僕とホットケーキ

 僕はホットケーキが好きだ。どのくらい好きかというと、市販のホットケーキミックスを使わず、自分で調合した粉を使い、焼く。何度も何度も試作を重ね、より良い調合を求めた。僕は理系だから、なんて森博嗣みたいなことは言わないけれど、僕にとってホットケーキ作りは実験だった。
 田舎から訪ねてきた妹が、ホットケーキの調合に熱を上げる僕を見て「お兄ちゃん、ホットケーキ作らずに就職活動した方がいいんじゃないかしら……」と慎ましく言った。僕はその言葉が全く正しいと思った。次の日、ホットケーキを作ろうと思ったが、たまごが冷蔵庫に無かった。「たまごがなけりゃホットケーキが作れないじゃないか!」僕は憤慨したが、妹は無視して眠りについた。朝、綺麗に焼き上がったホットケーキを見つけた妹はもう何も言わなかった。
 夜中にスーパーサカエに言ってたまごを買ってきてまでホットケーキを焼いた僕に何も言ってくれなかったことが悔しかったわけではないが、それから僕は1,2度焼いただけで、それ以来ホットケーキを焼くことをやめた。

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 ある日、高校の同級生の北田が家に遊びに来た。彼女はリッツとホットケーキミックスを買ってきた。とりあえず僕らはリッツを食べた。たまごと牛乳が冷蔵庫にあったので、話もそこそこホットケーキを作ることにした。「ホットケーキミックスで焼くの、初めてなんだ」僕は言った。ボウルに粉を入れ、たまごを割り、牛乳を注ぐ。泡だて器で混ぜると程なくだまは無くなりトロトロとした懐かしい感触が蘇る。そうそう牛乳は少し少なめにすると良かったんだった。僕は懐かしさで胸がいっぱいになった。テフロン加工のフライパンに油は不要。一度濡れ布きんで温度を下げ一気に流し込む。弱火で焼く。裏返すタイミングは身体が覚えている。北田が横で歓声を上げる。綺麗なきつね色に僕は満足する。さらに弱火。さらに弱火。この間に皿とバター、カナダのお土産でもらったメイプルシロップを用意する。クリームシチューを作った残りの生クリームを、電気ドリルを改造して作った自作ハンドミキサーで撹拌しホイップクリームを手早く作る。その間にホットケーキを裏返すことを怠ってはいけない。僕は今誰よりも効率よく動いている自信があった。すべてが整ったとき、丁度ホットケーキが焼き上がり、北田が変なテンションで踊りだし、僕は嬉しくて泣く。泣く。