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2004-08-26  one missing piece of my fragments.

[][] 似ている君に出逢いたいのに。  似ている君に出逢いたいのに。を含むブックマーク

新幹線にて『平面いぬ。』-乙一、読了。「はじめ」はかなり良かった。後は正直、手堅い、というか分かりやすさが先行してるイメージがある。けど幻想と現実を繋ぐ、というスタイル自体は結構好きだし、「はじめ」はそれが淡さを纏いつつ綺麗にまとまってた気がする。

新幹線にて『Missing Piece』-MOTORWORKS をリピート。余談だけど、川崎タワレコのポップに「石田ショーキチと黒田健一による……」と書いてあって心の中で爆笑してた。誰だよ黒田。せめて石沢と黒田とか、石田と車谷健一とか、ぼけるならそこまでやって欲しいすな。このぼけ、評点は30点。がんばりましょう。3度続くと落第よ

2004-08-22  煙突の煙の行きさきを思い馳せる。

[][] 放つ光を心に焼きつけ話さない。  放つ光を心に焼きつけ話さない。を含むブックマーク

星と重なり打ち上げ花火/隣の横顔よく見える/優しい笑顔君のカタチ/それは誰かが描いたスケッチさ

「打ち上げ花火」-スネオヘアー。『a watercolor』と『SUN!NEO!HAIR!』の2枚に収録された夏の1曲。倦怠感溢れる(実にオトそのものから倦怠感なのだ。夏の湿度の高さが良い意味で再現されてる名アレンジ。両方とも。)夏の風景描写に挟まれたサビの歌詞がこれ。字面に起こすとなんて恥ずかしい詩なんだスネオヘアー

だけど面白いのは、「優しい笑顔」を描いたのが、一人称ではなく「誰か」という第三者だという事実かもしれない。「誰か」というフレーズひとつでこの曲のテキストの持つ意味は大きく変わる。光が弾けオトが胸に轟く。その一瞬の光に移る隣の笑顔の影の部分を、或いは1人称は見逃せなかったのかもしれない。あぁそうか、笑顔をもたらしていたのは、自分ではなかったのか。諦観と嫉妬の交錯。やはり打ち上げ花火てのは、根本、せつなくいなたいものなのかもしれない。無条件に楽しい花火なんて、僕は今まで観た事ない、考えてみると。

……何が言いたいかと言うと、川崎市花火大会、1時間で終わってしまうのはせつないなぁ、てことなのでした。良かったけどね。無い物ねだりなのかもしれないけども。けども。ども。

2004-08-18

[][] far away so close to you...  far away so close to you...を含むブックマーク

コーラスワークが巧くいってる音楽を聴くと、えもいわれぬ快感が鼓膜を通して身体を貫く、そんなこんななコーラスフェティな僕なんです。普段オトを聴きながら歌うとき、僕は、主旋を歌うのではなく、コーラスを歌う。コーラスが音源に入ってなくても、適当にハモる。これは自己満足の領域でやってることなんで、正確にオトが重なってるかてのは大した問題ではない。てのは相対音感がすっかり衰えてる人間の言い訳ですが。この辺りのシコウは元々合唱をやってる人間だったりするのと、ピアノでコードを叩くのが趣味な人間だったりするとこから形成されたんだろうなぁ。合唱部でカラオケ行って最初に驚いたのが、フツウにコーラスを皆がアドリブで歌ってることだった。

さて置き、このハモりたい、という欲求て言い換えれば、声を重ねたい、て欲求てこととされる。ハモネプ辺りで誰か言ってそうじゃないか。「声を重ねるのてキモチイーよねぇ。」まぁ実際、これは古来よりある欲求のひとつだったりするとされる。コーラスが単旋律でなく、違う音をとって同じフレーズを歌うという手法をとるようになったのは、教会音楽の発展から。元々は、ベースの音を指揮代わりに神父だか牧師だかがとって、その音にコーラス隊が音を重ねるようになったのが、和声、てやつの起源と言われてる。最初は単旋律でやってたんだろうけど、そのうち四度の和音(ドとファ)てヤツが発見され、それでミサを歌うのがちょっとしたブームになったらしい。その後、今の和音の基本とされる三度(ドとミ)の和音が発見され、更なるブームをもたらし、いろいろなそんなこんなを経て今に至る。ゲオルギアーデスてドイツ人の本を講談社の青い文庫辺りで読むとその辺りが難しく執拗な分析と共に書いてあるので興味あればれっつちゃれんじ。

けど、こうやってハーモニー歴史を書いててふと思うのだけど、これて声を重ねたい、という欲求とはちょい違うんじゃないか。と。

だってそもそも四度とか三度とかて発明された当初は「きもちわるい音のぶつかり」でしかなかった訳で。究極の調和を目指すなら同じ音とか、オクターブ上や下をとって延々演奏ってれば良かったはずで。それでじゃぁひとはあえてその慣れないうちは気持ち悪かった和音で音楽をやるようになったのか。ゲオルギアーデスは色々と言語との関連で理由を述べているけど、結局のとこ、それは「反発したい」「ぶつかりたい」て欲求に拠るんじゃないか、と。

多声的である、てのは、つまり違う声が違うオトを歌える、ということを意味する。同じことしか歌っちゃいけなかったのが、違うことを歌えるようになった。そしてその結果声と声がぶつかることになった。そんなこんなで生まれる衝突への快感が、和音の隆盛に繋がっていたんじゃないだろか。

実際、調和と衝突て紙一重、陳腐な喩えを使えばコインの表裏みたいな関係だと思わなくもない。全く同じ存在が重なればそれは「調和」というよりかは「同化」だったりする。異質な存在が衝突するからこそ、同化ではない何かが生まれる。

例えばスパイラルライフを聴くがいい。車谷浩司の細い声と石田小吉の伸びる声は全くの異質であり、実際メインボーカル変わると曲の色も全く変わる。しかしひとたびそれが重なると、絶妙な感覚が生まれる。声は確かに重なり、調和している、だけどそれは同時に分裂しているんだ。このハーモニーは、完全に重なることなんて一生ないと悟りきってるからこそ、出せるオトなんだと思わなくもない。僕らは全く別の存在であり、別の道をすれ違って歩いてく。

『Raspberry Belle』を聴くと良い。「ほら見て/凍る言葉の海で/解け出す全て/本当のこと」という裏でかすめるコーラス「i can hear your voice...call my name...」凍る言葉の海から溢れることばを聴こうとする主体は、そこから遠く離れた自分の名前を呼ぶ声を聴き取ろうとする。けど、結局その声は届いたのだろうか?その声は結局一瞬耳に届いたものの、「風と消えた」んじゃないだろうか?そのコーラスの掛け合いが語るのは、分裂するふたつの主体の、一瞬の衝突な気がする。その衝突が、何でか美しさを生むし、その反発感にイメージはより喚起される。

例えばMOTORWORKSを聴くがいい。『Speeder』を聴くと良い。黒沢健一が前向きな声で疾走感溢れるフレーズを歌い、石田小吉のコーラスがそれに重なってくる。乾いた声の黒沢健一の声と湿感のある石田の声は全くの異質。しかもふたりとも遠慮なく自分の声を前に飛ばしている。その声と声のぶつかりは同化と言うよりかは衝突である。しかしその衝突から生まれる熱が、この曲の熱さを助長する。すると曲全体のイメージは統一感をより強くする。もっと速く、もっと熱く。前のめるふたつの声がまるでこう語りかけるようだ。i can hear ! i can hear ! オトが鼓膜を震わした一瞬の情動が、そのコーラスの掛け合いによりもたらされるようだ。

思えば僕らは重なりたい、て簡単に思いすぎじゃないだろうか。そうじゃない。もっと別の方向を歩いてって、突っ走っていいんだ、と何となく思う。それでも僕らは、一瞬すれ違って、小さなヒバナを生み出すんだろうから。そのヒバナは同化という幻想よりか、ずっとずっと、儚くも美しい。その美しさとこそ、僕らは調和すべきなのかもしれない。なんて。

kyarasabekyarasabe 2004/08/18 10:33 はじめまして。いつもお邪魔させていただいてます。彼らの魅力はassaさんのお書きの通りだと思いました。読みながらSLGHの石田氏の「思えば、スパイラルライフとは…」の言葉を思い出してしまいました。…さてラズベリーでも聴こうかな☆

assaassa 2004/08/20 00:14 はじめまして。コメントありがとうございます。いつもサイト拝見させていただいております。書きながらSLGHのコメントのことをふと思い出したりもしてました、実は。反発しながらも惹かれ合う、彼らの声はそんな不思議な魔力を持っていると聴く度思いますね。

