鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

2015年01月19日のつぶやき

読書録「Google Boys」

・Google Boys Googleをつくった男たちが「10年後」を教えてくれる
編集:ジョージ・ビーム 訳・解説:林信行
出版:三笠書房(Kindle版)



Googleの創始者であるセルゲイ・プリンとラリー・ペイジの発言集。それに解説がついてるって感じです。
面白く読みましたが、薄いっちゃあ、薄いw。解説の内容もそんなにとんがったものでもないんで、Googleの経営者に興味がないと面白味はないかもしれません。あとマメにネットで情報をフォローする人も知ってることが多いですかね。
でも何となくIT周りの人材の考え方や指向性なんかを把握するには、結構向いてるんじゃないかと。
僕自身はその「雰囲気」を楽しませていただきました。


本書は本書として、Google絡みで最近考えたのはこんなこと。


ひとつはGoogleグラスの撤退。
いや、本当は撤退じゃないのかもしれませんが、「方向転換」がされたのは事実でしょう・
あれだけぶちあげしたものの方向転換するってのはナカナカ勇気がいることだと思いますが、プライバシーの話や使い勝手なんかを考えると、個人的にはやむを得ないかなとも思っています。
一方でウエラブルデバイスの可能性をGoogleグラスが世に問うたことは確かでしょう。
それが「メガネ」という形でなくても、ウエラブルデバイスはGoogleグラス以降、「市民権」を得たと思います。
要は「アドバルーン」としてはGoogleグラスは十分に役割を果たしたかな、と。
「アドバルーン」にしては引っ張ったなってのはありますがw。


もう一つは「邪悪なことはしない」というテーゼについて。
これは中国からのの撤退や、あるいはプライバシーがらみでのGoogleグラスの評価なんかにも絡んでるのかもしれません。
なんだかんだで批判はありますが、僕自身はこのテーゼに関してはGoogleは本気だし、「遵守しよう」と強く思ってると考えています。
でも「邪悪」という評価は、どの基準に沿って判断されるんでしょうね?
フランスでの風刺画めぐるテロ事件のことを考えると、「価値観の多様性」とそのなかでの「正しさ」のあり方の難しさを改めて考えさせられます。


もちろんGoogleだってそんなことは分かっているはず。
でもシリコンバレーの中でさえ「とんがってる」Googleの思想は極めて西洋的とも言えるでしょう。
彼らが言う「邪悪」に普遍性があるのかどうか。


シャルリーの事件を目前として、そんなことを考えさせられました。
ま、「普遍性」を云々すること自体が西洋的思想の極みかもしれませんが・・・。


なんにせよ、もはや我々がGoogle抜きの生活に戻ることはできないでしょう。
だとすれば、
「Googleとは何か?」
を考えることは、自分自身をめぐる圧倒的な環境を把握し、自分の立ち位置を決める上で非常に重要なことなのではないかと思います。
そういう観点からは、結構便利な本ではないか、と。


すぐに読めますしねw。

読書録「知ろうとすること。」

・知ろうとすること。
著者:早野龍五、糸井重里
出版:新潮文庫

知ろうとすること。 (新潮文庫)

知ろうとすること。 (新潮文庫)



この本を読みながら、東日本大震災直後のことを何度も思い出しました。
僕は糸井重里氏のツイッターをフォローしているので、結構早い段階から早野氏の発言は目にしてたんですよね。
糸井氏が言うように、「事実」と「データ」と「科学的分析&思考」に基づいた早野氏のつぶやきは当時の氾濫する情報の中では特筆すべきものだったと思います。
・・・思うんだけど、それじゃあ、それ以外の情報や言説に惑わされなかったか・・・と言うと、「お恥ずかしながら」。
いま振り返ると、気恥ずかしくなるようなことも随分と考えていました。小さな子供がいるんである程度は仕方なかったかなとも思うんですが、だからって、ねぇ。


「科学的に考えることの大切さ」「未来志向のこころのありよう」
そういったことが、震災直後の情報氾濫のありようや、「福島」の現状と未来についての情報解説の中で語られています。
「反原発」
といった、ややイデオロギッシュになっちゃってる言説とは一歩離れたところから、「放射能」や「福島」や「原子力」を考える、いい機会を与えてくれる作品だと思います。


・内部被曝/外部被曝の被害は驚くほど少ない
・福島の農作物の安全性は高いレベルで担保されている
・甲状腺ガンについては「影響は少ない」と推測されるが、二回目の調査結果が出るまでは確かなことは言えない
etc,etc


いろいろ言う人はいるでしょうし、分析の仕方や視点の取り方から違う見解もあり得るのかもしれません。でも、僕はこれらのことを「事実でしょう」として受け止めたいと思っています。


あと「震災」と離れたところでは、
「人間の体の中の水素原子(H)は宇宙誕生と同じだけの歴史(138億年)を持ってる」
って話に、なんか勇気付けられたりもしました。
僕の中に春原子は、宇宙の誕生の時からあって、多分「僕」という存在がなくなっても、この世界に在り続けるのだ。
これって、ある種の「輪廻転生」や「不老不死」に通じる感覚じゃないですかね?(僕だけ?w)


なんにせよ、「良い本」です。


<大切な判断をしなければいけないときは、必ず科学的に正しい側に立ちたい>(糸井重里)


僕もそう思いますよ。