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2004-04-28   あんなに近づいたのに。

アイモカワラズテスト期間中デス。 アイモカワラズテスト期間中デス。を含むブックマーク

asap@anex. ANEXとは別館の意味。本体はあくまでasap.なのです。現在仮開設中。デザイン等整えてGW明けには本後悔に踏み切るつもり。てずっと書いてたけど、ホントか?

[] ポコ・ア・ポコ。  ポコ・ア・ポコ。を含むブックマーク

『リトル・バイ・リトル』-島本理生。読了。

あえて何かをひた隠し、書くべきと思われるとこを書ききらないとこが不満だと、彼女の某作について某賞の選評の中で文句言ってる某えらいひとたちがいたけど、彼女の描くこのような文章でそんなもの書く必要ないだろう。となんとなく思う。語ることで語りうることもあるなら、語らざることで語られることばもある。そうだろう?と。

なんとなく、読んでいてくるりの「ばらの花」を思い出した。ていうのは彼女のそいうスタイルと無関係とは思えない。なんてちょっと思ってもみたり。いや、思うだけ。

[] チッタ・アンド・チッタ。  チッタ・アンド・チッタ。を含むブックマーク

堂島孝平のチッタ川崎公演のチケット予約。『First Beginning』の名盤具合に昨今改めて気付き、シングルヴァージョン「45℃」はiTunesプレイリストにてパワープレイ。全ての基本は、強靭な美メロと、繊細なハーモニー。これを知ってる音楽屋は、自然と泣くという衝動の意味を、理解しているんである。たぶん。

スネオヘアー川崎チッタ公演のチケット予約。正しく青春という言葉の病理を語れるのであれば目の前でそれを体現してみせて欲しい。「Over The River」が川越のことを歌ってたて『CAST』の過去インタビュー見て、思わず本を叩いて笑いたくなったぜ。やっぱ素晴らしいよ、スネオ。平日昼間から良い身分で徘徊してた新橋の街であのとき見た風景を、僕にももう一度、ほんの少し垣間見せてくれよ。

2004-04-25  Magic Number.

引き続きテスト期間中です。 引き続きテスト期間中です。を含むブックマーク

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[] No.74.  No.74.を含むブックマーク

『ジョン・シルバー』-唐ゼミ、鑑賞。(http://mmcs.edhs.ynu.ac.jp/~karazemi/)土曜日公演2日目。横浜みなとみらい臨港パークでの蒼テント公演。花道に座らされたために色んな意味で身体中が痛んだ公演だったが、つまりはこれがテント劇において共有される特権的肉体、というものなんだろうか。

……という冗談はさて置き、この芝居はとにかく、役者の実力がはっきり理解る劇と思う。台詞、周囲との掛け合い、静と動の切り替え等々。その辺りのバランス感覚に優れた劇、というのは前回公演と同様の感想。そして言うまでもない、というかなんつかだけど、前回に比較しての役者のスケールアップがともかく印象的。海沿い、ヘリと波の音が揺さぶるそのロケーションの反則さも手伝って、文字通り貴重な「体験」でしたよ。お疲れ様でした。

[] No.509.  No.509.を含むブックマーク

curve509』-curve509、購入。元L⇔R黒沢健一と木下裕晴、他2名のバンド。うねるベース、適度に歪んだギター、何より洗練された美メロと声の存在感。確かな恍惚感。たった28分には聴こえないこの密度。

けどいささか首を傾げてしまう部分もなくはない、てのは正直な感想。ソロデビューシングルの「Wondering」聴いたときのあの衝撃がもう一度欲しい。

つか黒沢健一程のメロディメーカーは、器用貧乏で終わってはいけないですよ。と思う。「Too Lonely To see」での幕引きは、確かに繊細さに満ち溢れてはいるかもしれないが、これに続くものが聴きたい、と切に願う訳ですよ。

それはそれとして、何時ぞや渋谷で目撃した石田小吉との共演がも1度みたいすね。天才よ、天才を呼べ。て。どぉぉ?

