パナソニックが消えた10日間


年末、ボーナス商戦まっただ中の10日間


「パァナソニック〜」というサウンドロゴがテレビから消えた。松下ブランドの全CMの代わりに流されたのは、「当社の石油温風機をお使いの皆さまへ」で始まる呼びかけである。これは一種、異様なCM(とは呼べないのだと思うが)となった。


もちろんテレビだけに限らず、新聞でも温風機回収への協力を呼びかける全面広告、全5段広告などをよく目にした。当然、その間はたとえばテレビメーカーが激しく競い合っている薄型テレビの広告なども一切目にしていない。


時期は年末のことである。ボーナス商戦、といえば年間売上の中でも相当なボリュームを占める時期だ。ここでメーカーとしてCMも新聞広告も、詳しくはみていないがおそらくは雑誌広告も差し止める。その潔い姿勢は、やはり松下幸之助氏の精神が生きている会社だと感銘を受けた。


メーカーとしての責任を果たす。それは自社が社会に対して持っている存在価値を確認する行為である。とりあえず何でもいいから売上さえ上げればいいという考え方の対極といっていいだろう。売上とは単にモノが売れた結果ではない。メーカーとして世の中に提供した価値が認められる、その結果として得られる対価、それが売上だと。


もちろん流通段階では、たとえばチラシから松下製品が消えるというところまでは行かなかった。広告は差し替えたが、販売までを自粛したわけではない。不良品は温風機のことで、ほかの製品の価値がなくなったということではないのだから、これはこれでいいのだと思う。


そして、ここで実に興味深いことが起こった。これはおそらく松下も予想していなかったことかもしれない。広告業界、テレビ業界にとってはとてつもなく恐ろしい事態でもある。


年末の10日間、まったく広告を打たなかったにも関わらず、松下の主力製品「ビエラ(薄型プラズマテレビ)」の売れ行きは落ちなかったという。これを坂本衛氏は次のように書いている。

そこで、次のことを放送クラブ記者や放送評論家の誰一人として指摘しないのが、筆者は不思議でならない。日本最大の家電メーカーが、冬のボーナス商戦の真っ最中に1カ月の3分の1の期間、全商品のテレビCMをやめたことは、テレビ史上初めての出来事なのだから。これはテレビCMを打つメーカーが、過去にやりたくても絶対にできなかった極めて貴重な「実証実験」なのである。その実験結果が、テレビ業界に激震として伝わりつつあるのだ。

http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tv_to_do/060120_2nd/index1.html


かねてよりテレビCMは本当に売上に効くのかどうか。誰もが疑問に思ってはいたはずだ。とはいえ特に大メーカーほどテレビCMを打つのは当たり前のことであり、当たり前のことをやらないなんて暴挙はどこもできなかったのだ。どうしても予算を削減しなければならないときには、本数を減らす、制作費をカットする、タレントを使わないなどさまざまにコストカットはするもののCMを打たないなんてことは、どこもやらなかった。


「CMって、ほんとうに効果あるんか? 少なくともテレビCMをやらなくても、別の手段で売れるんじゃないか」なんて考えた宣伝部員は、これまでに何人もいたはずだ。でも、そんなことを口に出すのは御法度である。いろいろと裏もある。その昔は、宣伝部長になれば家が建つなんて話もあったぐらいだからね。


のだが、図らずも松下が壮大なる実験をやってしまった。そして、少なくとも「ビエラ」のように安定した認知度を持ち、流通での扱いがしっかりしている製品については、市場導入時はともかく、いったん認知された後にCMを打ち続ける必要はないのかもしれない、という考えが芽生えた。


坂本氏は、誰もこの事実を指摘していないことを不思議がっているが、指摘したくともできなかったのではないか。あるいは指摘しようとして潰された可能性もある。本当なら『宣伝会議』や『ブレーン』、あるいは『販促会議』あたりでも取り上げられていいテーマだと思うのだけれど、それも恐くてできないのだろう。


ということでマスコミ論とか社会学あたりを研究している学生なら、卒論のテーマにも十分になる話だと思います。誰か、やってみませんか? できる範囲での協力はしますよ。






昨日のI/O

In:
『デジタルコンテンツ革命/三浦文夫』
三浦文夫氏・インタビュー
Out:
X社・社長インタビュー原稿



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