2010-01-25
■[日記]始動
昨年末までアルバイトに明け暮れ、その忙しい日々から一転して時間に余裕ができた。卒業論文は提出し、卒業規定単位数はクリアしたため、悠々自適な生活を送っている。1月の頭からテニスをしたり、映画、ヒトカラにいき、ボーリングの投げ放題で10ゲームも投げ、一通りの遊び倒したところで今度は遊びすぎている自分に嫌悪感を感じ始め、遊ぶことがストレスになる。遊ばずに家でごろごろと過ごしてみたが、1週間で飽きてしまい、途方に暮れた。
「社会人になれば、学生のころのようにたっぷりと時間がないから今のうちにやりたいことをやっておいたほうがいい」という助言を内定者懇談会で受けたが、1月時点で考えうる限りのやりたいことをやってしまった。どこか長期間の旅行にいったほうがいいとも訊いたが、乗り物嫌いで見知らぬ土地に行くことが苦痛な僕は修学旅行ですらサボってしまうくらい旅行嫌いで、旅行という選択肢は存在しない。
入社するまでの間に何をするか考えたところ、精神的に一番落ち着きそうなのは就職して役に立ちそうなことを今から勉強しておくことだと考えた。語学、貿易実務は習得に時間がかかり、今のうちから学んでおいて損はないだろう。それに平行して、プログラミングの勉強を始めた。この機会を逃せば、永遠にプログラミングをすることなく、一生を終えていくだろうなと何となく思う。日々の仕事に終われ、業務外の勉強をしている暇などなくなる日がそう遠くないうちに来るのなら、今のうちに出来る限り習得しておきたい。今ある時間を有効に使わなければならない。
2009-12-03
■[メモ]卒業論文
卒業論文(仮)を提出した。作った自分でいうのもなんだが、かなり甘いところが多々あって、先生から赤字でびっしりと修正箇所が書かれて返ってくることが予想できる。文系だと実用的なことから趣味のようなことまで卒業論文の対象になるようで僕が所属しているゼミにも「情報処理」というのがあって、それに沿うようにして演習が2年あまり行われてきたが情報処理に触れるようの卒論を書く人間はそう多くはない。
絶対的な専攻のよう軸があったらブレずに卒業論文のテーマを考えられるのになと理系の人らがほんの少し羨ましく感じる。自由というのは難しいし、消化不良のまま卒論を何となく書いているのが現状。さて、それを打破できるのだろうか。
2009-12-02
■[就職活動]2010年3月卒 新卒学生 就職活動の総括
受験で破れ、春採用で拒絶され、負けに負け続けてきた人間が最後に行き着くのが秋採用でこれがラストチャンスである。負ければ、就職留年かはたまたフリーターという地獄が待ち受けている。2008年秋の景気悪化の影響で秋採用は縮小しているのを肌に感じて、海外に留学していた学生、公務員受験組と学生のレベルはさらに上がり、胃はキリキリ、心臓はバクバクという中で活動しなければならない。
どこぞのブログにあった記事のように「努力不足」とは言わない。ここまで内定をもらえなかった人間のほとんどが真面目かつ足を棒にして連日企業回りをしているのだから、運が悪いと開き直ることである。就職活動に伴う新興宗教的な胡散臭い熱気を利用してでも進まないと、後ろを振り返ると足が前に出ない。
この時期、留年を勧められたり、起業という話を訊くことがあるかもしれないが、就職活動は続けたほうがいい。一度辞めるとリスタートするのが極めて難しくなる。なぜなら、僕は7月中旬から1ヶ月半ほど就職活動に嫌気が差し、バカバカしいゲームといって逃げ出し、愚痴をtwitterで綴っていたからだ。「良い待遇を希望しているのではなく、最低限生活が可能な仕事がしたい」「留年するしかないのか」と吐露したところにWEBコンサルタントの方から「今の貴方のままでは手に入りませんよ」「実力をつけなさい」「努力しろ」「私や私の所属している会社では現実と向かい合い責任を果たしてきた」「自己責任」と言われた。新卒であれば、実力よりも潜在能力であったり、あやふやなものをモノサシに採用されるのだから実力という要素より偶然性が大きいのだから、どうしようもないじゃないかと頭を抱えながらも、助言に感謝をするリプライを送ったのを覚えている。
これがキッカケになった。2008年12月に始めて行った企業セミナーで人事担当者が、最近の学生はコンサルタント志望が多いと言うとホワイトボードにコンサルタントに必要な資質を大量に羅列していったことを記憶しており、高度な能力を持ち合わせた人しかなりえない特別な仕事と思っていたわけだが、自己啓発本に書いてありそうなことを並べ、「私は力をつけるためにがんばっているのだから貴方もそうすればいい」と説教を垂れる人間でもコンサルタントという問題解決の専門家になれるのだから、社会って案外大したことないなと思ったのが大きい。