2004-04-24    重い月。

テストです。 テストです。を含むブックマーク

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[] アオハルブルース アオハルブルース。を含むブックマーク

『青春ブルース』-斉藤和義(どうしたビクター?て感じな通常アルバムCDDVD)と、『ヒコウ』-スネオヘアー(ふざけるなSレコ、という感じの以下略。けど買ってしまって気分的には敗北。シングル。)前者は最高傑作、という帯コピーには首傾げるも、悪くない佳作。

そんなで後者。春っぽい、と本人が言ってるらしい王道ギターポップチューン、といった印象。スネオが別れを描いてる割になんだか妙に吹っ切れてる。と思うにはまだ早いぜ。何せスネオヘアだ、単に素直な吹っ切れソング描く訳ないじゃん。と言う訳で、実際聴くと色々とひっかかる箇所が多いんである。そしてそれが曲全体のイメージをしっかり形造ってる。なかなかな職人技。

展開は、サビ→Aメロ→サビ→Aメロ→サビ→フィナーレという展開。サビスタート、て王道だけども、実はスネオにおいては珍しい気はする。印象的なサビを叩きつけてるのだけどもどうも違和感がある。

コードはG→Em→C→Dという実にシンプルな展開、ところがこのサビ、最初の「グッバイ」がレ→ファ#なんである。違和感の正体はまずはこいつだ。いきなりの情熱的なサビで4度、ではなく半音落として3度の跳躍、主音のソには帰らず半音下で留まりM7thの和音を強調してる。あと半音飛べって!歌いづらいし、なんかひっかかんじゃん!みたいな音の跳躍のこの曖昧さ、中途半端さ。「グッバイ」てフレーズなんてリズムが歯切れ良いだけになおさら気になる。

そしてサビの終わりC→DときてさぁGに帰ればいちにのごで今までのうやむやもすっきりさ、と思ったらいちにさん、てEmで止めてやがる。並行調かよ!つかもろにメジャーなスタートでマイナー終止かよ!と小一時間突っ込みながら繰り返し聴いてしまう。まぁここで焦らしといて最後にはGに帰るだろうそのほうがカタルシス大きいものね、て期待をこめて何度も聴くんだけど、何度聴いてもこの音楽データは強情にもEmで全て終止してる。

まぁいい、スネオの生き様はサビにのみあるのではない。シングル曲の多くにつくサビの後のフィナーレ、これが肝心。『アイボリー』の「増長する欲望と〜」の下りや『セイコウトウテイ』の「一度は消えてた君の横顔が〜」の下りにはいつも泣かされそうだものな、と思ったら……ファルセット……。歌詞カード見たらもう泣きの歌詞には違いないんだけども、今までの曲の開き直らんばかりの力に満ちた歌唱とは外れた印象がある。

ところが、この要素それぞれ絡み合うと、も1回、も1回聴きたい、となるから不思議だ。よく考えると絶望の中にキボウを見出しながらでも結局は煮え切らない、というスネオの特徴がキボウ溢れる歌詞とカタルシスがあるよでない曲構成の幾つかの要素が絶妙に融合してなんとも言えない魅惑を醸しているんであります。

で、後奏まで聴き終わると、Em→D→G、ときちんとGに帰っていたりして。そうなると、やっぱり彼の強がりも、救いがあるように聞こえるから、春の歌て不思議ね。

2004-04-17  i’m a broken piece, alone !

[] Lost 90's.  Lost 90's.を含むブックマーク

『90'S MY LIFE returns』-the pillows が届く。

 http://www.pillows.gr.jp/p/info/contents.html

14年前のピロウズ音源の復刻版。日本一分厚い音楽誌『CAST』でお馴染み笹川氏による愛情たっぷりの解説を読むだけでいきなりおなかいっぱい。

……だけで終わっても藝がないな。サクッと聴くに同じく初期インディーズ音源の『パントマイム』に比べるとクオリティがなかなか高く、メジャー作『WHITE INCARNATION』や『MOON GOLD』に比べると良い意味で荒く蒼い。透明感と繊細さとポピュラリティに満ちた良作。文字通り掘り出し物ですわ。(「ぼくはかけら」が『Penalty Life』のシークレットトラックで流れても全く違和感がなく響いたところにこの盤の曲の質の高さが伺える。)

つか僕にしてみりゃ上田ケンジという天才(類)が山中さわおという天才(友)を呼び一瞬の煌きを魅せた、てそれだけでお手上げ。石田と車谷級に反則な組み合わせ。最も、二度とその音は戻ってこないからこそ、過去の共演は美しいのでありました。

[] こんな味だったけな?  こんな味だったけな?を含むブックマーク

『薔薇の花の下』-狗飼恭子、読了。恋愛小説家による恋愛小説家恋愛小説。てか。繊細な文体で色々とすり減らして文章書いてるなぁと感じた初期、その痛さが薄れた中期を経て結局たどり着くのは自己言及なのか。と首を振って本閉じるにはちょっとひっかかってしまい、やっぱり5ページ進めばはっとする表現が見つかったりして、結局はこれも才能なんだろうなぁ、と思う訳であります。

