クイル賞ノミネート絵本を読む#1 いつもぬいぐるみといっしょの赤ちゃんのお話
『Knuffle Bunny』には、赤ちゃんのいる家庭の小さなドラマがユーモアいっぱいに描かれる。舞台はニューヨーク、ブルックリンの街角。白黒写真で登場する通りや公園は、セサミストリートで目にするおなじみの光景だ。主人公のトリキシーは(きっと)歩き始めた頃の女の子の赤ちゃんで、まだ喃語しか話せない。ある日、大好きなうさぎのぬいぐるみ、ナッフルうさちゃんを連れ、ダディといっしょにコインランドリーにお散歩に出かけた。
小さな子どもとのお出かけって、何もかもが輝いて見える。歩調がゆっくりな分まわりがよく見えるし、意外なところに興味を示すから同じ場所でも大人が歩く世界とまったく違うのだ。
公園を抜け、学校の前を通り、コインランドリーでは遊びながらダディを手伝ってトリキシーは上機嫌。抱っこをしてもらい洗濯機にコインを入れるところなど、大人と同じことができて大満足なんだよね。好奇心いっぱいに輝く目がすべてを語っている。
さて、晴れ晴れとした気持ちでランドリーを後にすると、あれ?何かが足りないぞ! トリキシーはすぐさまナッフルうさちゃんを忘れてきたことに気付くけれど、何せ言葉がまだ話せない。ダディに伝えようと一生懸命喋るのだが、聞こえてくるのは「あ、ぐぐる ふら、ぐぐる くら、ぶぶる!」で、わけが分からない。ダディは「そうだね、おうちに帰ろうね」と相槌を打つけれど、トリキシーはもどかしさでいっぱい。さらに「ぶら、ぐぐる ぷら、ぶぶる!」「をぅんびい ふらっぴい?!」「すなーぷ」と必死に続けた。こんなところでぐずられてはたまらないとダディはなだめるけれど、たまりかねた彼女は(……これは、公衆の面前で親が一番避けたい瞬間……)「うわあああああ!」と泣き出してしまう。バタバタ泣きわめく赤ちゃんを抱える若い父親を見て、まわりの人々は怪訝な顔つきで親子に注目する。わかる、わかる、これって、ほんとうに親にしてみたら悪夢なのである。アパートに戻ると、さすがマミイ!「ナッフルうさちゃんはどこ?」と見るなり尋ね、事態は瞬時にして収拾に向かうのだった。このときのトリキシーの表情といったらない。あんなに話したのに、どうしてわかってくれなかったの?!というダディへの恨みと怒りを込めた顔つきをしている。
実写と軽いコミック・タッチのイラストが、(たぶん……)どんな親でも体験する赤ちゃん騒動記を今風ドラマに仕立ててくれた。ニューヨーク在の若夫婦の生活は、中表紙の結婚式、出産、抱っこ用スリングの赤ちゃん時代のスナップ写真から始まっている。(最後は裏表紙まで。)コミック専門の作者だけあって、登場人物の表情それだけでもドラマを物語る。
背景に写る木漏れ日がきれいなので、ブルックリンの風を感じながら夏に開きたい絵本。小さな赤ちゃんのいる家庭では、大受け太鼓判の作品である。こんなときがあったなあ……と家族みんなで思い出しながら楽しめる。ナッフルうさちゃんのような移行対象を持つ(持った)子どもや家族には、特にたまらないお話だろう。(asukab)
- 作者: Mo Willems
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四季の絵本手帖『すきですゴリラ』
- 秋の19ページ すきですゴリラ (あかねせかいの本 (12))
- 作者: アントニー・ブラウン,山下明生
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ところが、お誕生日の前の晩、ゴリラに会いたいというハナの気持ちが通じたのか、真夜中に不思議なことが起こりました。プレゼントのおもちゃのゴリラが本物になり、ハナを動物園に誘ってくれたのです。ハナとゴリラのお出かけは、彼女の深層心理の表れかもしれません。あるいは、夢とも考えられます。それでもハナは生まれて初めての楽しい体験を満足のうちに終えるのでした。
親の知らないところで子どもはこんな風に感じているのかもしれない……、そう気付かされる心理描写が作品全体を覆います。ハナのゴリラ好きを示す部屋の飾りや小物が愉快であると同時に悲しくも映りますが、帰結に待ち受けるあたたかい場面は子どもの憂いをさわやかに救ってくれます。(asukab)