このことで実力をつけることよりも就職活動を再度始めることが大事であると判断し、また動き始めることができた。。新卒採用では企業はあやふやなモノサシでその実力を測っているのだから、そこに付け入ればいい。今までは自己分析をして、自分に合う企業を探していたけどそれだけではダメだ。その企業がどういう人間を好み、実力がつきそうだと勘違いしてくれるかを考えに考え抜いた。
話の内容はもちろんだが、それ以上に力を注いだのが目線の配り方、話の抑揚、声のトーンである部分を徹底的に見直した。自分自身をコンサルタントした結果、3社内定をもらえたのだから不満はないし、満足している。良い結果に進む原動力となったコンサルタントの方には感謝している。そのおかげで内定だけでなく、社会に対する過度の期待もなければ不安もない。そして、僕は来年の4月から社会人としてやっていく自信をつけることが出来たのだから。
学生の皆さん、就活で先輩の成功談を訊くことで参考になる点はあると思うけど全てを鵜呑みにしないように。(当ブログも含めて) そして、就活を終えた今でもいえることは就活は茶番ですよ。こんなもんに正直に向かい合う必要ありはしません。成功した人間は努力をしたおかげだといい、失敗した人間に対して「勇気がないんでしょ?」というようなことを回りくどくいうかもしれませんが耳を傾けなくていいのです。「蛇のように賢く、鳩のように純真であれ」こうあれば、多少は楽になるかもしれません。
2009-11-15
■[就職活動]2社目の内定
先日、あるメーカーから内定をいただいた。3週間前に内定をいただいた商社で力をつけていこうと考えていた矢先の新たなオファーに戸惑い気味である。今回、内定をいただいた会社は採用人数が1名であったために半ば諦めていたところの採用通知に思考がうまくまとまらない。まさか、選ばれる側から選ぶ側になろうとは考えたことさえなかったのだから当然か。
企業の秋採用の凄惨さは秋採用に挑んだものしかわからない。採用人数が若干名のところに数百人が押し寄せることが多々ある。さらに、2月から4月までと異なり、何ヶ月も面接をこなしてきている学生ばかりで競争は熾烈なものとなる。
そんな体験を基に秋採用の生き残り方については近いうちに書きたいと考えているのだけど、まずは卒論を書いたり、勉強、アルバイトがあり、また忙しい毎日になりそうだ。
2009-11-14
■[就職活動]10年後の私
「あなたが当社に入ってからやりたい仕事は何ですか?」就職活動ではこのような質問が高確率で訊かれる。
氷河期以前では「何でもやります」という学生を採り、企業の都合に合わせた人員配置が多かったそうだが、氷河期以降では雇用がギュっと絞られ、企業が欲しい部署に最適であろう人材を少数採るという形に変わっていき、景気が冷え込んだ今もその傾向が強い。
新入社員である学生側はどのような仕事をしたいか、できるだろうか、向いているだろうかと自己分析し、受ける企業に対しても研究をし重ねた上でなければ、面接はおろか、書類選考すら通過しない。
熾烈な競争を勝ち抜き、面接で述べた希望通りの部署でやりたい仕事に就ければいいのだが、そうはいかない事態というのが往々にして起こり、予測外の配置が行われる。軸がしっかりと定まっている学生ほど、このギャップに耐えられず、やめていく人が多いのだと思う。一方で、上司にあたる管理職の人達は「なんでもやります」と言い、入ってきた世代であって、やりたい仕事を選んでいる我々の世代は贅沢で我慢の足りない世代に見えるわけでその溝は簡単には埋まらない。
体育会系学生を多く採りたい企業があるというニュースがあったが、採用をするのは上述の「なんでもやります」といって入った世代と体育会系学生の親和性はきわめて高い。どんな状況下であっても、組織の手足となり前向きに何でも取り組んでいくタフな彼らに若い頃の自分を写しているのかもしれない。
10年後、どうなっているかを思い描いて入ってくる学生たち。もちろん、彼らも全てが思い描いた通りに行くなどと考えてはいないが、そこから大きく外れてしまえばどうなるのだろうか。若いうちは何も考えずに泥のように働け、このご時世に仕事があるだけ有難いのだから仕事を選ぶなと言われるのだとすると、終身雇用も年功序列もなく、それであっても企業に忠誠を求めることの歪さ、これが閉塞感の正体の一部なのかもしれない。