机の前はどうあるべきか

抜けているべきか、それとも壁でふさがっているべきか

仕事部屋の模様替えをしてみた。といっても、机の位置を動かしただけだけれど。えらい人たちの仕事場の写真を見ていて、ふと、気づいたことがあったのだ。もしかしたら、机の前はすこんと抜けていて、何もない方が思考が広がるのではないかと。


これまでは、机は壁もしくは窓に向けて設置するものだと、思い込んでいた。机とは、そのように設置すべきものであり、机の向こうに空間がある状態など想像することもなかったのだ。ところが、例えば大前研一氏の机の前にはすっきりとした応接スペースが広がっている。


プレジデント誌に掲載されていた写真を見て思い出したのだ。もう10年以上前の話になるけれど、取材に行ったときの事を思い出しても、確かにそうなっていた。そこでハタと思いついたのが、机の前の空間と思考の広がりの関連性である。


もちろん人によるのだと思う。だが、これまで机の前には壁あるべし、と疑うことなく生きてきた人間としては、一度、机の前に何もない状態を試してみたいではないか。早速、壁際に引っ付けていた机二つを、よいしょよいしょともう一つの壁際に並べてある本棚の前に移動させた。


その結果が、上の写真である。写真には写っていないが、イスの背中の部分はすべて本棚である。そしてパソコン机(iMacが乗っている)と、もう一つの長机の間を通路としている。机の前からもう一方の壁までの間には、ざっと1メートルぐらいの空間が広がっている。すっきりである。


このレイアウトに変えてから、このブログを書くまでの間に1時間ほどかけて、別の原稿を書いていた。配置換えをした成果はてきめん、というわけには、残念ながら、いかないようだ。が、少なくとも気分は、明らかに変わった。


気分が変われば、意識も変わるだろう。意識が変われば、思考も変わるかもしれない。思考が変われば、そのアウトプットの一つである、原稿のクォリティも変わって然るべきだと思うのだが、さて、どうなるか。



昨日のI/O

In:
『ご馳走帖』内田百輭
Out:
諸星裕氏取材原稿
神戸医療センター取材原稿
共用品研究関西取材原稿

昨日の稽古: