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2004-10-31  

[] 果てしない/闇の向こうに/手が届く?  果てしない/闇の向こうに/手が届く?を含むブックマーク

読了したの大分前だけど。『アフターダーク』-村上春樹

ふと思ったのは、春樹と三人称の関係性について。ずっとそれで書いてきたからてのもあるけど、春樹には基本的に一人称(僕/私)がよく似合う、とされる。今まで多く書いた文章の中で、三人称の文章は殆どなく、一人称の文章が圧倒的に多い。特に長編フィクションにおいては、三人称のみで書かれた文章は、ある文章が発売されるまででてこなかった。

三人称の文章に本格的に初チャレンジしたある文章、てのが、地震連作(読み返そうかな。)『神のこどもたちはみな踊る』。なかなかの好作だけど、あれは、短編連作という形が巧くはまったからこそ活きた三人称だった、そんな感じがする。そして実際のとこ、あれは複数の物語の複数の主観を組み合わせるためにあえて三人称を用いたのであって、どちらかと言うと便宜的な使用だったように思える。その証拠に、神のこどもの各短編は、大体が一人称に置きかえられる。

で、神のこどもの次に発表された前作『海辺のカフカ』。これもまた一人称「僕」を中心とした冒険話だった。但し、この文章の中では一人称のエピソード(僕の話)と三人称のエピソード(ナカタさんの話)が交互に織り交ぜられている。そして、面白いことに、この小説においては、三人称の文章は一人称の文章に変換できない。その中に複数の主人公が並存するからだ。

もうひとつカフカで注目すべきは、「カラス」と呼ばれる俯瞰的存在である。「カラス」は一人称(僕)の物語の中で登場し、「君は……」と「僕」に問い掛ける。この正体は、まぁ文章を読めば分かってくるのだけども、ネタバレはしたくないのでここでは置いておく。ただ、確認しておきたいのは、村上春樹の『海辺のカフカ』は、「僕」を中心とする一人称の文章と、所謂「神の視点」で描かれた複数の主人公が存在する三人称の文章、そして一人称のエピソードの中にある「カラス」という俯瞰的存在が語る文章で構成されている、ということ。

そんなこんなで話はようやく最新作に戻る『アフターダーク』。これは村上春樹史上初、と言って良いであろう、一人称には変換できない「純然たる三人称」で構成された文章である。正確には2種類の三人称の文章で構成されている。ひとつは、三人称のみで構成されたある少女と青年のエピソードであり、ひとつは眠り続ける女性と眠らない男性を巡るエピソード。そしてそのふたつのエピソードを横断する術として「俯瞰」が用いられている。「神の視点」がふたつのエピソードを往復し、話をひとつに繋ぐ。これは恐らく、一人称に代わる存在としてあるという気が読んでいてする。僕と言う自分を語る代わりに、俯瞰を持ち出したのだ。そしてその伏線は前作カフカの「カラス」にあったと思う。但し、その俯瞰主観的な「カラス」に対し客観的で、物語の登場人物達に介入することを許されていない。春樹は「カラス」から主観を取り除き、俯瞰という視点のみを残し、適用した。イメージとしてはなんとなくそんな感じな気がする。

なんて、何処かに書かれたようなこと長々と書いてしまったけども、ようやくここまで辿り付いた。えーと、正直な感想、この挑戦はうまく行ってないと思う。やっぱり、何処か中途半端なのだ。何故って、春樹は一生懸命俯瞰で文章を書こうとしてるのに、俯瞰に全くなりきれていないからだ。俯瞰擬人化してしまった辺りが象徴的だ。俯瞰は「神の視点」であるべきなのに、結局「僕の視点」と混濁してしまっている。これをすっぱり分けることができないと、綺麗に三人称の文章で春樹独特の世界観を描くことは難しいと思う。問題は、割り切れてないってことだ。割り切らないで道具として三人称を使ってしまうから、なんか読んでてピントが合ってこないのだ。鳥目、てことばがあるけど、ほんと真っ暗で余り風景見えてこない。アフターダークどころか、ダンスダンスダンスインザダークて感じだ。どんなだ?

というわけです。消化不良。やっぱ春樹には、一人称がよく似合う。というか、結局、一人称しか書けないんじゃないか?なんかその事実に対して悪あがきしてるような印象も受けたりなんかしてどうにもこうにも煮え切らない。なんか切ないすよそゆの。むー。

[] 白い雲のように舞いし/黒い翼(字あまり)。  白い雲のように舞いし/黒い翼(字あまり)。を含むブックマーク

『けばけば』-村上隆北川悠仁

CDジャケットでコラボレートしてるゆずの顔の良い方と村上隆がつくった絵本。昔個人的に書いた文章で、好きな色は?と訊かれて白、と答える女性の挿話を書いたことがある。「だって、何色にも染められるから。」そんな瑣末なエピソードを思い出してみたりもした。

まぁそれはいいや。つかやっぱり、盲導犬への異様な執着心(http://park12.wakwak.com/~asap/dic/life.html)が象徴するように、僕はなんでか自己犠牲という概念に何故か惹かれるのですよ。これは偽善とかヒロイズムとかそゆのとはまた別のベクトルの何かという気がする。

余談が過ぎた。これ、村上隆以外に書かせたいなぁ。誰、て具体名思い付かないのだけども。「色」という概念の使い方が浅い気がするんだよ最近の村上隆の画て。カラフルなんだけども何かが足りない。浮遊感、とかそゆものも。だって雲はもっと艶やかに空に舞うものだと思いませんか?そして雲の陰影の創り出すその美しさに、目を奪われることはありませんか?

2004-10-26

[] 期待外れの/日々を継ぎ接ぎ/色色衣(字あまり過ぎ)。  期待外れの/日々を継ぎ接ぎ/色色衣(字あまり過ぎ)。を含むブックマーク

前々回書き損ねた『色色衣』-スピッツ。の話。

実はこの収録曲、スピッツ初レコーディング音源「僕はジェット」を除けば全部シングルで持ってるんだよな。わざわざ集めたんだよーカップリングに佳曲多いから。だから新品で買わず、中古で買ったのは許しておくれ。つか、今この時期に新品で買うと手に入らないモノがあるのだ。

何かと言うと、初回限定で封入されてたスピッツメンバースピッツの初期の活動から関わる事務所社長坂口優治と、ディレクターでありMOTORWORKSを輩出したTeenage Symphonyレーベルマスターである竹内修の対談。これ、30センチ四方くらいの紙に小さな字でみーっちり書いてあるのだけど。濃い。実に濃い。つか濃すぎ。こんなもの、スターゲイザーや夢追い虫目当てで半ばベスト盤感覚で買ったライトリスナーは面食らうだろう。ていうくらい濃い。下手な雑誌インタビューよりずっと濃い。

題名をつけるとすれば「スピッツの音的挑戦」。だけど、ソングライティングの挑戦ではない。なんとミキシング/エンジニアリングの方だ。まぁ読めば名だたるミキサーの名前が連呼され、ここでマスタリングやら録りがどうのプロデューサーにだれだれを招いて音的にどうこうとか、アメリカで音録った時のミキサーがベストだとか、そゆ、言わば表にはでてこないギョーカイ話が延々連ねられてる。「レコーディングマガジン」とか読んで面白いと思うタイプの人間だったら垂涎モノな対談だ。だけど、これを半ベストな企画盤の特典に封入する勇気というかマーケットを意識しない天然ぶりがスピッツスピッツたる由縁なのか。だってフツウ、「この曲はこゆ心境でつくりました」て話がこいう対談では中心になるはずじゃんか、「CDデータ」に載るような感じの。そゆ内容もなくはないけど、そゆ内容で読もうとする層には全くついてけないはずだ。そもそも「『RECYCLE』事件て何?」て思うわさ。ライトリスナーにしてみれば。

因みに僕にしてみれば垂涎も垂涎の涎だらだら状態。目当てに買う価値は十分ありました。そもそも僕もマサムネと同じく『インディゴ地平線』や『フェイクファー』のマスタリングには不満を持っていた人間だったのだ。あの篭った感じを、スピッツのSN比と仮称してた文筆業者さんがいたけど、やっぱり何か足りないなぁ、という感覚を覚えたのは事実。『ハチミツ』や『ソラトビ』はそれを逆手にとって巧く世界観作り出せたと思うけど、それ以降、例えば『インディゴ』はヴォーカルや高音の映えが圧倒的に悪く、『フェイクファー』では、佳曲揃いにも関わらず、トータル感みたいのが感じられなかった。前者は最近のスピッツ曲と比較して聴けば一発で理解る。(シングル曲以外に佳曲が少くマサムネの歌唱自体が大人しいてのもあるけど)曲が可愛そうになるくらいの非道さだと思う。後者の原因を探ると、これは音の録りの問題だとやっぱり思う。ギターを歪ませた「センチメンタル」「スーパーノヴァ」みたいな曲と、スピッツ節全開な「冷たい頬」「仲良し」等が音的にうまいこと繋がってこないのだ。これ、双方の音像がクリアで共通項があるなら解決する問題だと思うのだけど、そのサウンド面からみた曲と曲の結び付け方が半端というかなんというか……。

ここまで読んだ賢明なる読者はもぅ……てこのパタンもう飽きたな。そう、そのオーディオ的課題を解決した日本の優秀なプロデューサがいて、それが石田小吉であり、亀田誠治である、て話をしたいんだな要は。石田は日本では屈指のエンジニアである寺田康彦を引っ張り出して、洋楽を強く意識したその手法で以って、スピッツの音イメージの既成概念を完全にぶち壊し、スピッツの「鳴らす」ことへの本能を覚醒させた。特にThe Whoポリス辺りを強く意識したらしいリズム隊のはじけ方は秀逸だ。そしてそのバンドサウンド路線と、かつてのスピッツ道路線を巧いこと融合させたのが亀田誠治だった。と。力強く何処か湿り気のある英国系な音だった『隼』の音に対し、力強いが透明感があり情緒に溢れた『三日月ロック』の音を作り上げた。

実を言うと、音の録り方だけ見ると、僕は『隼』より『三日月ロック』好きだったりする。捨て曲がないのもその理由のひとつだけど。『隼』は音の録り、というよりかはむしろ、スピッツというバンドを覚醒させたこと、そしてかつてあった音を超えるモノを造ろうとした挑戦のモチベーション自体を気に入っている感じ。テーマが「『ハチミツ』を超えるモノを造る」だった、というのは有名な話だけども、その強いモチベーションが(プロデューサやスタッフを巻き込む形で)音に溢れてる感じが素晴らしい。つか石田に巻き込まれた、てのが間違いなくあるんだけども。メモリーズを完全に石田の音に変えたばかりか、石田のメロを思い切り挟んじゃった辺りが象徴的、つかあからさまだ。楽しかったんだろうなーレコーディング、てのが伝わってくるビンビン。

あー結局イシダマンセーで終わるのか……まぁいいや。因みにアルバム『色色衣』の話に戻すと、リマスタリングされた曲曲の変貌具合が秀逸でありました。特に「青春生き残りゲーム」はサバイバルな感じ大匙10杯増しくらいな感じで、なかなか素晴らしい。最初聴いたとき後期の曲かと一瞬間違えた。生き残れ生き残れ。


だけど、ここだけの話、一番個人的に好きなのは「大宮サンセット」であります。ご当地ソング、万歳。まぁ、今のところ僕以外に、その本当の理由は知らない。はず。

2004-10-25

[] <パクリ>にまつわるエトセトラ。  <パクリ>にまつわるエトセトラ。を含むブックマーク

……というのが卒業論文『<パクリ>をめぐる論考。』の仮題だった、て知ってるひと手を挙げてー。て誰も知る由ないですよね。いや、ほんと最初は「やっぱパクリ論文だし、題名もどっかからとってきたいよね。」と思ったのもあって、これで出すつもりだったんだけどさー……根がどうやら真面目らしいモノで、結局村上春樹の某小説から軽ーく中途半端に引用するにとどめたのでした。それに提出教官にはどうせ元ネタ理解らないからやっても効果薄いかなぁ、と思ったんだよな。まぁさておき。

今さっきたまたまiTunesが選曲した『さよなら夏の日』-山下達郎のイントロを聴く度、奥田民生引用パロディ)センスの高さを瞬間的に実感してしまう。最早職業病みたいなモノだなーこれ。けど、この美しい追憶的なイントロを『渚にまつわるエトセトラ』という70's歌謡曲的楽曲のサビの終止に持ってくるなんてそうそう思いつかないと思う。ビートルズの断片を寄せ集めて1曲つくるより案外思いつきにくいし曲に乗せるのて難しいんじゃないか?しかもそこに乗る歌詞が「リズムに合わせて恋するモード」とかなんとかて井上陽水の何か考えてるような何も考えてないようなて歌詞だったりするんだから堪らない。という訳で、ブクオフ辺りで格安で『JET CD』-Puffy見つけたら即買いして100回くらい聴きましょう。またバックに従えてるDr.Strange Loveとの組み合わせが堪らないんだな。

ところで『さよなら夏の日』でのこのモチーフも実に使い方巧くて、しかもそれを転調交えて曲の表情変えつつやるという、まるでおクラシック音楽のようなことをさらりとやってのけてる山下達郎。今更達郎について僕ごときが語ったとこで、他に幾らでも語ってるひとがいるだろうから仕様が無いんだけども、まぁいいよねこの曲、バラードをシンプルじゃなく作るのて実に難しいことだと思うのに、いやみなく心地よくそれやっちゃうんだから。これでこのイントロにも元ネタあったりすると「モライ!」て感じでレポート1本書けるんですが。あっはは。

そんなで最近は「効果的引用」について色々考えている訳ですが(とか言いつつ実は何も考えていない)SCUDELIA ELECTROについての云々とかもねぇ。実は某所で指摘されていた『Wine,Chicken, and Music』でSCUDELIA ELECTROが(つか「イシダ」が吉澤のピアニカを添えて)カバーしてる「2人のイエスタデイ」の歌詞の一部を削ってることは気付いてなかったのですよ。けど思い返すと、ライブでも何度無く聴いたけど、全部その歌詞を削った状態で歌ってたなぁ、と……確か。それでその削った歌詞の部分が「Truth」の英詞で引用されていたりして、その辺り想像膨らますと面白くはなりそうなんだけども、ちともう少し寝かせておきます……て書いてたら今まさにそのSCUDELIAのカバーの「Since Yesterday」が流れ出した……やっぱiTunesのパーティシャッフル機能には面白い何かが潜んでいるなぁ……。

因みに同様の現象は他のカバー曲にもあって、それが『SCUDELIA ELECTRO』所収の「Words」。未確認だけど、これもオリジナルの歌詞は2番があっても少し長かった気がする。余談になるけどさ、こないださー、PC整理してたら学生時代に「Words」の歌詞意訳したテキストファイル見つけて、赤面してしまったんだけどね。確かに元から言って赤面な歌詞ではあるんだけども、改めて字面を見つめて見るとけっこ恥ずかしい。また意訳具合が恥ずかしくて堪らない。幾ら意訳が面白いとは言え、これだけは絶対晒すまい。

まぁその意訳の断片はこのレポートhttp://d.hatena.ne.jp/assa/200207)で見られるんだけどもさ。このレポートは自分でも結構気に入っている。時間ない中書いたにしてはよく出来てるし、巧い具合に妄想を飛躍できてるし何とか着陸できてる感じがまたいい。これはレポートを提出した先生の授業が面白かったお陰だったと思う。

また話逸れたよ。いや、意図的に逸らしてもいるのだけども。いやー引用ておもろいよ。意図が明確で批評的(かつ下手すると頭でっかち)なパロディや剽窃自体が目的化してるサンプリングに比べずっと妄想が膨らんで実に面白い。言い換えるとテキスト読み的、というか、何処か文学的なんだよなぁ。この辺、ソツロンでは1ページで片付けてしまったのだけども、妄想補完して何かまた書きたいなぁ、としみじみ思ってる昨今。問題は……参照する楽曲の知名度か……あはは。

2004-10-24  

[]気分韜晦気分韜晦。を含むブックマーク

『色色衣』-スピッツと『DO THE BEST』-森高千里の2枚をハードオフで購入。

……先ず、後者を今更買った言い訳をすると、ひとつはあややカヴァーのせいです。こないだ店で「渡良瀬橋」流れてるの聴いて無性に歌いたくなったのです。けどあややを買ったり借りたり出来る程素直な人間でない僕は、森高千里ベストを買うという行為に走ったのでした。やぁ、L⇔Rゲスト参加してたし、ドラム叩きとは知ってたけど、全曲叩いてるとは知らなかった。流石に「巧い!」とは思えないけど、非常に素直なドラムプレイで好感は持てる。やっぱDIY精神は重要よね。そして、特にバラード系の曲をつまみ聴くと、ガールポップの基本をしっかり抑えててこれもまた好感持てる。その後、細野晴臣とかと色々やってたけど、その頃の曲より森高の声質には合ってるんじゃないかな。斉藤英夫というひとが曲をつくってることが多い。ハロプロ関連の仕事をしてる高橋諭一も参加してる。