unicsunics 2004/08/26 13:22 はじめまして、MOTORWORKSのキーワードをたどってまいりました。Raspberry〜のあの部分、10年たった今でも聴いててこう、鳥肌が立つっていうか、そんな感じの昂揚感を覚えます。
石田氏のコーラスワークは本当にキモチイイですね。

assaassa 2004/08/30 20:53 はじめまして>unicsさん。サイト拝見させえ頂いております。一瞬オトとコーラスとがシンクロして風景がふわりと広がる、陳腐な喩えですが、Raspberry Belleにはそんな魅力が確かにあって、それが昂揚感につながってるのかもしれない、と思った次第です。切ないだけでなく疾走感もある曲ですしね。まさしくスパイラル的ロマンチシズムの極致、といったところでしょうか。

2004-08-11  

[] 昨日の月夜にさよならを告げて。  昨日の月夜にさよならを告げて。を含むブックマーク

大学の同級生、The ワイワイズのシンタロウ氏がBlogをはじめた模様。時間ができたらライブ行く、といい続けて早1年近く。ごめんなさい、時間できたらきっといきます。沖縄で皆で飲み明かした夜のことと、沼津に居た頃くれたメールは今でも忘れない。

http://blog.livedoor.jp/shintaro521/

シンプルで奥深いメロ、奔放な演奏、そしてソウル溢れるうたに支えられた、ポップミュージックへの愛情が溢れるバンドです。是非に御一聴。

2004-08-08  「空から沼の底は見えないけども沼の底から空は見える。」

[] Good day changes...Missing peace...  Good day changes...Missing peace...を含むブックマーク

http://www.outdex.net/diary/index.shtmlより。

MOTORWORKSの「Missing Piece」も8月25日発売。「Missing Piece」は黒沢健一作曲によるミディアム・バラードで、L⇔Rが好きだった人はこのメロディーを耳にした瞬間にきっと反応しちゃいますね。

「Days」みたいな名曲が生まれるといいなぁ……。空に祈っても、時間は戻ってはくれない。

さておき。

今日蒲田ラーメン屋で塩ラーメン食べてたら、店の中でNACK5が流れてるのに気づいた。エフエム埼玉79.5。蒲田で入るとは驚きだ。渡辺美里西武ドームコンサート特集を流してた。L⇔RNACK5と来ると自動的にJAPANESE DREAMという番組を思い出す。いい曲ランキングリスナー投票で決める番組L⇔Rは曲を出せば1位グランプリ獲得、という常勝バンドだった。

僕の感覚的レビュは明らかにこの番組の影響下にある。リスナー投票する際には短い感想文を書かねばならなくて、短くも拙くも詩情に満ちた感想番組には溢れかえっていたりして、僕もそんな感想のまねしてコメントよこしてたひとりだったんだ。実際番組プロデュースしてる富沢一誠は詩情とはほど遠い人物なのだと思うけどもね。Spiral Lifeを知ったのもその番組経由だったりもした。何度も2位に終わっててグランプリをとることはなかったため、無冠の帝王、て呼ばれてた彼ら。名前だけ聞いたことあって気にしてたら、ふとNACK5の別の朝の番組から魅惑のモンキーマジックが流れ出した。ギターのリフ(当時はモンキーズというよりは、LINDBERGの「君のいちばんに…」のリフに似てると思ったものだわ)が気になってレンタルCD屋でSLGHを借りた。最初は全くピンと来なかったんだけど、ある日唐突にピンときた。そのきっかけが、Raspberry Belleと、Where're you from?Where're you going? はなのななのはな。ガラスのタンバリン。

NACK5ていわゆる邦楽寄りのプログラムが多くて好きだったなぁ。今棲んでる川崎ではNACK5は入らず少しかなしいけども。ラジオから聞こえる音楽に耳を澄まして必死にいい曲を探そうとしてたあの頃の純真さは……取り戻せないんだろうな。ラーメンをすすりながらそんなことを別段思ってはいなかったけど。まぁ、なんとなく。

[] を含むブックマーク

id:yskszk:20040804#p2を読んでてふと気づいた。

西武新宿線新宿駅前で待ち合わせたのだが、1時間もはやく着いてしまう。駅ビルのなかに書店があったはずなので、そこで時間をつぶそうとしたのだが、閉店していた。」

 

