思いのほかに鳴かず飛ばずだった、渾身の傑作であったはずの『恐怖の頭脳改革』のセールスに打ちひしがれたていたプログレの巨人。
その待望のニューリリースを、まずは場末の書店の月間洋楽誌で知り、さらにラジオ情報誌から日時を確認し、FMでエアチェック録音。そしてLPの実物を駅前のちいさなレコード屋で確認してから、ジャンキーさながらに購入の資金繰りをしていたあの頃。
ガラスのショーケースの最上段に飾られた二枚組。その漆黒のジャケットの衝撃。彼らさえ、いつまでもムーグの雷神では食べていけないのだと、中学生のわたしにも納得させるたたずまいでした。
遊びを感じさせないキースのピアノソロと、大作映画のサントラのようなオーケストラに支配された『海賊』にとまどい、『庶民のファンファーレ』のわずかなシンセにすがり、盤面をひっくり返しながら自分なりに必死に答えを探していました。
そしていつしか、オアシスの泉を貪るように『セ・ラ・ヴィ』ばかりを繰り返し聴いていました。
“そんなものだよ人生なんて”
グレッグのボーカルとアコギのクリスタル、アコーディオンのペーソスはなぜか若き日の琴線を震わせました。
アルバムセールスも振るわず、当時は、巨匠の凋落の象徴のように評されていた作品ですが、今では『作品集』と題されたこの黒い二枚組こそが、極めてしまった彼らだけが腰を下ろせた坐りごこちの悪い剣が峰だったと確信できます。
解散の要因となった後の大赤字ツアーを含め、肥大しつづけるしかなかったコンセプト。行き詰まりと分裂、新たな方向性となるはずだったクラシックという苦し紛れの大博打。かつて前衛であった崩れゆく巨人、その夢の終わりにふさわしい壮大な墓碑であり名作です。