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ヒットの崩壊 (講談社現代新書) Kindle版
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2016/11/16
- ファイルサイズ6231 KB
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商品の説明
メディア掲載レビューほか
ヒット作品の「新しいルール」 気鋭の音楽ジャーナリストが解読した『ヒットの崩壊』
星野源『恋』、ピコ太郎『PPAP』、『君の名は。』、『シン・ゴジラ』。久々に国民的ヒットと呼べる作品が各ジャンルで続出したばかりという、絶好のタイミングでの刊行と言えるだろう。本書のタイトルは『ヒットの崩壊』だが、それはこれまでのヒットの法則が無効になったことを指摘したもの。冒頭に挙げた作品群は「新しいルール」の中で生まれたヒットであり、本書はその「新しいルール」の解説書的な役割も果たしている。
著者の柴那典はロッキング・オン社出身の売れっ子音楽ジャーナリスト。小室哲哉、いきものがかりの水野良樹、地上波テレビ音楽番組のディレクター、レコード会社や事務所のエグゼクティブらへの周到な取材を通して、現在のヒットの構造をあぶり出していく。ちなみに00年代以降のロッキング・オン社はそんなヒットの構造の中心にあるフェス・ビジネスにおいて、出版社の枠組を超えて大きな成功を収めている会社だが、同社出身の著者の仕事は、それを理論面で補完するものとも言えるだろう。
本書の特筆すべき点は、シーンの最前線で活躍するミュージシャンに日常的に取材をしている、音楽業界の内側にいる筆者が、外側に届くことを強く意識して発信しているところ。これまで日本の音楽関連書籍は、内側の人間が内側に向けて書いたマニアックなものと、外側の人間が外側に向けて書いた傍観者的なものがほとんどだった。実際、本書は音楽関係者のみならず、広くマスコミ関係者によく読まれているという。
音楽の現場にいる人間なら誰もが思っていることだが、近年、週刊誌や新聞など一般向けのメディアに躍っている「評論家」や「関係者」のコメントは、時代を正確に読めていない滑稽なものばかりだった。音楽業界はその産業規模こそイメージほど大きくないが、「炭鉱のカナリア」的に各業界の先行指標になるとも言われている。だとしたら、このような客観的かつ真摯な仕事が持つ意義は大きい。
評者:宇野 維正
(週刊文春 2017.2.2号掲載)著者について
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA.NET」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」と「フジテレビオンデマンド」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。
ブログ「日々の音色とことば」 http://shiba710.hateblo.jp/
Twitter: @shiba710
登録情報
- ASIN : B01M29X2C9
- 出版社 : 講談社 (2016/11/16)
- 発売日 : 2016/11/16
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 6231 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 付箋メモ : Kindle Scribeで
- 本の長さ : 206ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 139,079位Kindleストア (Kindleストアの売れ筋ランキングを見る)
- - 831位講談社現代新書
- - 3,037位ノンフィクション (Kindleストア)
- - 34,417位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について

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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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音楽業界は「どの業界よりも先行する」と言われているので
