06 お城の花火

リビング
夕方
兄弟のいるリビングに、風、帰宅。


ただいまー
おかえり、風
おかえりー
お前、最近、帰ってくるの、早すぎだぞ。会社、大丈夫なのか?
大丈夫だよ、時田がちゃんとしてくれているから
そんなこと言ってっと、またのっとられっぞー
いつも家にばっかりいるお前に言われたくないねー。バイク便はどーしたー?
今日も親父と一緒の現場だよ。バカにしてんのか
僕は今日、オフ
俺は家で学校の課題、ちゃんとやったぞ
学校、夏休みだし
なんだよなんだよー、みんな家が好きだねー
お前に言われたくねーよ、直帰社長
あれ、翔は?
翔さんは仕事
金の必要がなくなっても、ホストは続けるんだな
あの仕事、合ってるみたいだよ
昼間の、訪問販売をやめたって言ってた。
ふーん。

それより風、仕事が早く上がったんだったら、彼女んとこ行けよ
そーだよ。誘ってやらないと、すねちゃうよ
さすがカマモデル。女の気持ちがわかるねー
猛、優が怒るようにいやみなしゃべり方でいう
オネエキャラだったことはあるけど、カマモデルだったことは一度もないよ!
響子さんは、来たければ勝手に来るよ
冷静だな、明

千里ー!お土産
風、千里に紙袋を渡す

ってか、俺らの話、聞いてねーし
猛、風をにらみつける

ありがとう。なに?
花火買ってきた。夕飯食べたら、やろーな
うん
千里、花火セットを紙袋から取り出し、嬉しそう
今年、初めてだよー、花火
そーかそーか
あれ、
紙袋の中にたとう紙に包まれた浴衣が入っていた
浴衣も買ってきた、着てくれる?
え。あたし、1人じゃ着られないよ
そーか。じゃあ、お兄ちゃんが手伝ってあげる
なにそれ、セクハラ
兄の愛だってばーー

その様子を遠巻きに見ている兄弟。あきれ気味
デレついてるな、風
デレついてる
弁護士とはできない甘酸っぱいことを、全部、ちびっことやろうとしてねーか?
俺も千里さんと、浴衣デートしたい
僕も
私も風くんと浴衣デートしたいです
うお!
響子さん!
響子、にっこり微笑んで風を見る
・・・やっぱり来たか〜
風くん
はーい
千里さんの浴衣の着付けは私がいたします
はーい。よろしくー。
尻にしかれてるな、風
しかれてる、しかれてる



恐怖時計の部屋
紺地の浴衣の響子が、白地の浴衣の千里の帯を締めている

すごいね、響子さん。何でもできるんだ
千里さんも、私の年齢になるころには、もっといろいろ出来るようになっていると思いますよ。
そうかな。わたし、お母さんが早く死んじゃったから、お化粧も、お料理も必要にせまられてやっているでしょ。だから、いっつもなんか不安なんだよね。大丈夫かなー。これでいいのかなーって。
わたくしも、若い頃、勉強ばっかりして、何にも母親には教わらなかった気がしますね。それで、今になって、ちゃんと聞いておけば良かったと思うことが多いです。
響子さんでもそうなんだ
女性の先生は、一生、母親なのかもしれませんね。
ふーん。
だから、この世にあってもなくても、母親には、一生、話しかけながら過ごしていくのかもしれませんね
そーかー。
お母さんではありませんけど、私でわかることでしたら、何なりとお尋ねください
キリ、と帯を仕上げて
はい、できあがり
ありがとうございました
どういたしまして
今度、着付け、教えてくださいね
おやすいごようです
しっかし、風もマメだよねー。ちゃんと履物まで用意してるの
そうでもありませんよ。呉服屋さんに電話をかけて「一揃い支度して」って言ってましたから。
いくら取られたかは、知りませんけど、と付け足した響子の言葉に、千里、ふき出す。

私もお礼を言わなければ

千里さん、ありがとうございます
改まって一礼する弁護士に、千里、戸惑う
えええ。なになに
大蔵家にかかわってからずいぶんたちますが、今まで、あんなに明るい風くんを見たことがありません。―――お二人の姿を新造氏が見たら、どんなにか喜ばれたことでしょう。
そーかな
はい。新造氏と風さんは最後まで誤解が解けないままでした。千里さんにも、父親と名乗ることはありませんでした。他のご兄弟にも、それぞれに誤解を残したまま、お亡くなりになりました。その遠回りした時間の分も、千里さんと風さん、そしてご兄弟が、仲良く暮らしていってくだされば・・・。多分、それが、お父様―――新造氏が一番見たかった大蔵家の姿ではないでしょうかね。
千里と響子、新造さんを思い出して、しんみり