書かずにいられないから書く。物語の中で切実さを訴える文章屋よりも、そのスタイル自体でそう訴える文章屋のが余程切実と思う最近の僕で。

2004-04-15  アウラは空気にはなたれて。

[] 不器用に歌いきれ。  不器用に歌いきれ。を含むブックマーク

AIR_one {2004.1.10 yokohama arena}-AIR 購入。

基本的にライヴ映像の価値てのは、CD音源との「差異」を味わうことと、僅かに残された音楽屋のアウラの断片を浚うこと、そして資料的価値にあると考えているのであります。特に最初と2番目は快楽的音楽消費者には重要な要因。そして自分がいったライヴの場合3つ目の価値はちょっと上がる。

そんなとこで僕はPVDVDついてきても殆ど見ませんで、ライヴDVDやらVHSはことある度にかけるのです。もっとも映像は余りじっとはみない。基本的に音。けどすげぇプレイ屋のすげぇプレイには自然と目がいっちゃうモノではあるですね。今はウィンドウの隙間からのぞける佐野のドラムに唸っております。

とにかく予想に違わず、実際ライヴで観るのはともかく、BGMとしては実に素敵なDVDですわ。MP3化で録って持ち歩こうかな。

2004-04-12  すべてを台無しにするような。

[] For my First Love.  For my First Love.を含むブックマーク

まるで夏だ。初恋の嵐川崎で捕獲したんで聴いてみてる。風呂上りにソフトロック。最初で最期の快作。『初恋に捧ぐ』-初恋の嵐。ご機嫌になってしまう。ビールが飲みたくなってくる。飲んだらたぶんこの気分ぶち壊しなんで絶対飲まないけど。

「夢から醒めたいんだ/僕に答えを見せてくれ」

まるで夏だ。初恋の嵐をかった店にはシュガーベイブが流れてた。初恋の嵐の西山はいなくなり、達郎は未だ歌い続けてる。それでも変わらないのは、CDを回せば、何時でも彼らの歌は、生きようが消えようが流れ続ける、ということだけ。「そんなかけらの積み重ねで、僕らはそれぞれに、少しずつ大人になってゆく。」らしいね。まるで夏みたいだ。素晴らしいじゃないか。実に、素晴らしいじゃないか。

[] OH!ANGEL.  OH!ANGEL.を含むブックマーク

『天使なんかじゃない』-矢沢あい 読了。殆どプロットはご近所ですかね。完全版最終巻の解説にBUMP OF CHICKENの藤原基央が寄稿してたのが妙に面白かった。実に率直な感想なんである。ロックンローラーはこうでなくちゃいけない。こう呼ばせてくれないかぁ……

つかもぅひたすらマミリン万歳なんですよ。矢沢は脇が光るという傾向。

2004-04-11  キミガツキナラ/ボクハタイヨウ 3。

[] 断片3。  断片3。を含むブックマーク

http://d.hatena.ne.jp/assa/20040410http://d.hatena.ne.jp/assa/20040411の続き。相変わらずネタばれ注意。カレカノ。彼氏彼女の事情白泉社刊。


海へいこうありす/夏になったら/誰にも内緒で/海へ行くんだ/ふたりで/太陽がきみをきれいにするたび/月は追いかけてきてぼくをひとりぼっちにする/過去と未来のはざまで/ぼくはまた/きみの夏をみおくる/海へいこうありす/まぶしい夏にぼくは手をふる/懐かしく/みおくりながら

(『ぼくの地球をまもって』-日渡早紀

今夜トウキョウタワーに月はササッテル/鮮明なフィルムネガのように/暮れ行く夕日に溶け込んで/なんだか悪くないな/と思わせる

(「現在位置〜You are here〜」-スネオヘアー

実を言うと、僕は結婚したことによって初めて、自分がこの地球という第三惑星に住む人類の一員であることをありありと実感することになった。僕はこの地球に住み、地球太陽のまわりを回転し、その地球のまわりを月が回転している。それは好むと好まざるとにかかわらず、永遠に(略)続くことなのだ。

(『ねじまき鳥クロニクル』-村上春樹


Sunshine is going on/変わらない静かの海の向こう//Moon どこまでも/銀の雫続くこの道は/Sun 夢はまだ/終わらない、強く照らし出すまで