が、この中で異色の曲が実はある。それが高橋の編曲、森高の作詞で作られた某ビールCMソング。『気分爽快』。この曲が黒沢健一の作曲というのは割とファンの間では知られた話だけども、こうやって並べてみると、面白すぎる。異色だ。明らかにビートルズ辺りの洋楽を意識したメロディライン、黒沢コード進行、イントロ/間奏/アウトロのペケペケ(?)ギターコーラスライン。それにいかにも90'sガールポップな雰囲気なシンセブラスやらなにやらが入ってなんだか曲の中で複数の音要素が不思議に共存してる。これで歌詞が「飲ーもーうー♪」ときたものだ。そのギャップになんだかめまいがしてきそう。や、良い意味でだよ。良い仕事してるんですよ、この曲で森高やスタッフは。実際、これ日本語の歌詞を載せるだけでも大変なメロディラインだと思うし(あー黒沢健一のこの曲のデモテープとかもしあるなら聴いてみたい……。きっとすごい渋い感じで作ったに違いない。間奏とか殆どそのまま使ってるんじゃないか、と妄想してしまうことしばし。)それに「トモダチと同じひとに憧れてそのトモダチがそのおとこデートすることになって私の分まで頑張ってねとビールでカンパイする。」という歌詞をメーカーの要望に応えて(?)しっかり書いて歌い上げた森高は大したものだと思う。弱冠日本語アクセントとのズレはあるのはこれはしゃーない。明らかに作曲者が日本語を意識してないからだ。

実は黒沢の曲て日本語歌詞を載せるの難しい。L⇔Rでも歌詞はどちらかというと記号的というか、ことばの音の質感を重視してもことばの世界観までは踏み込んでいない感じがあった。日本語を載せることを諦めた曲なのか、ブライアン・ペックに作詞委託して英詞曲にしてしまうこともしばしば。その英詞の方がL⇔Rの曲の質感を巧く捉えてると思えることもしばしばあった。黒沢健一英語歌うの巧いしね。

他の作家の例を見ると、加藤いづみの『Spring a-ring-ring』に提供された「7th ヘブン」という曲がある。アレンジはなんと上田ケンジだ。バックではカーネーションが演奏してる。Coccoのサポートもしてた堀越信泰も参加してる。ただ、この歌詞(岩里祐穂作詞)がまぁなんというかなんというか……。(とりあえず、7thが多いからて理由でセブンスヘブンは無いだろう?)ただ、この曲に関してはアレンジも実はそんな良くない。これは黒沢健一の持つ素直なポップさと上田ケンジアレンジやカーネーションを中心とした演奏陣の持つ独特のひねた質感と加藤いずみの素直でひねたヴォーカルが巧いことはまってないのが原因だと思うのだけども。それに比べると、『気分爽快』のアレンジは黒沢楽曲の洋楽的素直さに高橋アレンジのガールポップ的素直さが異色ながら絶妙にブレンドされてて結構面白い。ただ、これもぴったりパズルピースがはまってる、とは言い難く、違和感が弱冠残る。

で、何が言いたいかてと、黒沢の楽曲を日本人音楽屋や作詞家料理するのて難しい、てこと。だからL⇔R活動休止してソロになってもアレンジ陣は殆ど変えず岡井大二、遠山裕のふたりを中心に一緒にやってたんだと思う。で、バンドサウンドでやってみたもののやっぱり煮えきらず、今度はSCIENCE MINISTRYホッピー神山料理させたら、新機軸は打ち出せたものの、黒沢の素直さの良い部分は十分引き出されない結果となったり。実際、良いメロディを書いてるのに不思議なことだと思うのだけども。誰か彼の提供曲に良いリリックを載せて、良いアレンジを施してくれよー、と思う訳ですよ。「思ってた」訳ですよ。

……とまぁ、ここまで書くと懸命なる閲覧者の方は「要するに2004年、黒沢の曲にほぼパーペキに歌詞綺麗に乗せて、今までの黒沢提供楽曲にないアレンジを見事なバランス感覚と個性で料理したMOTORWORKSマンセープロデューサー石田小吉マンセー!と叫びたいんだろう?」とお思いでしょうが、そんなことはあります。その通りです。だってその通りなんだから仕方ない。まぁ考えてみれば、石田の素直に洋楽から影響を受けた音楽性と黒沢の洋楽から素直に影響を受けたメロディラインが相性よくないはずがないんだよな。うん。

そんなで、森高のベスト盤(420円)から飛びに飛んで、MOTORWORKS礼賛バナシになってしまった。やー『色色衣』についても言いたいこと色色あるのだけどもさ。つかそっち本題にするつもりだったのに。まぁいいや。て、どうせそっちでも石田はなしになるんだろうな。しかしサイゾーに出てるとは驚きだな。今度立ち読みしよう。おもろかったら買おう。

unicsunics 2004/10/26 18:57 MOTORWORKS話になるとは思いませんでした、素晴らしい論理展開です(笑)。
ちなみにスピッツは「ハヤブサ」の頃の曲しかカラオケで歌えません。石田氏マンセー☆

assaassa 2004/10/27 07:23 実は書いてる本人もそれが結論になるとは書き始めたときは思ってませんでした(笑)。石田とはまた組みたい、とマサムネも言ってるみたいなので、また組むときが楽しみですね。とりあえず今は、MOTORWORKSでおなかいっぱいですが笑。

2004-10-21 優しさにつつまれたい唄い手の話。

[][] 速く遠く、あの光を盗み出せたら、届けて欲しい。  速く遠く、あの光を盗み出せたら、届けて欲しい。を含むブックマーク

『Walkin' on the spiral』-the pillowsピロウズの15年間のキセキを綴った、ドキュメンタリフィルムてやつ。観ると猛烈に『Please Mr.Lostman』を聴きたくなる、そんなDVD。つか、久々にiTunesでなく、CDをプレイヤにぶち込んでロストマン聴いてる。入れ替える前はいってたCDは『Wine,Chicken,and Music』だった……解り易い……。しかしまぁ音はMP3に圧縮する前と後では全然ダイナミックレンジと高音の伸びが違うのね。CD買おうぜーCD。つ訳で今日はアジカン買って来た。ピロウズのシングル『その未来は今』も。

話が逸れまくりだ。Life is Spiralの話だった。じゃなくてピロウズの話だ。ロストマンの話だ。にしても、BUMPロストマンは実に名曲だと思う。やぁ、状況はどうだい?舵はしっかりとれてるかい?海路で迷子になってないかい?

