楽しいひなまつり9

今度は?
ウォールクライマー。ロープ伝いに波型の壁を登る
きつそー
急傾斜を見上げる千里
こういうのは、からだが重くなった大人はしんどいけど、小学生なんからくらくクリアなんだよな

ねえ、こういう遊具って、年齢制限あるの?
さっきの看板に未就学児は不可って、かいてあった気がするな。
そーかー
どっちかって言うと体重制限に上限がありそうだけど
ロープ切れたりしたら、危ないもんね
よ、っと掛け声かけて登り始める二人
腕力がある翔と、身が軽い千里は同じくらいのペース
お互い顔を見合わせ、競走を始める
最後の一歩、足の長さで翔の勝ち
よし!
くやしー!
千里に負けるわけには行かないからな
次は負けないよー
いつから勝負になったんだよ
なんか、ついね
千里、舌を出す
翔が、笑いながら千里の背に手を添え、後ろを振り向くように促す
振り向く千里


更に高くなったプラットフォームは景観抜群
お城の屋根を下に見る


気持ちいいねー
ああ
ねぇ、未就学児は不可ってことは、一年生になったらこれで遊べるってことだよね
そうだな
あたし、一年生になる子に、心当たりがあるんだけどなー
千里、翔を見て小首を傾げる
俺もある
翔、千里に笑い返す


入学式はいつ?
4月5日。…こいいう時はどうしたらいいんだろうなって、咲に話したら、「力に聞いてみたら」って
そっか
うん。だから力にとーちゃんも行っていいか聞いてみようと思って
そうだね


千里の脳裏に力の笑顔が浮かぶ
きっと大喜びするだろうね

翔、ちょっと恥ずかしそうに顔をしかめると、語調を変えて話題転換
この前、会ったとき、入学祝、何がいいって聞いたら
うん
うちに遊びに来たいって言ってた。今度連れてきていいか?
もちろん。でも、先月も、その前の面会日も、うちに遊びに来てたけどいいのかな
本人が来たいって言うんだから、しょーがねーだろ
まあ、力くんがいいなら
あいつ「明おにいちゃん」が大好きなんだって
明おにいちゃん?
新鮮な響きだろ
たしかに
俺にとっちゃ冷や汗もんだった誘拐騒動だったけど、力、相当、楽しかったみたいでさ
度胸あるね
自分が漠然と思ってたことを、実行しちまったうちの連中が、かっこいいんだって
翔、力の狂言誘拐でやらされたイベントの数々を思い出し、苦虫噛み潰す
その表情に、千里、笑いをこらえる
でかい目の兄ちゃんとか、女っぽい兄ちゃんにも、また会いたいんだって
特徴、捉えてるね
千里、ふき出す
ちなみに猛のことは「カントク」って呼んでる
千里、猛の髭+サングラス+アポロキャップ姿がが頭に浮かび大爆笑
翔、苦笑い
笑ってないで、つぎ行くぞ
はーい
翔が指差した先にあったのは、中心に向かって傾斜が付けられた左右の板
V字バンク。両足で蹴りながら前に進む
なんかSASUKEにありそう
これ、止まったら、再開するの難しいから、一気に行けよ
えー?プレッシャーかけないでよ
千里、足首をほぐすように回しながら
・・・あの誘拐騒動に一番最初に協力したのは、明だったんだよ
そうだってな
2人でどんな話をしたんだろうね
そうだなー、多分、俺の耳が痛いような話だったと思うけど
と翔、きまり悪そうな笑顔でため息をつく
千里、ぴたりと動きを止め
でも、力くんは力くんなりに、すっごく悩んでたんだと思うな。だから、明も協力してあげたくなったんだよ。
明が一番さみしい思いをしたときが5歳だったって巻物にあったよね
翔、うなずく
千里、ちょっと視線をあげて
うちに来るのに理由なんかいらないよ。
この家は翔の、力くんのお父さんの家なんだし、あたしたちは、力くんをわが家の七人目の男子だって思ってるからさ。
と言うと、千里、照れ隠しに、もう十分ほぐれてるはずの手首足首をぐるぐる回す。
千里が大げさに照れるもんだから、なんだか聞いてる翔も照れくさい
・・・さんきゅ
あ、もちろん、力くんのお母さんが反対でなきゃの話だけどね
千里、遠慮がちに翔を見る
あー、その心配はない
翔、手を振って否定




