このaikoの歌はアニメ映画『聲の形』の主題歌である。
聴覚障害の少女がヒロインという映画の重要な要素に沿ったため,この映画の劇伴音楽は相当変わったものになった。「音楽である以前に,物理的な音として心に伝わるものでなくてはならない」というのが監督と音楽(作曲者)の定めたコンセプトだそうだ。そのため,劇伴の殆どは音楽というよりも,ポーン,ポーンといったピアノの単音などの部分が多い。併せて,ピアノの中のハンマーの戻る音やフェルトのこすれる音なども意識的に録音され,楽器の「発する」音として奇妙に生々しい。
一方,メロディを伴った音楽らしい音楽が用いられている部分はとても少なく,メロディのある音が出てくるとはっとするくらいである。
傾向として,主人公達が孤独で,荒涼とした人間関係の中にいる前半は,ぽつりぽつりとした「物理的な音としての」劇伴音楽が多い。後半に向かって,主人公達が他の人たちとのつながりを恢復して行くにつれて,メロディアスで感情の動きを伴った音楽が増えて行く。
映画は最後にメロディを伴うギターの独奏で静かに終わり,その後のエンドロールで流れるのがこのaikoの歌である。つまり,音楽らしい音楽と言おうか,旋律も和声も伴った,音楽として最も意味が豊富で明るく前向きなのが,一番最後の,この「恋をしたのは」なのだ。
初めてこの映画を見る人は,重苦しく,心が晴れ晴れとしない印象を覚えたかも知れない。映画のテーマはやはり重い。登場人物の心の動きも痛みを伴ったものが多い。またエンディングが映画としてはやや意表を突いた終わり方をする。
しかし,観衆はこのaikoの歌を聴いて,やっぱりハッピーエンドだったのだな,喜んで良いのだなと納得するのだ。
歌詞も概ね映画の内容に沿ったものと言えるだろう。映画がヒーロー視点であるのに対し,主題歌がヒロイン視点であることも,作品を複層的で豊かなものにしている。
映画の繊細な世界を,スローテンポでゆったりとした歌声で愛おしむように包む。力強く生き生きとしたメロディラインをaikoの張りのある伸びやかな声が描いてゆく。映画の世界を祝福し,未来を希望で彩るのにふさわしい好曲と言えるだろう。