……じゃなくて……いや、この盤は実に面白い。クールさと昂揚感、躁と欝。感情の起伏みたいなモノが楽曲の折り重なり方によって見事に顕されてる。よってこのアルバムの泣き場は幾つもあるのだけども、やはりクライマックスはこの一節だろう。「優しい歌を歌いたい/拍手は1人分でいいのさ//ああ君と出逢えてよかったな」その曲の名、「ストレンジカメレオン」。生年、1996年

因みに、これに立て続いてリリースされた名盤LITTLE BUSTERS』と『Please Mr.Lostman』、無人島に持っていくとしたらどちらを選ぶか?僕はロストマンを選ぶだろう。但し、他人に薦めるときはバスターズを薦めるだろう。殆ど沈んでるみたいな無人島で、しっぽを切りながら消せないせつなさに打ちひしがれる必要なんて大抵の人間には、ない。僅かなキボウを歌う斑虹を聴いた方が良いに決まってる。それでも優しい歌に思いを馳せる奇特な人間なんざ、僕ひとりで十分だ。

さて、無人島で聴きたい曲、涙しながら口ずさみたい曲。ストレンジカメレオン。どれくらい名曲かといえば、かのミスチルカヴァーせずにはいられなかったくらいに名曲なんである。そもそも、桜井和寿歌詩集の題名からして『優しい歌』だ。これは2001年当時リリースされたミスチルのシングルの題名からとられている訳だけども、その題名からして、実はストレンジカメレオンを意識してたんじゃないか、てのが僕の想像。だって、先月リリースされたピロウズの15周年トリビュート盤『シンクロナイズドロッカーズ』におけるミスチルの「ストレンジカメレオン」のカヴァーの熱の入り方は、聴けば理解るが、半端じゃない。勿論彼らは完全無欠の音楽的演出能力を有したバンドだから、それはただのカッコつけかもしれない。けどやっぱり音は上ずり、ことばのリズムをたたきつける桜井のヴォーカルを聴くと、これがただの演技的なモーションには聞こえないのは事実。This is not the motion, but the Emotion...

アレンジからして、桜井にそう歌わせるお膳立てに満ちたアレンジだったりする。先ず緩やかな三連の続く淡々としたミドルテンポのシャッフルな原曲をアップテンポな8ビートに変換してる。これが意味するものは「フレーズの凝縮」である。テンポが速くなり、三連シャッフルでやってたモノを半ばムリムリに速い4拍子8ビートに変換してるから、必然的にことばが詰まる。同じ時間でより多くのフレーズを歌わせる。するとヴォーカルはそのリズムに乗っかって、声をたたきつけることを可能にする訳だ。

先ず、重要なのがこの曲において大事な鍵となるフレーズ、イントロの「I wanna be a gentleman」、これを原曲のままの譜割で速い8ビートの4拍子に載せるのが難しいにも関わらず、実にさらりと自然に歌いこなしてる点。イントロで自然にこのフレーズが耳に入ってくるから、後に続くこの変則リズムが自然に聞こえてくる。このリズム感を生み出してる伏線となっているのがイントロのピアノフレーズや、ドラムの回し方、リズム隊の使い方だったりする。この辺の編曲のこなれ方は、やっぱ小林武史巧いよなーとか思う。しかしこんな熟練の職人技アレンジも、全ては、桜井に「歌わせる」ための装置に過ぎない。と、曲を聴いてると気付かされることになる。奇を衒い、独自性を出すために拍子を変えたんじゃない。全ては、桜井に歌わせるために、このアレンジは存在する。そんな気がしてくる。

それを象徴するのが、リズムがシンプルな8ビートに切り替わるサビのフレーズの歌い方。そのヴォーカルリズム感の崩し方+載せ方が余りに素晴らしい。あざとく聞こえるくらいに素晴らしい。ポップスとは元来、あざとくあるべきものなのだ。という極論が正しいかはさて置き、素晴らしいと思えることに変わりはない。

例えば「君といるのが好きで/後は<ほとんど>嫌いで/周りの色に馴染まない/出来損<ないの>カメレオン/優しい歌を歌いたい/拍手は1人分でいい<のさ/ああ>それは君のことだよ」「例え世界はでたらめで/種も仕掛けもあって/生まれたままの色じゃ/もうだめ<だって>気付いても」「もしも全てが嘘で/ただつじつまあわせで/<いつか><懐いて>いた猫は/お腹<空かせて>いただけで/すぐに<パチンと>音がして/弾けて<しまう>幻<でも/ああ>手の平がまだ暖かい」の<>で囲った部分。この部分のフレーズでヴォーカルリズムの崩し、ゆらぎ、たたきつけによって与えられるアクセントは相当のものがある。そこが強調されることで、逆に残りの8ビートに自然に載せたフレーズが綺麗にすっと、耳に入ってくる。実に緩急の妙というか、そういうものが構造的に巧くできてる。このヴォーカルは、崩すことで、バランスを獲得している。そんな気がする。

そのような歌唱の結果、強調されるものは何か。ことばに直すと陳腐だけど、それはことばの持つちから、とでも言うべきものだと思う。音がことばを強調し、イメージを増幅するのだ。そして、桜井の歌いたかったものの正体を、僕ら聴き手は妄想することになる。そして自然とことばはここへと繋がる。「優しい歌」。そう、全てはここに凝縮されている。

「優しい歌を歌いたい/拍手は1人分でいい//ああ君と出逢えてよかったな」。

常に大勢の観衆の拍手の前で、サービス精神たっぷりなポップスを振りまく、そんな桜井の本音がこっそり、この部分でささやかれてるような気がするのは何故だろう。カヴァー行為を「唄い手冥利」という見事なことばで椎名林檎は評したけども、唄い手にとって、カヴァーという行為の持つ意味は僕らが考えるより案外重く、深いのかもしれない。例えばこんな箇所。

