Brahmsは、1856年に夫Robertを失ったClaraに対する思いを結局遂げることはできなかった。ClaraはBrahmsより14歳年上だったのだが、それはBrahmsの父親が、自分より17歳年上の妻、つまりBrahmsの母親、を持っていたことに通ずるのかもしれない。やがて1858年に知り合った2歳年下のアガーテ・フォン・ジーボルトと指輪まで取り交わして婚約寸前まで行くのだが、結局思い切ることができなかった。アガーテは別の男性と結婚するまでに10年を要し、一方のBrahmsも1865年に「弦楽六重奏曲第二番ト長調」の第一楽章のヴァイオリンの声部に『A(ラ)・G(シ)・A(ラ)・〔T〕・H(シ)・E(ミ)』と言う音符を委ねて、アガーテに対する思いから自分を漸く解放することができた、と語っていたようだ。そしてBrahmsは、生涯結婚することはなかった。
「弦楽六重奏曲第一番変ロ長調」は、Brahmsが20代後半に差し掛かった、こんな頃に書かれた。低弦から始まる歌うような旋律を持つ第一楽章と、映画にも採用された第二楽章が、すばらしい。Brahms自身は後者を特に気に入っていたようで、ピアノ曲に編曲してClaraに献呈したと言う。結局Brahmsと言う人は、Clara、彼よりたった1年だけ早く亡くなった、と言う人を追いかけていたのかもしれない。Claraは、Brahmsがアガーテと結婚することを望んでいたようなのだが………。
Schoenbergの「浄夜」は、作曲家が20代半ばで作り上げている。Dehmelと言うドイツの抒情詩人の「Weib und Welt(女性と世界)」と言う作品に着想を得て、作曲したものであると言う。月夜に男と女が森の中を歩いている。やがて女は、別の男が父親である子供を身籠っている、と告白する。男は、その子を自分の子として産むことを許す。そして二人は、森の中で抱き合う。幾度もこの音楽を聴いていた癖に、Dehmelもこの詩も初めて知った。音楽は、Schoenbergとは思えないほどに美しい。Schoenbergは、この音楽を管弦楽用にも編曲していることは、多くの人が知っていることである。