他業界のコンテンツビジネス・マーケティングに携わっている者として
これからの時代を予測するためのとても良い材料になった。
これからの時代
成功するためのキーワードとして主に挙げられるのは
■モノから体験へ
■パーソン・トゥ・パーソン
■コンテンツの所有からダウンロードの時代へ
(と思いきや、現在ではダウンロードのシェアは落ち、定額制の聴き放題サービスが伸びている)
■ロングテールとモンスターヘッドの二極化
などになるだろうか。
また、あらためてSNS・シェアの時代であることも再認識させられた。
各章では世間で定説とされていることに対して
更に一歩踏み込んだ深い考察がされており
こちらも非常に勉強になった。
受動メディアが主流だった訳です。娯楽の選択肢が少なかったのもあり多数が同じ娯楽にハマっていきそれが
イコール国民的ヒット曲になった訳です。今はインターネットなど自分で情報を探しに行きその情報を自分の頭で
噛み砕いて考える能動メディアが主流でインターネットの影響で人々が触れる情報量が莫大に増えて娯楽の細分化に
繋がった訳です。だから大多数の人間がその娯楽を共有するという事自体が成立しにくくなり結果、国民的ヒット曲というのが生まれにくくなりました
例えば、P229~、特に興味がなかったいきものがかりの水野良樹がしっかりした考えを持っていること(そのための活動休止?)、P41、小室哲哉が宇多田ヒカルの登場で焦り、1995年から配信の実験をしていたということ。
後者の小室は、おそらくパソコンおたくでもあったトッド・ラングレンあたりからの影響かと思われるが、着手は早かったにもかかわらず周囲に眼力のある同調者、アイディアを形にしようとする者がいなかったのだろう。
パソコン、ネットさえ黎明期だったあの時代に、そこまで見通せという方が無理だわな。
随分前から、CDの売上より野外フェスの上がりの方が上回り、「所有」から「アクセス」、「体験」の時代になった事実は、マスコミがさんざん報道して耳タコだが、それが意味するところへの言及が物足りない。
1960年代後半のワイト島音楽祭やウッドストック、1980年代後半のスペインに端を発したマッドチェスター、セカンド・サマー・オブ・ラブ、レイブ文化の拡大と衰退という歴史との比較があってもよかったのでは?
大規模化するステージの件では、過去のピンク・フロイドや、バブル期に強く不景気に弱いユーミンの舞台との対比をしているじゃないか。
前者はオルタモントの悲劇、後者はオーバードースによる死者を出したことによる法改正で、あっと言うまに瓦解。
昔と違っておとなしくなった観客たちが集う今のフェスとは異なるのだろうが、実際に一人一人訊ねてみれば、それほど音楽が好きとも思えない彼等がそこで得る「体験」とは、一体何なのか未だによく理解できない。
「祭り」、「祝祭」は溜まった澱(おり)を定期的に落とすシステムとして機能するが、「あー、楽しかった」だけで終わるケースが多く、それはそれでいいのだろうけど・・・。
P102~、“フェス化する音楽番組”については、テレビで観る“舞台”や“祭り”ほどつまらないものはないと思っているのは、私だけなのだろうか?
SNSやスマホを使い、ライヴ感覚で楽しむというのは、如何にも貧しい感じがしたが、毎年アカデミー賞授賞式の放送で、「オレ、似たようなこと、やってたな」と思い当たり、「ハッ」とした。
音楽も映画も、情報過多時代は、接し方も違ってくるのは至極当然。
P167~、『風街ろまん』の件では、レコーディング・エンジニアの吉野金次とジャケットの宮谷一彦の名が見当たらず、そちら方面にはあまり関心のない書き手なのかも。
同じくP178~、カバー・ブームの件、洋楽に深く影響されDER ZIBETをスタートさせたISSAYが、ムーンライダーズの鈴木慶一プロデュースの許、1995年のソロ初アルバム『FLOWERS』において、淡谷のり子やピーター、荒木一郎、ジャックス、モップス、タイガース、沢田研二、カルメン・マキ、井上陽水までカバーしたことに、一言もないとは。
一般向け新書とは言え、音楽ジャーナリストを標榜するからには、触れてもよかっただろうに。
また、P184~、大瀧詠一の「分母分子論」はアイドル全盛期にラジオで流れた発言が基本で、「昔はフランク・シナトラを尊敬してフランク永井、ペギー・リーのようになりたくてペギー葉山。今は森田健作に憧れて桜田淳子、ジュリーが好きでスクールメイツに入った大田裕美、西城秀樹の妹分で河合奈保子・・・これじゃ、音楽の裾野があまりにも狭過ぎるんだよね」と否定的なニュアンスでの発言だった。
ここでも、「日本スゴイ」なのかしら?