月一で力と面会するほかに、養育費を渡すという名目で、咲と、お互いのことや力のことを情報交換する「ミーティング」の時間をとっている翔


お金、こんなにいいのに、毎月毎月
翔がテーブルを滑らした封筒に視線を落とした咲。封筒に触れ、ため息をつく
また取り決めた養育費より、多く入れてる
心配すんな。全部千円札だから厚く感じるんだ
翔、ウインク
バーカ
相変わらず、厳しいねー
自業自得ー。冗談ばっかり言ってるからよー
咲、冷たい目
翔、慣れっこだから効き目なし。
ホストやめたから、残念ながら、前ほどはねーけど、必要ないなら、貯金しといてくれ
といつもの軽口
自分ですれば?
俺の手元にあると、うっかり使っちゃうかもしれないからなー、オンナノコがらみで
と、翔、ニヤニヤ笑い
ふーん、ま、力にってことで、お預かりしますけどー
封筒をバッグにしまう
咲、「オンナノコねー」と呟いてため息つくと、
カップに手を伸ばし、コーヒーを一口飲む
ん?
咲、カップをおくと、片肘で頬杖ついて、不満そうに翔を見る
なんだよ
ちょっと、どうなってんのよ、翔のくせに
なんだよ、いきなりその言い方
全っ然、話、進んでないらしーじゃない
は?
家の中にライバルがざくざくいて、
は??
手ごわいアニキにからかわれて
ちょっと待て!
プロポーズもどっかの誰かに、先こされたらしいじゃない
受けなかったからいーじゃねーかって、おい!
なによ、ノリツッコミなんて珍しい
何でそんなに中途半端に事情通なんだよ
さあねー
咲、しらばっくれて指先で髪をくるくると巻く
翔、半分腰を浮かして、咲の鼻先を指差し
お前、まさか、力を送り込んでスパイ…
ばっかじゃないの?
咲、翔の指先を手で逸らし呆れ顔でそっぽを向く
ばかって、おまえなー
あたしが聞かなくたって、あの子が大好きな父ちゃんのことを、ぜーんぶ報告してくれるの。
「そりゃもう、うれしそうにねー」と咲、くすくす笑い
翔、力が自分を大好きってところはすごくうれしいものの、逐一報告ってとこにはちょっと複雑
咲、翔の表情を楽しそうにに見守っている
そんな咲を苦々しく見て、翔
その話を力に流してる奴がいるってことだよな
腕組みをして心当たりを探る翔
と、頭の中に赤い特攻服がひらめいて、翔、思わず額を押さえる
咲、あはは、と笑う
むかつくな、その余裕綽々の態度
しっかりしなさいよー
お前は俺の保護者かよ
それもいいかもねー
ったく、なんだよ
翔、椅子の背にもたれかかってぐったり
夫婦って形はあたしたちには合わなかったけど、なんかあたしたちなりの形ってあるのかもね
・・・それが保護者か?
しょーがない、力とまとめて面倒みてあげましょうかねー
お前は俺の母親か?
近いかも
俺と同じ歳のくせして
女のほうが早く大人になるのよー
はいはい
その子もさ、翔が思ってるよりも、大人なのかもよ

少なくとも、あたしたちが結婚した時よりも、今の彼女は、年上だしね
咲、テーブルにひじを突き、組んだ指に顎を載せる
そうだよな
翔、一瞬、七年という歳月を思い出してしみじみするが、すぐ我に返り
ってか、お前完全に相手特定して喋っているだろ
と苦々しげに咲を睨む
咲、楽しげに上目づかいで翔を見ると
だからー、わかりやすいって言ったでしょ?




翔、苦虫噛み潰したような表情でブツブツ言っている自分を、千里が不思議そうに見ているのに気づく
大丈夫?
な、なんでもねーよ


遅ーい!!来る気あんのかー!!
三度(みたび)、井上さんの雄たけびが轟く