2009-10-16
■30才になったので、ここ5年くらいを振り返る
追記09/11/06
能力に見合わないプライドを叩き潰す方法を教えてください。僕は心の底で自分が優秀だと思っています。しかし大学は留年する、車の免許さえ取れない、社交性に欠けるで無能なこと明らかです。でも心の底では自分は優秀だと思っているのです。自意識と実際の能力の間に大きな乖離があって、明らかに社会不適合。自分の能力を上げて、プライドのレベルを下げる。前者は日々の努力次第としても、後者をどうしたらいいのか困り果てています。
これとか、それについての分かりやい考察であるこれとか
・プライドが高くて困っている人は「とりあえずやり終えてみる」をモットーに!
難しい事柄は複合的な技術の結果によって成し遂げられるため、いきなり成果を求めてもほとんど失敗する。どうしても下積みが必要。この下積みが必要ということは、本を読んだり、人の体験談を聞いたりしただけでは絶対に腑に落ちない。理解してもダメで、腑に落ちないといけない。下積みが必要であるということは、自分の血肉として存在を感じるべきことであり、頭で知識として覚えておくことではない。
と、私も自分への希望と現実に絶望していた人間(今もないわけではない?)だったので、
本当にタマタマですが、30を期に書いていたこのエントリーが少しは関連があるのかなぁと一方的に
解釈し、トラバをはらせていただいました。意図、文脈に沿うものでなかったら申し訳ないですが^^;
30になった。何も変わらない。特にイベントもない。当たり前。
だから、自分で変える。イベントも作る。当たり前。
これの繰り返し、かなと。
5年位を思い出しながら、やったこととか、できるようになったこととか書いてみる。
- 25歳
- 26歳
- 27歳
- 28歳
- 29歳
↑ここは追記予定。
「本当の自分」はいつも過去にいた。
ここ5年位で大きく変わったことは
「俺は俺の才能をあきらめた」ことに尽きる。25歳、縁側でギター弾いていたときは、
ここで弾き続けることで、いつかきっとすごくギターうまくなる。その後、バンドやろう。
今は下手だからまだ早いな。いつかやるぞ。うん。みたいなことを考えていた気がする。いや、ずーっと昔からこの姿勢があった。
つまり、いつかやる!もっと成長してからやる!だって俺は成長できる! 結論、今はみんなの中でやらない。恥ずかしいし!みたいな。
もっというと、俺はまだ自分探しの途中!!本当の自分はまだまだこんなもんじゃない!!みたいな。
もっともっと言うと、まだ自分探しの途中なのに、周りがぐだぐだいってるからやる気がなくなった!だからできないんだ。周りの環境が整えば、俺はやれるんだ!みたいな。(←さすがにこの思考からは20歳のときに脱却していたがこんなころもあったと記憶している。)
人生「ログ」が30年たまった。
まっすぐ、自分の人生を振り返る。そのログが、20のときより10年分も増えているのだ。そこに重みがあると思う。
そこにいるのが「本当の自分」だ。過去のすべてが本当の自分で、未来にはまだ、本当の自分なんかいないのだ。
25歳位の時は、先の自分をみて、本当の自分みたいなことをイメージしていた気がする。でももう30年近くもたったのだ。その重さによって、自分の目をまっすぐ過去に向けることができることになった。
集中力の無い、おこりっぽい、被害妄想の激しい俺を、認め、許した。その点で、俺の思春期は終わった。
向いていないって何だ
その中で、もうひとつ見つけられたこと。向いていない、とか才能がないってことも気にしないってこと。
25歳の頃、仕事で大きな壁にぶつかった。
お客さんや上司からたくさん怒られて、
とにかく話していることが通じない。相手の認識と自分の認識がずれて、
うまく説明もできない。なぜこんなことになるのか。
クレームの電話が毎日のようにかかって来て、電話がなるのが恐怖症のようになった。
当時よく一緒に帰っていたid:FEMRIKと長い帰り道の中
「俺、会話の中で人の言いたいことをよく取り違えるんだ・・俺はこの仕事向いてないかもな」
と弱音をこぼしたのを覚えている。
しかしブレイクするーは来た。知らないことは細かく確認しよう。
今までは、怒られる、知らないと思われるのが怖かった。知ってるふりをしていたことを
どんどんと聞くようにした。
勘違いをする癖は今も直らない。でも、わからないところがどこか、ズレているところがどこかはピンとくるようになった。
その結果、自分以外の人が話しをしている時も、矛盾やすれ違いが起きていることが
ピンとくるようになり、修正をきかせられるようになった。これは会社では
重宝される力のようだ。
もうひとつ、劣等感の代表みたいなものがある。自分は、恐れる気持ちが強くて二の足を踏むことがおおい人生だった。realballer氏と再会したとき、その直観力と行動力にあこがれた。
でも、一人海外旅行をしたときに、それが自信に変わった。
「二の足を踏むような自分」なのだから、思い切りチャレンジしても問題になるような
ことには警戒心が働いて、結果として調度よいバランスを確保できる。
だから、チャレンジしていいのだ。みたいな結論に落とし込めた。
向いていないと思っていたこと、劣等感はチャレンジをしたことにより、
強みになったのだなと思う。
成果は 「努力 × 時間」
今までやったことでうまくいったことは
努力 × 時間 がちゃんとはまった時だなと思う。決して才能じゃない。100mを9秒台で
走る目標をたてているわけじゃないし。才能によって、できるようになる時間には差がでるかもしれないけど、
ちゃんと努力 × 時間 すれば、できると思う。
努力をやるには工夫が必要で、その工夫をするために自分のログが役に立つ。
僕は一人でいやなことを続けるときには結構サボってしまう。(それを十分認めている)ので、
意図的にやらざるおえない環境に身をおく。まずは奥さんに宣言する。
携帯もネットもできない環境に閉じこもる。とかそういうことをする。
あとは時間の問題だ。時間には「人生の全体は時間が絶対軸」という問題に直面する。
ここはとっても大事なこと。いつかは死ぬ。もう29年は終わった。
時間を大事に、でも時間をつかうことを無駄とかその辺は意識しすぎないように。
いろいろチャレンジしたいとおもう。
取り急ぎ、まず最初のチャレンジとして、今から100km走ってくるよ!