(『Moonbase』-SCUDELIA ELECTRO


とまぁ「月/太陽」て二元論でもって何か描こうとしたであろう処々の断片について思い出しつつピックアップしてみたのだけど。ふと気付いた。どれもこれもふたつの断片取り上げるだけで片付かないじゃないか。当たり前のことにふと気付いた。視座、海、軸、回転の中心、道。まぁなんて呼んでも良いけど、つまりは主体、というか主語、スネオが言うところの「現在位置」。誰が何処にいて月と太陽を見てるか。結局そこに欠けてるのは村上春樹が看破したように「地球」そして「回転」そして「周期(繰り返す時間)」という視点だったりする。地球。回転銀河。時計はまわり続け、誰にも止められない。それでもある主体には静止した時間しか見えなかったりする。回転してる地上は静止してるように感じる。動と静という対立のはざまに立ってる、その位置感覚。

じゃぁカレカノにおいてそいう「軸」は何処にあるか、て考えると……暫く悩む。そもそも「彼氏彼女」てタイトル自身二元論的だ。なんて。「表/裏」「光/影」。だから二元的なモノの解決のために「(ネタばれ危険)」という概念を使おうとしている訳かもしれない。


ときどき隠れながら廻る……。時間の静止。空間の崩壊。そうかそういうことか。てひとり納得してすみませんね、すべてはぼくだけのMissunderstandingかもしれないけどね。

[] 断片3.5。  断片3.5。を含むブックマーク

断片3。気付けば中身は空っぽだった。ごめんなさい忘れて下さい。

「有馬の人格の出所はどうやって説明すればいいのか」

つか人格て血で決まるのか?て思うけども。いや、決まると思う。ある程度は。こないだのあるあるスペシャル血液型特集が周囲で割に話題になってたのを見ると、結構血と人格の関係性みたいなのに潜在的に人間は意識的なのかもしれないなぁ、と。それはこじつけだけども。

ともあれ家庭環境、て見ると確実に性格への影響はあるですね。ない訳ないじゃん。最も身近な他人が居る場所だもんさ家庭。その他人との折り合いつける仮定で、仮面持つ、つか、良い子演じる的な役回り引き受ける人間は確かにいる。その反面好き放題やるやつもいて、その間で家庭という社会はバランスとっている訳ですよ。たぶん。(別段誰の話をしてる訳でもない。)

元々生得的な性格みたいなものがあるとして、その性格みたいなものはたぶん家庭の中でまず基礎を築かれる。親の背中見て育つからまずそこで生得的な性格がより具体的な性格に固定化する。固定化した性格は今度は社会保育園幼稚園学校)で明確に相対化され区別される。あの子はこゆ子だこの子はこゆ子だ。と。そんなこんなでコミュニケーションの数が増えていく分だけ「自分はこゆやつだ」という自意識が肥大化してく。ピークはやっぱり思春期なんじゃないですかね。20代ももうすぐ半ばで未だにピークです。成長遅いから。てひともいるんだろうけど。(別段誰の話をしてる訳でもない。)

で、まぁ有馬の場合はというと、「いいこにならなきゃいけない」という Adapted Child 的傾向の異常な強さゆえ、きっと成長の過程でそれはそれは多くの挿話があるはずで、その挿話の総和導き出したらそれはそれは膨大な数の「肥大化」の兆候があると思うですよ。それをいちいち描写してたら月刊連載成り立たないし、別に読者は精神医学者でも臨床心理士でもないからそれをこまめに分析してる訳にもいかない。読者にできるのは、隙間隙間の断片を覗くことによりただ想像することくらいだったりする。けどこの想像てのが物語の流れに適うものであればあるほど想像力は別の伏線と連なり、より深いものへとなってく。想像力は物語に参加し、物語は想像力の飛躍を助ける。つ訳で、比喩的に言うなら、有馬の自我形成に対する「何故?」の答えは読者自身の中にある、といっちゃうしかないんでなかろうか。と思う訳であります。

結局は、その過程で、読者の自我はきっと固定化してく訳ね。少女マンガて、(主に小学〜高校生女子の)成長のためのツールなんだなぁと最近改めて思ったですよ。あーまとまらない……。

2004-04-10  キミガツキナラ/ボクハタイヨウ 2。

[] 断片2。  断片2。を含むブックマーク

http://d.hatena.ne.jp/assa/20040410の続き。相変わらずネタばれ注意。カレカノ。彼氏彼女の事情白泉社刊。

「けれども、漫画でも文学でも、そのリアリティの有無の境界線がはっきりしないのは作品としてどうなのでしょうか?」

物語、という概念をどう捉えるかによって変わってきてまう気はするけど。極めて一般的に「物語」てのを捕らえた場合の話ね。まぁひとつ或いは複数のテーマ(或いはキャラクター)を起承転結で並べて描く、てやつ。

先ず誤解ないように言って置くと、フィクションの中のリアリティと現実の中のリアリティて異質なモノと思うのよ。背景としてる世界観(無意識的に語彙が大塚英志的だな)からして違うんだから当然の話でありまして。