そいや昨日マレーシア料理食べにいったときの待ち合わせも西武新宿駅ビル前だったなぁ、やっぱ歌舞伎町にはエスニックな店が多いのだろうなぁ、という雑感はさておき、某本屋新宿PePe店はまだつぶれてないすね。階が2フロアだったのが1フロアに集約はしたですけれども。この次はごひいきにお願いします。つぶれるとなんだかんだ寂しいので。

http://homepage1.nifty.com/camomile/shupi/shinjuku/bs_shinjuku_c.htm

しかしここはちょっと面白い。ブックカバーフェティは必見。ちゃんとABC閉店もフォローしてる辺り、放置されてる趣もないし。つくったサイト放置しない、これがよき管理びとの生きる道、よね。

2004-08-06  MOTORWORKS徒然。

[] めぐり合える?Smile?  めぐり合える?Smile?を含むブックマーク

アイモカワラズ、『Speeder』-MOTORWORKS

どうにも日本語ヴァージョンより英語ヴァージョンのが良い感じな理由について本気だして考えてみた……とまではいかないけどアイシンク。アレンジは全く同じなんだけども。その差異について。因みに日本語の歌詞より英詩を気に入るなんて、自分で口ずさめる曲、てのが良い曲観の前提条件な僕にしてみりゃ非常に珍しいことなんですわ。つ訳で、あえてテキスト論に走ってみる。

車フェティなイシダによる車系なイシダの歌詞はどうにも直球に偏りすぎる。「スピード」てのがイシダロマンチシズムの源泉であることは、キャラメルボックスから出たオレンジ色のサントラの中の解説を見れば理解できることなのだけども。その辺り、914然りルカ然りLIVE+DRIVE然り、どうにも先走る傾向がイシダの車詩にはある。気がする。アクセル踏み倒して前のめる、ての?「そう走ることとは飛ぶことなのだ/これを恋といわずなんと言おう?/何処までも何処までも走って行きたいこの衝動/そう僕は君と飛び続けたいんだ」て感じ?なんでソラでこのフレーズ書けるんだ自分。結局好きなんじゃん。

けどこの熱さとか衝動て、クールな演奏を身上としてる(のかは知らないけど少なくともイシダに比べれば歴然とそう見える)黒沢健一が歌うとちょっとばかし違和感がある。確かにフレーズ的には嫌いになれるはずもないイシダ節のカタマリなのだけども、イシダの個性が前に出すぎてる分だけ、それを黒沢健一が歌いきれるか、てのはビミョウという気がする。つか、やっぱ「ポップでクールでキュートでナチュラルなポップス職人」黒沢健一がフロントに立つイメージとは弱冠ズレるのよ。

そこへ来ると英語詞てのはまず、そいう先走り観が前にでてこないのが良い。そのクセ、下の駄訳を見れば理解るけど、日本語に直してみると無茶苦茶ロマンチックなのだ。そこには絶望が根底としてあり、その絶望を圧倒的なスピードで以ってねじ倒したいという強い欲求がある。しかしその欲求に垣間見えるのは周囲をおきざる速度感ではなく、「あらゆる真実のその美しさにロコモチブを贈りたい、そんな願いを。(一部意訳の意訳)」という、周囲を受け入れることを前提としたスピード感である。(「周囲のスピードに置き去りにされてる焦燥」を歌うスネオヘアーとは対照だよなー、と書きながら思ったけど、それはまた別の話。)

そのロマンチシズムをポップス界を彷徨い走ってきた黒沢健一が歌いきったとき、あーそうかこのバンドはこゆオトでこゆコトバを奏でるのだな、という安心感が生まれる。置き去りにされない。オトに受け入れられる感覚。そしてその安心感に身をゆだねられるだけの轟音が背後には突き抜けてる。後はシコウなんて片隅おいておいて、そのオトにダイブすれば良い。30代中盤に差し掛かるオトコ達がこんなオトとコトバを奏でられるという事実だけで幸福なんです、て思えるこのメロハモカシリズムタイギター。やばいです。


あと、三連譜に載せたときの日本語がどうにもぶつきりになりやすいが、英詩だとそれがすんなりリズムに乗りやすい、とか、イシダコーラス黒沢健一ヴォーカルバトル具合がイシダポップス特有の熱さを助長して感動的ですらある、とか、色々書こうとしたけどそれはまぁいいや。詩と詞の表記ゆれはお許し下さい。変換がばらばらなのよ。普段使ってるときにもばらばらだ、てことなんだけどもつまりは。基本的には使い分けてるのだけどね。シ。