まあ、否定的なことばかり並べても皆暗くなるばかりで展望はないから、何か明るいことを書かなければならないのは解るつもりだが、これらは著者の本心なのかちょっと疑問ではある。
最近のオリコンチャートは面白くないと。
自分が中学、高校の頃は毎週のようにオリコンチャートを気にし、CDTVなどを観て、流行りを追ったり、好きなアーティストのランキングに一気一宇していた。思えば、この頃はギリギリまだオリコンチャートが機能していたのかもしれない。
翻って現在である。
いつもチャートを賑わすのはAKBグループかジャニーズのみ。
それが悪い事だとは決して思わないが、余りに味気ない。
また、最近はみんなが歌える歌が本当にない。
寂しいなと思ってはいたが、もはやそういう時代ではないということだろう。
しかしながら、本書は決して音楽に身を置くものにとって、悪いことばかりではないと希望を提示する。
大きな一発はない代わりに、地道にファンを広げて行くことは可能なのである。
マスを対象にすると、当たると大きい代わりに、忘れられるのも本当に早い。
そうではなく、地に足つけ、地道にファンを広げて行く。
ある意味CDバブル時代が異常だっただけで、これが本来の姿かもしれない。
1)第4章の「ライブの魅力は五感すべての体験」というところ
優秀なスタッフは空調を操作して会場の設定温度や風の流れを変えたりしている。盛り上がるところではあえて冷房をオフにして温度を上げたり。風向きを変えてステージにスモークを溜めたり。ここまで細かい調節をしているから、無意識的に観客はライブであんなに楽しめるんだ、と感嘆した。
2)第5章の「J-POPがオリジンになった」というところ
いきものがかりの水野良樹さんの言葉。洋楽ではなく子供の頃から日本の音楽を聴き、そのままメジャーデビューした水野良樹さんは、日本の音楽育ち。そして、自分たちの活路を「ど真ん中」に見出した。「そこが空いている」と。周りのアーティストはいかに個性を出すかを競っている。しかし、逆にJ-POPの王道は意外と空いていた、ということだろう。老若男女に愛される所以はそこにある。
3)第5章の「過圧縮ポップ」のところ
ベビーメタルもももクロの曲もいろんな音楽の要素をごちゃ混ぜにして、一曲の中に詰め込んでいる。これが今の日本の音楽の一つの主流。確かに、と思った。もともと日本にはそのような文化がある。いろんな宗教を日常に取り入れているし、食べ物だってそう。ベビーメタルが「カレーうどん」と評されていたけど、まさにそう。いろんなものの組み合わせであり、ごちゃ混ぜにする面白さ、ということ。
最近の音楽業界を取り巻く環境変化について詳しくまとめている書籍だと思います。
しかし、私の同世代や下の年代の方々にとって「当たり前のように経験している事柄」しか書かれていないことに驚きを感じました。
それを今更書籍にして分析する著者、講談社、この本は面白いとツイートする東洋経済や日経さん、何を今更大発見のごとく紹介しているのでしょうか。
本の印象を以下にまとめます。
■30代前の人にとっては当たり前の事実しか書いていない
→フェス、CDの限定版や特典、音楽との触れ合いかたの変化
■引用が多い
→引用が多くて著者の言いたいことは一体何?
Youtubeの映像をただ流しているだけのテレビのようでした。
■時系列を永遠と述べているだけ
→昔は〜今は〜とか、この人はこんなつながりで、いつデビューして〜とか
30代以下は購入する必要がないと思います。
CDは売り上げ不振だが、
・フェスやライブの売り上げは増加していること
・ストリーミングサービスの普及
上記2点を認識されている方も購入する必要はありません。
バルミューダの寺尾玄さんも仰っていますが、
「モノより体験」に消費者のニーズが移行している時代なのです。
レコード会社はその変化についていけていないだけ。
一冊を究極にまとめるとこのような内容だと思います。