そもそも現実の世界においては個々人の次元においてでさえ何がリアルに感じて何がそうでないて感じるかて違う訳ですよ。けどそのフィクションを共有してる人の間では同じ世界観を共有することによって擬似なリアル(=フィクションのなかのリアル)を体感できる訳ですよ。僕の中でこの「共有」て感覚がキー。

ところが読者(メディアの受け手)の間での感覚の違いてのは当然またこれも個々人で変わってくる訳で。殴るシーンに何らかの共感抱く人間もいれば会議中にこそり手を繋ぐシーンのモノローグに共感するひともいて、中には手の甲にナイフ突き刺すシーンに感慨を抱くひともいる。だけどそんな作品の細部なんて実のとこ「物語」を描くために並びたてられた断片でしかない訳ですよ。

重要なのは断片自体ではなく、断片を並べたことで生まれる全体像みたいなものと思う。その全体像が明確かどうかの尺度が「アリ」かどうか、てことだと思うのだけども。あえて言語化するならね。結構この文章書くの苦労してるし言い当ててる自信はない。第一、『おたくの精神史』読了したばかりなせいだと思うけど、大塚英志の影響受け過ぎだ。(つか、ここで大塚英志のアンチテーゼ的な持論かざすと議論がこんがらがってくに決まってる。で、その「全体像」への「断片」の整合性がそのフィクションにおけるリアリティだと思うのですよ。

僕なんかは、例えば「その日"彼氏""彼女"になりました。」てのは読んでてこっぱずかしさが先行するので直視できない部分が大きいのだけど(笑うとこです)、有馬と雪野の関係性のリアリティという観点で見れば(3話の直後てこともあって)殴るシーンと連なるものがあると思う。そこへ来ると後半の有馬の内面のどろどろはビミョウに(実にビミョウなんだけども)ずれてる気がする。それが違和感を生むのかもなぁ、と。今思うと。つまりはそんなことです。「アリ」てのは。


いや、この辺りまとまった文章書きたいんだけどね。物語論やってください、て昔ゼミのセンセイからリクエストされたこともあったし。特に「断片」とその断片の持つフラジリティ、物語の物語性から切り離された曖昧さをいかに語るか。これ一生のテーマです。大塚英志の物語論が「殺した部分」、そして東浩紀が「萌え」を語ることによって語った部分。けど断片を活かすは「萌え」だけじゃない。絶対そうだ、と信じて病まないのですよ僕は。考え全然固まってないけどね。まだまだ思い月。

[] ロマンチスト&シニシスト。  ロマンチスト&シニシスト。を含むブックマーク

http://www.five-d.co.jp/boom/15th/

あー。なんかすごいTHE BOOM的だ、とぱっと見て思った。実際実行してるのはFIVE-Dな訳だけども。

CCCDだすつもりはない!」と言って無料CD配って「クチコミ宣伝依頼」をしてしまうあたり、音楽という理想を(よくもわるくも)信じてる姿勢が伝わってくる。いかにも宮沢和史的で笑ってしまいつつも、こゆ流れが何処かにないと絶対世の中悪いほう悪いほう行くだけだろう、と思わなくも無い。少々の圧力には屈しないだけのキャリアを持ってるバンド・演奏家・音楽屋、そして彼らを束ねている事務所群には是非これくらい積極的な「反CCCD」宣言を出して欲しい。社会的影響力も含め。問題提起しないと議論だって偏って固まってそれで終わりじゃんかー。と。

因みにこういう「音楽の理想」みたいの僕は信じてみちゃうタチですわ。何せロマン主義者だから。はは。


ところで15周年て聞いてふと気付いたのだけども、THE BOOMthe pillowsて活動年数一緒だったのね。なんか活動スタイル自体はまるで対極で、それがちょっとおもろい。基本的にヴォーカルがソングライトして引っ張ってるバンド、てのは変わらないのだけどね。長く続く秘訣て、やっぱその辺りなのかなぁ。とかとか。