こんこん
はーい
扉の外から明の声
先に庭に出ているから、仕度ができたら、来てって
わかったー。すぐ行くー。

それでは、行きましょうか
ねーねー、響子さん
はい
響子さんにとって、兄弟の中でも風は特別なんだね
はい。
響子さんは風のことが好きなの?
・・・はい
弁護士、綺麗に微笑む。いつものクールな微笑よりも、柔らかく華やいで見える。
そっかー。いーなー。

弁護士、千里をちょっと見つめて、
悩み事ですか?
うん。正直になるのって、難しいなー、と思って
そうですか?
ちゃんと話がしたいのに、緊張したり、言いたいことが半分も言えなくてもやもやしたり、ドキドキして逃げ出しちゃったりするんだよね
それが、正直な気持ちなんじゃないんですか?
うーん
千里さんは、千里さんらしくしていればいいんじゃないでしょうか
そうなのかな
そうして、手に入れたものが、千里さんにしか得られない、幸せなんじゃないですか?新造氏や風くんもそれを望まれていると思いますよ



玄関先に縁台を持ち出し、腰掛けている風と弁護士
手持ち花火を持った明と千里、風に火をつけてもらう
向うには智と優が花火を持ってぐるぐると腕を回しているらしい光跡

夏だねえ
自分の手土産に盛り上がる兄弟を見て満足げな風。
隣では弁護士がうちわで扇ぐ、日本の夏

注目ー!!中国花火やるぞー!
なんだかんだで、一番燃えてるのが猛かも
猛の声にみんな集まる。
導火線に点火する猛。あわててみんなのところまで下がる
一同注目。しゅわしゅわと導火線の音。
とまる
あれ、消えたか?
猛が見直しにそばに近寄ると、火花の柱がしゅばばばばと上がる
うわ
腰を抜かし気味にあとずさる姿に、兄弟大爆笑
翔さんもいたらよかったのに
夜の仕事だから仕方ないよ
城と花火も合うもんだね
洋風と和風でバラバラなのにな
うちらしくて、いーんじゃない?

ありがと、風。すっごく楽しい!
おにーちゃん、は?
またなんかお兄ちゃんぽいところを見つけたら、言ってあげる
今日のはおにいちゃんぽいだろー
さっきセクハラ発言したから、減点。
えー
えへへー。また何か考えてね
千里、なんか買って欲しいものない?
えー?どーしよっかなー

おい
智が猛に肘で合図
風が女にあしらわれてるとこ、はじめてみたなー
やるな、ちびっこ。珍しいから拝んどくか
猛、本当に拝んでるよ
ていうかさー。あのSっぷりはどうみても
風にそっくり!
血は争えねーってことか〜
ほらほら見て!一番破壊力のある笑顔で、いじわる言うとこなんか、そっくり
わー
風と千里の攻防を見守る兄弟

どっか、行きたいとこない?あ、海、行こーか千里
それ乗った!
海、行きたい!
わ、なんだお前ら、割り込むなよ
家族っぽくねー?
夏休みだー。撮影のスケジュールあけてもらわなきゃー
頼んだぞ、風!
えー、お前らも行くのかよー
私も行きますよ。水着持参で
弁護士の発言に、一同固まる

よし、じゃあ、次は海ってことで!
締めの一発行きますか
明が9時に寝る前に!
今度はちゃんとやれよ
花火の筒を立てて、猛が慎重に点火
わくわくした顔の兄弟

どん!

頭上に開く打ち上げ花火。
見上げる兄弟
背景にはトリックハート城




玄関先で花火の後片付けをしている千里。
花火殻を拾って、バケツに放り込む
仕事を終わって、帰宅した翔が外の階段を上ってくるのに気がつく

おかえり
思わぬところで声をかけられ、驚く翔
・・・めずらしーね、こんな時間に
お仕事、おつかれさま
花火、やってたんだ
うん、風がお土産に買ってきてね
俺もやりたかったなー、花火
少し、とってあるよ。みんなとできるとよかったんだけど。大人組はさっきまで外でビール飲んでたんだけど、寝ちゃったみたい
なんだ、待っててくれたのかと思ったのに
ん?
なんでもないよー。と、ちょっとがっかりする翔
(気を取り直して)なあなあ、火は?
ライターがその辺に・・・
あ、あった
花火を物色。
派手なのはみんな猛が上げちゃったから、
昼間の花火も入ってるんだな。なつかしーな。ねずみ花火、プロペラ、煙幕、おお、パラシュート
あ、蛇花火もある
選り分けると手持ちの花火が数本と線香花火が一束
ちょっと淋しいね
いいじゃん、やろーぜ
はい、と千里に花火を持たせて、ライターで火を覆いながら点火してあげる
青白い火花
ついた。ありがとう
俺のに点けて
はい
ふたつの花火が、二人の周囲をほんのり照らす
浴衣、持ってたんだ
これも風が買ってきたの
甘いにーちゃんだな
ほんと
自分で着たの?
響子さんに着せてもらった。今度、自分で着られるように教えてもらうの
また来てんのか〜。あの二人、いい年してうちでデートするなっつーの
千里も笑う
あ、終わる終わる。新しいのちょーだい
次々点けてたら、すぐなくなっちゃうよ
今度はね、みんなで海に行こうって。翔、お休み取れる?
早めに教えてくれたらね。
せっかくなら、みんなで行きたいよー
兄弟で海なんて発想なかったなー。それも風?
うん
風がここまで、シスコンとはね
千里にお兄ちゃんと言わそうキャンペーンを展開してるの
どんなイベントだよ
ねー。