「バイバイ/僕はストレンジカメレオン

原曲とは違い、シャウトでミスチルによるカヴァーは幕を下ろす。壮絶な叫び。それは「一人分の拍手のために、優しい歌を歌いたい、だが歌えない。」という反語を含んでいるような印象も受ける。そうか桜井、君はしっぽを切りながら、色を変えながら、必死に歌っているのか。けど結局その必死さは、優しさを打ち消してしまって、何処にもいけなくなっているのか。優しさに包まれたなら、どんなことばだってメッセージになるのに、それを失った今、声は空回り、本当に伝えたいことばは伝わらなくなっているのか。No No No Non……

そんな悲哀が見え隠れする、圧倒的なポピュラリティを持つカヴァー曲というのも、実に珍しい気がする。あえてそうしたとすれば、上記のような解釈も成り立つ気もしなくもない。ポピュラーミュージックの持つ悲哀。唄い手の持つ悲哀。そうか、この歌うたいはきっと他人のことばで以ってこう呟きたかったんだろうな、となんだか思ってしまったのでした。――優しい歌を、歌いたかった――あぁどうやら僕は、紳士にはなれなかったみたいだ――けど、だけど君に出逢えてよかった――。

2004-10-17

[] センチメンタル・コミックロマンス センチメンタル・コミック・ロマンス。を含むブックマーク

『僕等がいた』-小畑友紀、しばらく他のまんがが(谷川史子の初期作とおかざき真里南Q太の新作のことだ。)おもろくて止まってたんだけど、1〜6巻まで読了してつい昨日、最新に追い付いてしまいました。

最初はさー、あれ6巻におまけCDだかDVDついてら、高山みなみが声やってら。余り今良いまんが出て無いし、残業代の使い道探してたとこだし、何より表紙が綺麗で好みだし、女子高生に大人気てPOPでてるし、1週間で買い揃えるかー。て買い始めたつもりが結局巧いことはまってくれず買い控えてたのだけど。そんなこんなしてるうちにおまけ付6巻は店頭からなくなってしまった……。

つか主人公の名づけ方がまずよくない、て最初まず思ってしまったんよ。それが見誤ったはじまり。ナナて、モロに某女子高生カリスママンガを連想してしまうし、そいう偏見をまずもって読んでしまうと、全く別のプロットでもそれらと比較しちゃうのよ。するとプロットがなんだか『天使なんかじゃない』じゃないか、と、偏見持ってしまう訳ですよ。けどよくよく考えればボーイミーツガール学園アオハルモノ少女マンガプロットなんて殆ど一緒な訳で、そゆマンガプロットではなく描かれ方の差異を愉しむモノだて基本に気付けなかった訳ですよ。それで先週ふと止まってた5巻買ったら……せつねぇじゃんかチキショウ。つかサイドストーリー良過ぎ。しかもヒロインの名前が「   」かよ!みたいな……うっかり撃沈されました……。

まぁマンガとしては「死別」とか「同名」とか「友情と片恋」ていう使い古されてぼろぼろなモノをくっつけてベタベタに造ってる訳だけども、偏見取り払ってみると、あぁこれは立派な少女マンガなんだ、と改めて感じる。矢沢あいが『NANA』や『パラダイスキス』で、少女マンガの枠組と価値観をぶち壊し、また羽海野チカが『ハチミチとクローバー』で少年マンガギャグ要素と正統派少女マンガ的要素のON/OFFの切り替えでリズミカルにセンチメンタルなアオハルを描くて手法を確立してしまって以来、どうしても第一線で描いてるマンガ家がそゆ正統派マンガ描くと「何を今更……昔の矢沢とか谷川読めば済むじゃんー。」とかまず偏見をもってしまう訳だけど、小畑は、それをしっかり90〜2000年代解釈で料理してることに気付かされたのでした。今あえてベタな正統派マンガをセンチメンタルに描くことも必要なのだ、と思った昨今。切なさに小細工とかゴタクは要らないんだー7巻買うぞーチキショウー……。


それに比べて『彼氏彼女の事情』-津田雅美の19巻ときたら……コメントアウト……。

2004-10-13  ささやかだけどやくにたつかもしれないこと。

[] 著作権法改正要望のパブリックコメントを提出してみた。  著作権法改正要望のパブリックコメントを提出してみた。を含むブックマーク

どうやら僕は真面目なんだそうだ。まぁそれが真か偽かの議論はとりあえずいいや。僕は不真面目なことを真面目なフリしてやるタイプだと自覚してるつもりなのだけど……卒業論文パクリとりあげたせいでたまたまちょっと著作権問題に関心のある程度の市井のサラリーマンに過ぎない自分だけど、まぁたまには真面目なこと、やってみようじゃないか。


著作権法改正要望事項に対する意見募集について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2004/04100601.htm(21日まで)

著作権法施行令の改正に関するパブリックコメント(意見提出手続)の実施について」

 http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2004/04092901.htm(13日まで)

拙いことばながら、前者(還流CD輸入防止措置条項の反対、ゲームソフト中古販売は合法との判例支持、フェアユース規定の明文化業界によるコンテンツ私的複製の規制強化要求反対)と後者を提出しました。なんだ前者は来週までだったのか。まぁいいや。追加できるものがあったらまた出せばいい。

しかしまぁ法律てやっぱ頭痛いすねぇ。拙いなりになんとか理解してよくぞ意見できた、て感じ。自分で自分を褒めてやろう。

そんなこんな。著作権問題に関心のある方、以下読んで「これはんたーい」のひとことでもいいから意見だしてみましょうよ。ほんと、下のサイトは助かりました。素晴らしいです。


著作権法改正要望のパブリックコメントを提出する」

http://publiccomment.seesaa.net/

[][] 提出パブリックコメント全文掲載。  提出パブリックコメント全文掲載。を含むブックマーク

内容は他の方々のを参考につくったので目新しさはないと思いますが、時間に限りある中、一通り関連記事を読み、考え、考えを整理しまとめた上で文章化し、提出しております。この苦労に免じて、乱文や表記ゆれ、用語の誤り、日本語の間違い等々については目をつぶって頂きたく思います。