2004-04-09  キミガツキナラ/ボクハタイヨウ

[] 50の地図 50の地図。を含むブックマーク

http://mypage.naver.co.jp/encore/50.htm

これちょっと自頁の「dic.」でやってみよかな。と思ってみたりして。1個たまたま一致してた文章あったんで、それで4つ乗っけてみました。『50』。

http://park12.wakwak.com/~asap/dic/

「テキスト」は過去作で水増しして「友達」「片想い」「リストカット」追加。何時になったら埋まるやら、ですが、まぁ長い眼で見てやってくださいな。

[] 断片1。  断片1。を含むブックマーク


某所で飛び出したカレカノ話について。つかなんつか。読んでない方、或いは観てない方、ネタバレ入ります。

『彼氏彼女の事情』-津田雅美

『彼氏彼女の事情』-GAINAXカントク庵野秀明

あのアニメの何が衝撃だったてあの第3話の展開だったりする。

先ずは優等生の持つある種のコンプレックス、その後で思春期特有の二面性を、それらを庵野独特の演出(スピード感ある台詞と静止画像×鷺巣詩郎音楽の対比)で以ってメリハリつけて描写する。そして肝心なのはオチだ。雪野による右ストレート。

最初は3話連載だったせいかもしれないけど、はっきり言って、このシーンでこのマンガアニメ)終わってると思うんよね。つか、描くべきモノは全部描いちゃった感じ。少なくとも宮沢と有馬の関係性については。


宮沢を太陽と、有馬を月と形容して後に語られる関係性な訳だけど、そんな「陳腐な」比喩なんかよりずっとこの場面は鮮やかにふたりの関係を体現する。自らの二面性に苦しむ有馬をぶん殴ることで「これが本当のありま」と言い放つこの瞬間が全て。仮面被ろうがなんだろうが君は君で私は私でそれ以上でもそれ以下でもないつーかあなたも自分も素直になれよでないとそこから何も始まらないじゃん、て乱暴に要約するとそんな感じですか。


そう考えると15巻辺りの津田雅美は最初の方で鮮やかに圧倒的なテンポ感で解決させてしまった命題を重苦しさと過剰な繊細さで描き直してしまってる、という印象がある。けど結局のとこ、至るプロセスと空気感が違うだけで、導かれる結論は結局余り変わらないのよね。庵野秀明朝日新聞のインタビュか何かで「最初はシリアスさと軽快さのギャップが面白くてアニメやったけど、後に有馬の内面が邪魔になった」的なことを言ってた理由が理解る気はする。(何せ彼は重苦しい例のアニメを自己啓発セミナな祝祭の中で締めくくったカントクさんなのだ)。


話逸れたけどそう考えるとこのマンガでずるずると描かれてる内面云々とかて余り肝心ではない気はする。例えば芝姫と一馬のエピソードが軽さと適度な重さを巧いこと両立させてたりして、純粋に楽しめるとこを観ると、キャラ全員の「影」を綿密に描く必要はないんでないかな、という気はする。少女マンガて、ミーハーさを前提としたメディアて気はするしね。第一僕は、一馬や芝姫の闇なんて観たくないですよ。はは。

[] 断片1.5。  断片1.5。を含むブックマーク

因みに当たり前の話だけど、上記のような命題の解決はフィクションだからこそ許容されるモノだったりする、てのは大前提ですよ。殴っただけでそゆのが解決するなら警察は要らない。ただ、殴られるくらいの衝撃がきっかけくらいにはなる、て方がリアルかもしれない。

だけど何度だって言うけど、僕は少女マンガにリアリティは求めていないのであります。昨日「有り得ないだろ?て展開だから少女マンガは読めない」て言うひとがいたけど(勿論男性です)フィクションて有り得ないからフィクションなんじゃないですか。思うに「有り得ないけどアリ」てのを描くのがフィクションの役割なんだ、と最近なんとなく理解ってきたのであります。「ぼく地球」のフィクション論争とか読みながら。

後はその「アリ」具合をいかに現実に回収してくか、てのが僕の中での今の裏テーマです。とりあえずその辺りの結論は保留。保留はするけど、これてポピュラー芸術全般に言えることですよこれは。絶対。

2004-04-04  BAKUたちだけの天国。

[] GET BAKU JoJo !  GET BAKU JoJo !を含むブックマーク

折角なんでまだBAKU話。またかよ。ごめんなさいね。なんかタイムリーだったから。

たまたま家にブクオフで捕獲したまま転がしたままの『LIVE AT BUDOKAN JUMP THE STREET 1992』-BAKU を発掘したんで観賞してみる。92年1月、解散発表(つか車谷の暴走)の3ヶ月前のライヴ。確か解散はこの時から決まってたとインタビュで言ってた気がする。つまりはそんな時期。車谷の「隣にいるよ」はCD音源よりずっと感動、イノセントな空気感、失望、絶望。「葡萄館で歌えて仕合せです」とか言いながらなんだその達観した表情は。そしてアンコールの「ぼくたちだけの天国」の大合唱は、スパイラル横浜アリーナ最終ライヴ映像の「People」大合唱に通ずる感動があった。うるんでしまいそうだ、あはっは。車谷には達観の表情がよく似合う。因みに石田小吉とレコーディングした音源をBAKU名義でリリースで発売したのがこの7か月後であります。