花火が消えると、明かりが消えるだけでなく、音も一緒に消えたみたいに静か

この前ねー
うん
初めて風のこと、お兄ちゃんって呼んだの。一回だけ
喜んだろ
びっくりしてた。あたしも恥ずかしいから、逃げちゃった
そーか・・・
照れ笑いの千里を優しく見つめる翔
なんだかね、だんだん、そういう気持ちになってくるから不思議なんだよね。
どんなきもちなの?
お兄ちゃんて、呼んでみたら・・・、あぁ、風はあたしのお兄ちゃんなんだって。
変でしょ、と千里は翔を見て笑います。
変じゃないよ。言葉にしてみて気がついたり、わかったりすることって、あるんじゃない?
そーなのかな
そーだよ

花火、まだある?
あとは線香花火
風流だねー

線香花火の紙縒りを指差して翔
では、線香花火の色、憶えといてください・・・「牡丹色、緑色、黄色」
千里、うん、と頷く
線香花火に点火する
小さな花火を見逃さないように、小さく座って、二人の額を寄せ気味に

火種がだんだんまとまって、オレンジの玉になる・・・これが、牡丹
玉が激しく火花を発してくる。・・・これが、松葉
火花がだんだん下向きに弱く長くなってくる・・・これが、柳
火花は玉のまわりを囲むように短く弱くなって・・・これが、菊
で、ぽとりと火種が落ちて、終わり
???
千里は意味がよくわからない
翔は新しい花火を出して
もう一回この色見てみ?牡丹、松葉、柳、菊・・・。
すごーい!この色って、意味があるんだ
線香花火の薀蓄でしたー。
もう一回見たい
はいはい
花火をふたつ持って点火。一本を千里に渡す
翔、何でこんなこと知ってるの?
むかーし、聞いたんじゃないかと思うんだけど。忘れちゃったな

小さな火種からは信じられないほど大きな松葉が開く
きれい。写真に撮れるかな。こういうの
カメラ持ちに行く前に終わっちゃうよ
じゃあ、よーく見て、憶えてこう
そうだな

一生懸命花火を見つめる千里を、翔が見つめる
きれいだな
ね。きれいだね。
浴衣の千里もきれいだよ。・・・ちゃんと憶えとく。

あ、落ちる
あ!
動揺した千里の手元から、線香花火の火玉が落ちる

びっくりするようなこというから
言葉に、しとこーかと思って
恥ずかしいよー!っていうか、翔、言ってて恥ずかしくないの?
んー。ちょっと、酔ってるかな
呑んでるの?
呑むのが仕事だからねー
なんだー。驚いたー。
千里、息をついて、何とか動悸を収めます

しごとおわりにごめんね、つきあわせちゃって
平気だよ。どうせすぐには眠れないし
あ、明日ー、沙織ちゃんの作戦もあるから、もう、休も、ね
千里、花火殻のバケツを持ち、あわただしく

おやすみ。翔も早く寝るんだよ
カラコロと下駄の音を残して駆けていってしまいました

翔、その後姿を見送って、
酔ってるからじゃ、ないんだけどねー



部屋に戻った千里、自分の上気した顔を抑えて、「暗かったから、わからなかったよね」と息をつく
も〜!と、小さく叫んで浴衣のままベッドに突っ伏す
枕に押し付けられた千里の顔から小さい声がこぼれました。
言葉って、すごいよ



バルコニーから顔をのぞかせ庭の様子を見る猛

あれは、仕留めそこなったよーだな

バルコニーで、飲みなおしている大人組。風、猛、優
んだよ。気を利かせてやったのに
翔があそこまで調子が出ないの、珍しいんじゃないの?
あいつの職業、なんだっけ?
NO.1ホスト
それだけちびっ子に本気ってことなんじゃねーの?
猛、ニヤニヤ
そうでなけりゃ、困るけどな
よ!おにいちゃん!
ちびっ子も、翔相手だと、調子狂うみたいだな
風、ちょっと面白くない表情
妬かない妬かない
あいつら甘えてんだよ。いつまでも、一緒にいられると思ってんだ
じゃーさ、時田の作戦と同時進行で、あいつらに何か仕掛けるか
なになに
なにやる?
どーしてやろーかねー






THANKS!!今回のおうち大好き兄弟のヒントはshihoyさんにいただきました。