シアトル出身のマイク・ハッドレアスが演じるペルソナ『Perfume Genius』のデビューアルバムは、水彩画のような透明の哀しみを纏い、荘厳で美しい旋律と魂の刻印とでも言うべき赤裸々な半生の披瀝で世のインディーロック愛好家を慄然とさせた
だが、今作に耳を傾けると前作はまだまだほんの「兆し」に過ぎなかったのだな、と改めて思う。拙いサウンド・テクスチュアの中で零れ落ちそうだった唄が、今作では見事に花開き胎動を始めたのがありありと分かる。雛鳥が若い鳥になり今まさに飛び立つ、そんなドキュメントを見せつけられるようだ
外界から疎外され隔絶したような前作に比べ、今作はまるで閉じられたドアを少し開き雨上がりの優しい陽光が注がれる庭に一歩踏み出すかのような、温かみのある手触りになっている
サウンド面での転換点としては、プロデューサーの起用(前作はマスター音源を紛失、MP3のコピー音源をリマスタリングしたのだそう)による音質のクリア化、バック・ミュージシャンの起用によるドラムやギター、ラップ・スティールでの仄かな色付け、マイク自身影響を口にする教会音楽、讃美歌に続き新たにルーツ・ミュージックやクラシック・ソウルへのアプローチ等が挙げられる。そして、前作よりもいい曲を書いている。これは一つの達成だと思う
マイクは「創作は心の安らぎだ」と語っていて、前作で痛みや哀しみを披瀝したことで自浄作用が働いたのかも知れない。彼の声にも心なしか幾分の自信が籠っているように感じた
M3「NO TEARS」で歌われる「零れる涙はゼロ」というラインは、恐らく過去との決別への決意表明なのだろう
近年のアメリカン・インディーの共通として「エスケーピズム(逃避)」というのが挙げられるそうだ。それは戦争や不況への疲弊か反動か。50'Sや60'Sへの憧憬やレイドバック化、夢見心地なGLO-FI/CHILLWAVEの台頭、PAINSやWILD NOTHINGが描くギター・ポップ/アノラック・サウンドの復権。つまり攻撃的でハードなサウンドが内省化し優しい音が顕在化している印象だが、ゆったりと舞いながら灰色の空に溶けて消えるシャボンのようなフラジャイルさを携え、胸の裡の砂地に水がスーッと染み込むような彼の唄も疲弊した多くのリスナーに届くことを祈っている