http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040403

つ訳で謎ときがひとつ。Dragon Ash 経由ですか。因みにKJに食われ過ぎな「Right Riot」は車谷ファンには(たぶん、すこぶる)評判が悪い駄曲という印象であります。その繊細な声にヒップホップは似合わないさ。その辺り聴くなら「夏の色を探しに」辺りを聴いてくれー。因みに、KJとの狂演に1車谷ファンが抱いた印象のサンプルとしてはこちらを参照↓。

http://members.at.infoseek.co.jp/kurumataniisan/neta5/index.html

けどDA経由なら僕の唯一好きな彼等の名盤Buzz Song』でかなりリスペクトしてた『MY LIFE AS AIR』辺りを聴くよな気がするのけども。そこでどうして直にBAKUに行くのか。車谷の声が嫌いだけど曲が聴きたい、てとこなのか。音が煩過ぎる、てことなのか。つか僕の疑問の中心は「なぜBAKUなのか?」てより「なぜスパイラルライフじゃないか?」なんじゃないのか?徐々に話題逸れてってるぞ。んー。

つかそもそも別冊宝島を参照してBAKUに辿り付いた、てことは、きっとそこに「Spiral Life」の文字もなかったてことな訳で。著者的に「AIR」を「元スパイラル」と書くより「元BAKU」と書いた方がウケが良い、て理由でスパイラルを書かなかったのかもしれないし、或いは書いてあったけど、彼はそこを読み飛ばし「BAKU」という活字に目を奪われたのかもしれない。どちらにしても言えることは、情報の断片化というかなんつか。それだけ知ったらそこで終わりな感覚、ていうか。自分の興味の範囲を点で捉えることへの(或いはそう仕向ける書き手側の)何処か刹那的な執着というか。

因みに僕の場合は車谷という素材の発言、行動の遍歴と音楽性の変遷との結びつきに余りの面白さを感じ、実証的物語化みたいなことを自己完結的にやってる訳で。なんて難しいこと言ってるけど、要は、BAKUには「こどもを振舞った車谷」、スパイラルには「オトナになりかけてなれなかった車谷」、AIRには「こどもな感性に還った車谷」を見出してるてことなのよ。こうやって並べつつ音を辿ってくと、こんな面白い音楽家ていないと思うのだけども。そしてそんな彼の中の物語が結実した瞬間が、石田との衝突で生まれたスパイラルの一瞬の煌きと思う。この瞬間の眩しさのためにBAKUは色んなモノ溜めてきたし、AIRはその眩しさの残滓で今迷走しながらどうにか前進もうとしてる。そんな気がしなくもない。て、鹿野淳的でごめんねさいね。

とにかく言いたいことはいつもひとつ。聴いてよ、スパイラル

[] GET BAKU Paul !  GET BAKU Paul !を含むブックマーク

未だ続くのは、長文なんで書き込み分けてみたから。そろそろ畳み始めたいBAKU噺。

ところでといった感じで関係ないとこでひっかかった世間一般から見たBAKU観について。下記。

http://nancy.cocolog-nifty.com/music/2004/02/baku.html

学園ロック(?)なPV映像を見てBAKUを想いだし、BAKUの時期を境にポップスが陳腐かしてったのかもなぁ、との論評。BAKUだけにその責任追い被せるのは可哀想な気もしなくもないけど、肯けなくはない。

因みにメンバーであり、車谷の友人だったベース阿部がメジャーデビュを目前に事故死、が正しい。この事件がきっかけにより車谷はよりメジャーレーベルでの活動に執念を燃やしBAKUの狂騒ムードを加速してたような雰囲気がインタビュを読むと何となくある。気がする。そう読むと、ぞうきんとか、実は結構シニカルな曲に聞えるんよ。

さてそこへ来てこの「PV映像」の出処気になって、探してみたら、彼等らしいすね。

http://www.manilaba.com/pro/pro.html

マニ☆ラバ……名前だけ聞き覚えなくはないけど、小林武史 featuring AKKO や爆風スランプの曲の聞き間違いかもしれない。音を聴いたことはない。青森パンク、て文字に笑ってしまった。そいやBAKUの谷口の振舞いと車谷の3コードを多用したギター鳴らしは何処となく雨後の筍状態ででてきて最近下火になったぽい青春パンクバンド群を彷彿させた気もしなくもない。んー。