[] ゆれる?myself?  ゆれる?myself?を含むブックマーク

やっぱりSpeederは英語ヴァージョンがよいなぁ。やっぱりBPM150の轟音8ビートてのは、影みたいについてくる絶望を振り切る感覚で歌われるのが丁度よい。僕の解釈では、英詞ヴァージョンは、日本語バージョンの過去のことを歌ってるてことになるんだけど、そゆ感じで聴いてみるのはいかがだろう?日本語詞では過去形が多く、英語詞では命令形が多い。英語詞は今まさにSpeederに「僕を光の彼方へ連れてってくれ」て言ってる最中で、「願望」が先ず先行して実際はその願いには届いてない雰囲気がなんとなく感じられる。日本語詞はいきつくとこいっちゃってる感じ。到達とプロセスの違い、ての?あぁそうか、絶望を振り切ろうとするプロセスを描くイシダが、僕は大好きなのかもしれない。

そいやSCUDELIA ELECTROの「水虎の涙」とかもそれ系だなぁ。余談も余談で大脱線だけど水虎は河童の別称、若しくは河童より獰猛な中国の河に棲む妖怪らしい。くちばしを持ち、中国のオリジナルは皿を持たず、固い鱗に覆われている異形の存在。時々ひとを水の中に引きずり込み、人の血を吸う。だけど他人を巻き込まざるをえない自分を自覚しながら、遠く想う他人を不幸にしたくないなんて願いながらそれでも何も変えられずに水の中でしんしんと涙を流しているのだとしたら、こんな儚い存在はないんだろうな。凶暴な感情を抱える存在ほど、その実は哀しみを抱いてるモノなんです。てか。例えば人間の娘に恋をしたらどうなるさ?どうやら水虎は屍体にならないと人の目に留まらないらしい。するとただ湖の底で、水面を見上げるんだろうね。願いは届かない。そう、それこそイシダロマンチシズムの真骨頂なんだろう。光の速さに届けば君を迎えにいけるのに……なんてそれに到達できない存在は、水面の風を見つめながらただ願う。

まぁいいやその辺は。脱線したし。参考。画がなんか良い感じ。http://member.nifty.ne.jp/KGEC/KUGETSU/suiko.htm

2004-08-05  信じて走る。夜は明ける。

[] 時速100マイルの追跡。  時速100マイルの追跡。を含むブックマーク

『こうしてはいられない』-スネオヘアー。スネオのインディーズ時代のシングル。これでスネオのCDコンプリートかな。残り数枚CCCDがあるけどさ。内向的アオハルギターポップ万歳。

因みにもうツアー終わったからネタばらしすると、以前行った川崎チッタのライブの終曲がこの「こうしてはいられない」だった。ダウナーなテンポで、スネオとベースドラムの3ピースで轟音を響かせてシャウトを繰り返して終わったんだけども、あの光景は当面は忘れられない気がする。ヤツは「とびきり明るいの演るから」と言ってそれを演りやがった。あまりの裏切りと衝撃にただ見つめるしかなかった。ことばは信じちゃいけない。信じられるのはオトと、その存在だけだと思い知った。と言うと言い過ぎ?そこに確かに居た。何処にも行かないと、というよりかは、行けないと信じてた。オトは存在を縛り、存在は声にならない声でひとひらのオトを繰り返す。何が起こったのか理解らなかったけど、何かが残った。そんな気がする、なんとなく。

「低いとこから/気持ちが高ぶるのを/感じずにはいられない/こうしてはいられない」

さぁ行こう、と曲は締めくくられる。これも「走り出したい衝動」のひとつのカタチなんだろう。走ったとこで周囲の速度に追いつけるのかどうかは理解らないけど、たぶん向かわないよりかは目的地に向かった方が良い、と思う。そうだなぁ、例えば、からだぬぎすててうたのいくところへうたよりはやくとんでく。とかね。

2004-08-01  

[] ストレスレスなハートビート ストレスレスなハートビート。を含むブックマーク

実に久々にdic.更新しました。「ストレス」という題名。御笑覧下さい。なお、テキスト書きさんに50のお題より題名は採っております。

……マッハ15で、緩やかに成層圏を突き抜けようとしていた。激しい衝撃が、ベルトでベッドに固定された僕たちを包んだのだけど、不思議と恐怖心はなかった……

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