なお、下記掲載文章の著作権については、パブリックコメント作成目的の二次利用に対しては、これを放棄します。特に21日締め切りの「著作権法改正要望事項に対する意見募集について」の項目については、これを引用、参照、コピペ+一部改変した上で二次利用していただいて構いません。手軽に役人に意見表明をしたい方で、たまたま私と同様の考えを持っている方、是非ご利用下さい。(但し、内容についての責任はとれませんが……)

著作権法改正要望事項に対する意見募集について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2004/04100601.htm(21日まで)

CD還流防止措置(輸入権関連)への反対意見。

文化庁長官官房著作権課法規係 御中


国内盤のアジアからの還流防止を目的とした著作権法の改正に、下記の理由により反対する。

1:海外(欧米)輸入盤の輸入が制限を受ける可能性がある。

 輸入を制限した場合、消費者のCD盤購入の下記の選択肢が減り、音楽流通市場の縮退を招く結果になる可能性がある。

 ・海外では発売されるが国内では発売されない盤がでてくる可能性があり、その盤を聴きたくとも聴けない消費者がでてくる。

 ・値段が安く流通している輸入盤を購入するか、ボーナストラックやブックレット、解説が充実している国内盤を購入するか、という選択肢が減る。

 付帯決議において上記については記述されているが、法的拘束力がない決議のみをし、欧米盤への法適用の可能性を残したことは極めて深刻な事実であり、還流防止関連の法改正について、早期の再改正、廃止をすべきであるというのが私の見解である。


2:海外CD盤輸入業者/販売店への打撃。

 アジアよりのCD還流防止のための税関におけるCDのチェックの厳格化により、還流盤以外のCDの輸入に多大な時間とコストを要することとなる。そのことが業者や販売店のCDカタログ数の減少、売り上げ減少を招く可能性がある。

 著作者の利益、音楽業界からの著作者への利益還元が法改正の目的とされているが、本改正はむしろその二つに固執するがゆえに、音楽市場、ひいては日本音楽文化全体の縮退を招きかねないというのが個人的見解である。業界の沈滞化を招けば、最終的には音楽業界全体の不利益、そして音楽業界が利益を還元すべき著作者への不利益を招くことになる。

 以上、アジアからの国内盤還流防止を目的とした法改正について、上記理由につき反対し、早期の再改正、本項目の廃止を求めるものである。

中古ゲームソフト売買合法判例の支持。

文化庁長官官房著作権課法規係 御中


 社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(以下ACCS)は2002年4月25日最高裁判所・第一小法廷において確定したゲームメーカー7社と販売店チェーンなど3社の間で争われていた2件の訴訟に対しての判決中古ゲームソフトの売買は著作権法に違反しない」の立法による破棄を要求しているが、ACCSの要求、及び要求に従った法改正ついて反対する。

 中古市場の縮退はコンテンツゲームCD、本、DVD等々)の市場全体に不利益を与え、市場の縮退を招く可能性がある。また、古物売買は「(物品所有の)権利の消尽」を前提とし、法で認められた所有者が持つべき当然の権利である。

 以上の理由につき私は、市場への不利益と、消費者の選択肢の減少をもたらす、また消費者の権利を奪う可能性のあるACCSによる立法要求に反対する。また同様に、2002年4月25日最高裁判所判決を支持する。

音楽業界による音楽ソフトの私的複製の規制強化のための法改正要求について。

文化庁長官官房著作権課法規係 御中


 音楽ソフトの私的複製の規制を強めることを 日本レコード協会(以下RIAJ)は要求しているが、この規制強化要求に強く反対する。

 iPod等、ハードディスクによる携帯音楽プレイヤー(以下HDDプレイヤ)が消費者の支持を受け、その普及の速度を速めている状況下において、コピーガードをかけたCD規格外盤(以下CCCD)を発売していたレコード会社二社は新規ソフトのCCCD発売からの撤退を既に表明している。HDDプレイヤは個人による音楽ソフトの私的複製を前提に活用されるものであり、規制が強まればHDDプレイヤ利用者である消費者に大きな損失を与える結果となる。

 音楽業界は、法による規制の強化に腐心し利益を確保しようとするのではなく、HDDプレイヤの普及を含む、消費者層のニーズを真に組み入れた新たな音楽配信サービスの開発等により、利益を回収する仕組みを自発的に考え、実践に移すべきである。事実、米国では音楽配信ビジネスは大きな成功を収めているものであり、それは音楽業界コンテンツ配信業界の消費者ニーズの組み入れの努力の結果だったことは指摘するまでもない。

 逆に法による音楽ソフト私的複製規制は、HDDプレイヤ等ハード市場は勿論、消費者の音楽離れによる音楽ソフト市場の非活性化を招きかねない。私的複製については著作権に対する消費者の法に対するモラル重要だが、音楽業界モラル重要であるというのが私の意見である。

□フェアユース規定の著作権法における追加/明文化要望。

文化庁長官官房著作権課法規係 御中


 著作権法について、フェアユースの規定を設けることを求める。

 フェアユース規定は著作権法の硬直的な活用による抑圧から著作物消費者を保護し、結果情報の連鎖を促進し、文化の発展や、市場の拡大に寄与する。また、当該規定は、特にディジタル化が進む現状において、コンテンツ配信ビジネス等促進するため必要な項目と考える。

 また、本項目を規定することが、著作物消費者の著作権への意識の向上に繋がると個人的には考える。このことは、フェアユースを適用している米国における消費者、及びコンテンツ業界著作権意識の高さが実証しているのではないだろうか。

著作権法施行令の改正に関するパブリックコメント(意見提出手続)の実施について」

 http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2004/04092901.htm(13日まで/受付終了)

