1920年から 1921年までスウェーデンとドイツでそれぞれ一本ずつ映画を監督した後、故国デンマークに戻ったドライヤーは、デンマーク最大の豪華映画館の持ち主にして、映画輸入業者でもあったソフス・マッセンの「最もデンマークらしい映画を作ってほしい」という求めに応じて、作家ホルガー・ドラックマンが1880年代に書いて大成功を収めたお伽話劇「むかしむかし」の映画化に着手した。
むかしむかし、イリア王国というところに、たいへん我儘な王女が住んでいた。外国から貴族がこの美しい王女を妃にすべく、毎日のように求婚に訪れるが、彼女のお眼鏡にかなう者はいない。国王も、王女の我儘に手をこまねいていた。あるときデンマークの王子が、この王女の美貌の噂を聞いて求婚のためにイリア王国の王宮を訪れるが、この王子も彼女を妃にすることが出来ない。失意のうちに森をさまよう王子の前に、不思議な人物が現れ、王子はこの人物から不思議なやかんをもらう。乞食に変装した王子はこのやかんをもって王女の所に行き、やかんをあげる代わりに今夜一晩王女の寝室で過ごすという条件をのませる。だが、深夜、見知らぬ男を寝室に入れていることがばれ、哀れにも王女は国外追放となる。彼女は陶工として働く乞食の男と生活を共にする。初めは傲慢であった彼女も、次第に真の愛情とは何かに気づいてゆく。
コペンハーゲンの王立劇場を始めとして、デンマーク各地の劇場でも繰り返し上演され、出版された戯曲はベストセラーとなった、この国民的な音楽劇の映画化作品は、ドライヤーが生涯で作った唯一のお伽話である。イリア王国の王女役には「サタンの書の数ページ」ですでにドライヤー作品に出演していた、名女優のクララ・ヴィート(ポントピダン)が扮している。またイリア王国の国王役は王立劇場の重鎮ペーター・イェアンドーフが演じた。これはこの俳優が生涯に出演した唯一の映画である。完成した映画「むかしむかし」はこの映画を製作したソフス・マッセンが所有する映画館パラス劇場で上映され、大成功した。撮影日数が限られ、また製作費もドライヤーが望む額からはかけ離れたものではあったが、最もデンマーク的な映画を製作して自分の劇場で上映するというソフス・マッセンの目的は完全に果たせた。そして間もなくこの作品はスウェーデン、ドイツ、フランスなどにも輸出され、デンマークの国民的な劇の映画化作品として親しまれた。
ドライヤーの無声映画「むかしむかし」は不完全な形でしか残されていない作品の一本だった。1990年代までは、ドライヤー作品の回顧上映などの際に、この作品は1時間に満たない不完全なフィルムとして上映された。だが近年発見されたごく短いフィルムを加え、さらにはスチール写真の使用及び字幕による説明を加えて、2002年にこの映画はデンマークの映画アーカイヴによって復元された。本DVDはこうして、物語の一貫性をもつ、修復・復元された「むかしむかし」の映像を完全に収録するものである。