午前0時38分。
唾をたっぷり含んだ舌に這われる、そんな不快な熱帯夜の巷。
駅から家まで歩くには億劫すぎる、道連れが必要だと思った。
俺はファミリーマートに入った。脇目もふらず、アイスコーナーに行った。
コンビニスイーツも良いが、歩いて食べるには向かなかった。
俺はアイスケースを開け、ガリガリ君を手に取った。ソーダ味だ。コンポタ味は好きじゃあない。
67円を払い、再び溽暑に躍り出る。
パッケージのガリガリ野郎が俺を祝福しているようだった。
俺はすぐさま封を開いた。
中から現れるのは、神々しき水色の塊。
目視のみで躰が固まりそうな、メデューサの如き魔力を持つ立体の悪魔。
その周りからは、冬に佇む少女の吐息のように白い煙が溢れる。
だが視覚で愛でる時間はあまりない。溶けるからだ。
ガリガリ君は今にも溶けてしまいそうだ。
俺は横断歩道を渡りながら喰らった――――ガリィッ！
まず右から喰らった。歯が水色の壁を突き抜け、極細の冷気を抉る。
口の中が須臾に冷えつく。歯も舌も肉も、凍てつきに時を止める。
そしてまた一瞬、氷は液体と化し、あの甘い汁が染み渡っていく。
旨かった。
はふぅはふはふはうはふぅ
その冷たさに、口の中で大騒動が巻き起こる。
熱さとは真逆の感覚だのに、反応は似通う。俺には面白く思えた。
その状態でまた喰らいつく――――ガリガリィッ！！
ほふぁああ冷たほほうほうほおう……
自然と笑みが零れてしまう旨さだった。俺はすぐに暑さを感じなくなった。
調子に乗って何回も喰らうと、頭がキィッィンと疼いた。
アイスクリーム頭痛という奴だった。
オオオウおぅぅ……
俺は笑っていた。この状況を楽しんでいた。
ふと気づくと、前に三人の会社員がいた。中国語を喋っていた。
そこに俺の密やかな愉しみとはまた別の、三人で共有するような楽しみが垣間見えた。好ましかった。
だが車道に広がって喋るのは頂けなかった。
とうとうその時がやってきた。ガリガリ君が溶け始めたのだ。
スティックを掴む俺の手に、甘い粘液が滴る。
俺はスティックを持つ手を約240°回転させた。これで手に汁は付かない。
だが本体を伝って汁が落ちる。早くガリガリ君を喰わねばならなかった。
シャフシャフシャフシャフィと喰いまくった。冷たい、甘い、旨い。
だが頭が痛はわわわわわ………
俺はこのスリルが好きだった。だからガリガリ君がより一層好きだった。
だが、液状攻撃を喰らった後の、あのベドベドは曲者だった。
とうとうスティックの先端が現れた。
俺はスティックをどっちに剥ければ、当りを観ぬままそのドキドキを持続させられるか知っていた。
だが汁が問題だった。溶けるスピードが速い。
今年の夏は猛烈だと思えた。
今、結構、勢い猛に歪曲している俺の姿勢に、俺自身が気づいていた。
突然リンリンリンリンリンリン！と自転車のベルが鳴った。
俺はビクついた。俺はアメリカンホラーの大きな音に、かなりビビるタイプの人間だった。
そしてスティックにへばりついていたガリガリ君は、全て落ちた。
俺の服に付いてから、道に落ちた。
俺はそのまま歩いた。歩き続けた。
俺に残ったのはベトベトの手と、まだ俺に笑いかけるガリガリ君の袋と、そして棒だけだった。
暑さがまた戻ってきた。皮膚を這いずるような暑さだった。
俺はゴミ箱を見つけた。スリーエフのゴミ箱だった。今の俺には、そこは明るすぎた。
袋を捨てる、そしてスティックを捨てる。そこには当りと書いてあった。
俺は目を疑った。
だがベドベドの右手はそのスティックを強く握りしめていた。
俺はスリーエフに入った。
「いらっしゃいませぇ」
俺はアイスケースまで歩いてガリガリ君を掴んだ。ソーダ味だった。
俺はレジに行った。
そしてガリガリ君ソーダ味と当り棒を、レジに叩きつけた。
そう、夜はまだ、始まったばかりだった。
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| メーカーにより製造中止になりました | いいえ |
| メーカー | 赤城乳業 |