文化庁長官官房著作権課法規係 御中


下記引用著作権法施行令の改正について、以下、意見する。

「国外頒布目的商業用レコードを輸入する行為等が、著作権法昭和45年法律第48号)第113条新第5項本文に規定する要件をすべて満たす場合であっても、国内において最初に発行された日から起算して「7年を超えない範囲内において政令で定める期間」を経過した国内頒布目的商業用レコードと同一の国外頒布目的商業用レコードであるときには、著作権又は著作隣接権を侵害する行為とみなされないこととされています(同項ただし書)。

 このたび、関係権利者の利益の確保と、関係事業者や消費者の利益の調和を図ることを基本としつつ、音楽レコードの国内市場における流通期間や、相当の売上げが期待される期間を総合的に勘案して検討した結果、当該「政令で定める期間」は、国内において最初に発行された日(この法律の施行の際現に発行されているものについては、当該施行の日(平成17年1月1日))から「4年」とすることといたします。」

 上記施行令について、著作権保護期間4年とする案に反対する。理由は以下の通り。

保護期間の設定理由が明確でないこと。

 「関係権利者の利益の確保と、関係事業者や消費者の利益の調和を図ることを基本としつつ」と記述されているが、そのような考えを勘案したにしては、その根拠が明確になっていない。何故4年なのか、国民に明確な理由/説明がないまま法を改正するのは誰の利益にもならない。消費者(国民)の政治、ならびに音楽業界への不信感を助長するのみである。「音楽業界の利益ために政治が動いている」という錯覚すら生みかねない。そのような不幸を誰が望んでいるであろう?


□4年という期間設定が余りに長期間であること。

 17年1月1日より施行される著作権法において保護の対象となる所謂、J-POPと呼ばれる音楽盤の消費のサイクルは非常に短期間である。オリコン社の提供するCD売り上げ等のデータを見れば、多くのCDについて発売第1週の売り上げ(初動枚数)で全売り上げ枚数のほぼ半数が占められていることがわかる。また、多くのCDについては1〜2ヵ月で売り上げ枚数は落ち込み、全売り上げの9割近くを消化する結果となっている。

 このような邦楽音楽市場の現状を鑑み、保護期間の理想期間は2〜3ヶ月、長くとも半年とみるのが妥当であるというのが、私の意見である。

□参考URL

著作権法改正要望のパブリックコメントを提出する」 http://publiccomment.seesaa.net/

2004-10-08

[] このままどうして痛いんだっけ?  このままどうして痛いんだっけ?を含むブックマーク

恐らく購入する最新最期のレーベルゲートCD(つかCD規格外のクセにCDて書くのイヤだな、と今更のように気付く。)になるであろう『ストライク』-スネオヘアーを聴く。どうも悪くはないのだけど、「ストライク!」と歯切れ良く言えるような名曲でもないかなぁ、という感想。次号スネオ表紙を確約した某雑誌によるインタビューによれば、タイアップがついて突発リリースというから、まぁ仕方ないか。

スネオの魅力て、何処かうじうじした内向性と痛々しくなるまでの吹っ切り感の振れ幅の広さを、圧倒的なポピュラリティあるメロとアレンジの上で億面泣く歌い切れるとこだと思うのだけど(なんだそれは)どうもそういう「何か」をさらりと流してしまってる感じがする。ソツなくギターポップソングに仕上げました、て感じ。御得意のM7thのしょっぱい感じも薄いしminorのいなたい感じもない。名曲かつ迷曲『ヒコウ』で次のアルバムへの期待感が強まったけど、今作聴くとちょっと不安だぞ。カップリングは新作ではなくライブ音源だし。リリースも予定より延びてると聞く。

……まぁともあれリリース延びたおかげで恐らくCCCDは回避だろうし、結果オーライ、てことで、次作名盤期待してる連中のひとりですわオラァ。このままこうして、ここではないどこかへいきまっしょい。

あ、Polarisドラムのひとが叩いているんだ。へぇ

2004-10-04  

[][] 著作権法改正要望のパブリックコメントを提出する」  「著作権法改正要望のパブリックコメントを提出する」を含むブックマーク

http://publiccomment.seesaa.net/

リフレイン著作権法改正要望のパブリックコメントを提出する」

私も提出致します。13日までか。忘れないようにしなくては。

特に音楽業界に顕著な、業界偏重主義な法改正の繰り返し。ダンス教室で使用する音楽JASRACが巨額賠償請してなんと勝訴。こんな現状です。合唱やってるひともバンドやってるひとは勿論のこと、趣味や生活に音楽が密接に関わってるひとも、全く他人事にはなりません。

法律にカツを!業界にカツを!という訳で。

(出版に関しても言いたいことはヤマ程あるんだけどもとりあえず音楽に絞っております。)

2004-10-02  

[][][] 色褪せない気持にはたぶん不安すら届かない。  色褪せない気持にはたぶん不安すら届かない。を含むブックマーク

剽窃してるのは歌詞という記号ではない。歌詞自身の持つ意味内容、イメージでもない。イメージは文章を精製する過程で組みかえられるし、イメージから浮かぶ表層がたまたま、その参照元たる歌詞に連なり、剽窃という様式を有しているというだけの話である。それは歌詞の乱舞、というよりはむしろ爛熟である。それは散りばめられることなく、どろどろに溶け、甘さの混じった危険な匂いを放ちつつ、ただWEBという表層へと、溶けていくのだ。

以上。引用を装って自作スクラップ。思い付き。

id:mikadiri:20040929さんの文章よりちょっと触発されて勢いで書いてしまいました。僕も好きな音楽から題名や断片をとって文章書いたりしてるので、色々思うところはあります。http://park12.wakwak.com/~asap/dic/index.htmlなんてまさにそれね。

因みにhttp://www.h6.dion.ne.jp/~ninny/index.htmlid:mikadiriさんがはじめた、ピロウズタイトルから掌編小説を書くという試み。第1回「雨に唄えば」、面白かったです。余談ですがアカウント名が「ninny」てのが何より良い感じ。大好きなんです。この曲。

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axs. (20040504--)