニュー:あり
映像特典: 商品頁記載の他に、
〇The Wicker Man Enigma- Documentary: 4:3 LB (額縁黒帯、画質はあまりよくない。日本語字幕あり、主要キャスト、スタッフとロジャー・コーマンらの 熱く非常に有意義な2001年のインタビュー(またもやコーマンがこの映画を救ったともいえます)。 ファンも熱い。34分。
〇Critics Choice:4:3 スタンダード(画質はボケボケ)。監督とリー卿のTV出演映像。23分。予告編はネタバレ。ヴィスタサイズ。画質はあまりよくない。日本語字幕あり。音声特典:なし
発売:スタジオカナル、販売:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン、2008年
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連想作:ないですね。唯一無比の作品ですね。