パラカロ流実践多言語習得術 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-02-12

aspectdigitalmedia+parakaro2012-02-1

第55回:「論理性」に注目すれば、「書く」ことが楽になる

今回は、いよいよ話の筋を通す部分をつかさどる部分の「論理性」についてお話します。前回、言語学習の過程を以下のように「論理性」の程度によって段階づけ、

a. 単語の整理の程度に関する論理性
b. 文の構成に対する論理性
c. 文の複雑さに関する論理性
d. 文と文、相互の関係についての論理性
e. 段落間の論理性(節レベルの構成)
f. 段落群間での論理性(章レベルの構成)

のうちの、c.までご紹介いたしました。今回は、d.から説明します。

d. 文と文、相互の関係についての論理性

b. またはc. のレベルの複数の文と文を使って組み立てる論理性のレベルです。このレベルでの論理性が確保されていない場合、コミュニケーションがなかなか成立しなくなるわけです。いわゆる筋の通った話というのは論理の組み立てが明確で、相手にもよく伝わると考えることができると考えられます。

  1. たとえばb. のレベルの文(つまり、いわゆる<単文>)だけを使ったとしても、d. のレベルがしっかりしていれば、コミュニケーションは十分に成立します。
  2. しかし、逆に、複雑な文であるc. のレベルの文を多用したとしても、d. のレベルが十分でないのなら、難しくわかりにくいだけで、だらだらといつまでも続く話になって、ついに、コミュニケーションは成立しないことになります。

e. 段落間の論理性(節レベルの構成)

d. のレベルの論性が確保された上で、成り立つレベルです。それぞれの論理で組み立てられた複数の文からなる文のグループが、グループ間で構成する論理性のレベルです。

いわゆる段落ごとの論理の組み立てということになります。これらの段落のグループはいくつか集まることで、論文などでいう<章>のひとつ下の段階にある<節>のレベルのまとまりが構成されることになります。

前々回の『「論理性」なく書き始めると何も通じなくなる』で紹介した、恐ろしく日本的な、またはマイ日本的な論理のジャンプはひょっとしたらこの部分で議論されるべきことかもしれません。そのような話を書いてしまう前に、それを、段落の内容として選択することの論理性をもう一度検討してみようという提案です。

なお、用語が十分整理されていないかもしれませんが、ここで言っている<節>は<章>などの下のレベルにある文の集まりのことを指しています。これに対して、c. のb. の中で使われている<節>は、<文の中の文>(clause)の意味で使っていると理解してください。

f. 段落群間での論理性(章レベルの構成)

段落同士の論理の組み立てというレベルです。もはや内容はかなり大きなものとなり、全体としては<章>あるいはそれ以上の<部>を形作るほどにもなるでしょうから、大きめのレポートか論文ででもない限り、通常は出会うことのないレベルということになります。

「論理性」を軸にして考えると、「話す」と「書く」の問題が解決する

私たちが提唱している方法は、b. すなわち最も簡単な文のレベルで、d.のレベル、つまり、論理構成(スジの通った話)をしっかりさせ、簡潔な構成ながら相手にすっきりと意味をわからせるという方法でコミュニケーションを成立させていこうとするものです。わかりやすく言えば、何よりもまず、コミュニケーションの成立に最短距離で到達し、そののちに、ほかの要素も充実させていこうというものです。d. ?でお話しした方向です。

ちなみにb. 文の構成に対する論理性、というのは、前にも説明しましたが、最もシンプルな、主語が一つ動詞が一つの単文のレベルです。これを論理的に(スジの通った形で)組み合わせて話を作るだけです。“and”、“but”をはじめとしていくつかの接続詞を必要としますが、せいぜい中学二年生のレベルです。それらの文を書くのですから、仰々しい努力もなく済むはずです。

これに対して、TOEIC TESTが示している方向は、問題自身がまずもって、c. のレベルで提出されるものが多く、d. のレベルについての問題はあまり重要視されていないということです。これは、d. 2.の方向であり、本質的に没コミュニケーションの方向ということができると考えています。当然のことながら、この方向での話は限りなく難しくなっていきます。書けども書けども相手に話は伝わらなくなっていくのです。もちろん、話したとしても結果は同じです。

さらにこのTOEICの方向性が持つ潜在的な問題は、c. のレベルでないとコミュニケーションができないと受講者が誤解をしてしまう危険性です。

c. のレベルの文が出されているにもかかわらず、実際に問題として問われているポイントは、b. のレベルです。であれば、c. のレベルの文をわざわざ選んで問題として出しているとなると、重箱の隅をほじくるようなスキルの養成テストになってしまいかねません。

今回のお話は「書く」ことについて考えることから始まり、「論理性」が何よりも重要だという結論になりました。このように見てくると、英語のスキル達成度のレベルを「日常会話(気楽さ、気軽さ、平易さ、簡単さ)」「仕事の会話(公式的に、文法的にしっかりと)」「読み(文法的に難しく)」「書くこと(さらに難しく)」と分けて考えるのは、必ずしも、学習する上でも、発信する上でも効率の良いことではないという考え方も成立するのではないでしょうか。

というのも、文法の難易度は複雑さによる部分が多いからです。文法的な複雑さは、論理的に高度であることにはなりませんし、さらに、文法的に複雑であることや、論理的に高度であることが、コミュニケーションを良くすることにつながるわけでもありません。

そうではなくて、コミュニケーションに必要な論理性の程度に応じて、クライアントの必要に答える形でそれぞれのスキルを強化していったほうが、はるかに効率的で、お客様本位のサービスが、低コストでできると、私たちは考えています。

たとえば、自分の仕事の内容を教えるレベルの論理性などは、ほとんどの場合たかが知れています。こういった言い方は誤解を招くかもしれませんが、実際、製造業の塗装の技術や、材料検査の方法、現場の予防保全の考え方でさえも、お客様の話をよく聞いて内容を一つ一つの単純な意味にまで分解してしまえば単純な英文の塊になってしまいます。しかも、説明する場合と同じく手順を追って学習していけば、TOEICで高得点を取る半分以下のエネルギーで、短期間のうちに現場で活用できるスキルにすることができます。そして、私たちは実際にそのような取り組みをしています。

このように考えていくと、これまで英語の学習の最終段階におかれていた「書く」いう一見究極の目的と見えていたものが、話すことや聞くこととほとんど変わらないレベルで、意外と簡単に実現できるのではないでしょうか? ついでに言えば、「書く」スキルを攻略するための正面からのアプローチというのは意外とこのようなことなのではないかと考えます。

以上で、「書く」ということに絡ませながら「論理性」についてのお話は終わります。

次回は、皆さんも経験がおありかと思いますが、「会社の語学研修」について、お話したいと思います。今、切実に変化を求められている「会社の語学研修」の問題点と展望を、現場の実感からお話させていただきます。

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