けど歌詞だけ読んで解釈するのもあれだけど、どうしたって、車谷のそれは「上から見下ろした幼稚性」であり、この歌詞は幼稚性から背伸びした歌詞としか見れない。この違いて結構あると思うのだけども、どうだろう。

ところで最初引用した記事の「成長してこれはおかしいって気が付いたのか」て記述。これは違うと思う。だって、車谷は、いつでも成長途上だから、車谷なんだ。とさ。なんてね。



追記。教室でモップやらバケツやらばら撒いて歌う、てと僕はLINDBERGの進研ゼミCM思い出す訳ですが、この話題続けると多分BAKUどころでなく長く私的な匂いに満ちた文章になってしまうのでひとまず保留。とりあえずこの辺り(http://d.hatena.ne.jp/assa/20040203)参照てことで。

2004-04-02  on and on / love and hate / me and we...

[] sync. & think.  sync. & think.を含むブックマーク

せっかくなので、も少しだけバカ話もといBAKU話。http://d.hatena.ne.jp/assa/20040329 に関連して。丁度低速で大塚英志おたくの精神史」を読んでるとこだし。80年代論との接続云々。下記参照。

 http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040329#1080487280

 http://www.socion.net/soul/index.php?itemid=311

 http://d.hatena.ne.jp/shinimai/20040331#p1

基本的に「データベース消費」云々で語りやすい部分ではあるとは思うのだけども、この辺りて聴いてる当事者達がどんな意識で音楽を聴いてるかによってくるてのもある訳で(詳しくは手前味噌拙論文を読んでください。)なんともいえない部分ではるけど、あえてなんとか言おうじゃないか。試論。

サンプルはアイモカワラズ、スパイラルライフを知らないAIRを聴かない(?)BAKU好き。車谷と石田の92〜96年の輝かしきキセキ(物語化)を知らないてことは少なくとも「歴史的」には聴いてないよな。てことはやっぱりデータベース消費ですか、てことになる。音楽情報として扱い、手当たり次第にランダムにピックアップし消費する。うん、合ってる。

しかし、僕の持論によれば「データベース消費」は「新たな物語消費」の過渡期に過ぎない訳で(詳しくは手前味噌拙論文を読んでください。)、2000年代に単純にデータベース消費なんぞ復活させてたまるか、て気にもなってくる。じゃぁ何か、て考えるとひとつふと思い立つ部分がある。

BAKUは諧謔の音楽だったりする。そもそもこのバンドはシニカルな車谷が「デビューしやすい」という理由で当時のバンドブームに乗じて悪乗りと計算を組み合わせて造ったバンド。その根底にある「自己批評精神」こそが車谷の後の音楽人生へのキーだったりする訳で、横目で自分の姿を薄ら笑いながら消費されるために量産した音楽に塗れ「非意味」を積み重ねた結果、積もり積もった「自己表現(意味)」への欲求。それこそがギターを折っての解散発表に繋がっている。と思われる。詳しくはロケオンの20000字インタビュでも参照してみましょう。

諧謔の音楽。宮台の言い方借りれば、「シャレ」の音楽。ところが80年代ブームという「流行」に乗ってBAKUを聴くひとはきっとこんなことまで考慮していない。つか、できない。何故なら、音楽本体と「BAKUスパイラルAIR」という音楽性の変遷の裏に隠れた「車谷」という物語との断絶があるために。すると彼らは宮台の言い方を借りれば「奴ら」……じゃなくて「オシャレ」として音楽を消費してる。てことになる。のか?けどそれ解せないのよ。どう見ても、どう聴いてもオシャレな音楽には見えないし聴こえないさ。てことは、オシャレでもなんでもないけど私はBAKUが好きだ!というとても主体的な判断がそこにあるものと思われる。「私は聴く」。おー接続できたじゃないか。(詳しくは手前味噌拙論文を読んでください。)

つまり何が言いたいかて言うと、結局はBAKUを聴く彼/彼女の関心事は「車谷」という主体ではなく「私」という主体だったりする。それは無意識な「自分が生まれた時代(かつ失われた時代)=80年代への回帰願望」を含むのかもしれない。イッツ・ソー・ノスタルジック。それは「歌い手」の立場ではなく「聴き手」の立場による「音」の再構成、そして音を再構成することに立ち顕れる似非自分史へのアクセス、即ち「物語消費的側面」を含んでるのではないか。90年代をスキップするのは先述した通り、自分の音楽聴取史の闇の部分は葬りたいというコンプレックスがあるため、て解釈も成り立つ。


て、思い付きなんで纏まってないこと書いてるけど、一種のブレーンストーミンとみなして適当にあしらってやってください。よく理解らない方は、手前味噌な拙ろn……

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