三流物書きを目指すたつきに薔薇を このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-08-27

[][][]そう、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ考察「テキストの限界を超えるノベルゲーム」

起:トリックの必要性「物語としてのミステリ」

ミステリにおいて、トリックはどれだけ重要でしょう。


トリックだけあれば、ミステリと呼んでもいい、という極端な人もいれば。

トリックなんて必要ない、論理だけでそこに到着してほしい、というもっと極端な人もいると思います。


さて、そんなトリックは、ミステリは物語の皮を被ったパズルだと思っている方にとっては、大切ですが

あくまで物語だ、と思っている方には、物語との一致性が必要が大切だとお思いでしょう。


テーマ、これは動機、と読み替えることも可能です。

なにしろ、ミステリで語られるのは、当然、事件なわけですから。


もちろん、中には主人公と事件が分離した形で、それぞれのテーマを語る作品もあるでしょうが

今回は、ミステリにおいてテーマを語るには、事件を通じて主人公がテーマ的な何かを感じる必要がある、としておきましょう。


このとき、人の心情を、つまり動機をただ描いたのでは、物語の中にミステリ要素があるだけの作品です。

お手持ちの社会派やら宮部みゆきやらを開けてください、大体そんな感じだと思います。


あくまで、ここで主張したいのは

ミステリ”が”物語になる為に必要なものです。。

物語にただミステリの要素を詰め込んだだけでは、駄目なのです。


その為には、人の心情とミステリ的要素であるトリック、すなわちハウダニットとホワイダニットが結びつく必要があるのです。

そうすることで、ミステリは物語に成りえるのです。

物語的である動機と、ミステリ的であるトリックがばらばらに存在していては、それぞれの中にそれぞれの要素が含まれているだけでしかありません。


ホワイダニットとハウダニットの融合は、ミステリを物語の領域に押し上げる要素なのです。

承:セリヌンティスの船「融合の具体例」

近年で、見事に融合を果たした作品といえば、石持浅海「セリヌンティウスの船」でしょう。


この作品では、徹底的なまでに動機とトリックが融合しています。

どうして自殺したのか、と、どうやって仲間を巻き込まずに自殺できたのか、というそれぞれのダニットは

「自殺」という、被害者と加害者が同一の視点に立つ要素により、見事に融合を果たせたのです。

さらに、この作品は、誰が自殺を手伝ったのか、というフーダニットを持ち出し、ミステリ要素を固めます。


テーマである、絶対の信頼と、死による永遠性を語る上で、絶対の信頼を持ちえているからこそ、死を選択できた。

というように、絶対の信頼により選択できたハウダニットと、絶対の信頼を得る為、というホワイダニットが融合しているのです。


このように、セリヌンティスの船は物語が出来たのです。

転:だらよのテーマ「テキストの限界」

さて、では、ANOSシリーズの「だらよ」はどうでしょう。


一見すると、この作品は理不尽なバッドエンドと、ANOSシステムは一切結びついていません。

というより、理不尽すぎて、ホワイダニットはまったく語られません。

これでは、パズルゲームだと言われても文句は言えないでしょう。


ですが、この作品のテーマが語られるのは、エンディングではありません。

そう、理不尽なあの展開を下地に語られる。

「生き返りの可能性」に関するカトリーヌフォルダ、だと思います。


あのフォルダは、ANOSの限界を示しています。


どれだけ、ANOSで可能性を改変しようとも

あの、素晴らしい はもう一度こないし

理不尽でない世界に生きることはできない。


という、メタ的に言うなら

「テキストにないことは出来ない」という、ノベルゲームが抱える最大の問題を示唆しています。


ANOSがあろうがなかろうが、テキストに書かれていないことは出来ない。

結:「だらよ」と今までのANOSシリーズ「ノベルゲームはテキストだけではない」

ANOSシリーズでは、テキストの外から仕掛ける、トリックが多発します。

BGM、立ち絵、背景、SE、システムとノベルゲの構成要素全てから、トリックを仕掛けてきます。

これは霧舎の学園シリーズに通じる、素晴らしいミステリ要素ですね。


テキストを超えるトリックと、テキストの限界を指し示すテーマ。

そう、あのテーマはノベルゲームの限界を示しながらも、トリックの方はノベルゲームの可能性を示唆しているのです。


今までのANOSシリーズは、パズルゲームとしても、ノベルゲームとしても素晴らしいものでした。

ですが、そのそれぞれの要素は、パズルはパズルとして、テキストはテキストとしての素晴らしさ、だったと思います。


ところが、今回のだらよでは、見事にテキストとパズルの融合を果たしています。

一見すると、テキストの限界を指し示すあのフォルダは、そこだけを見ると、尻切れ蜻蛉な後味の悪い理不尽な終わり方に見えます。

しかし、テキストの可能性をそこまでに、嫌になるほど見せられた読者には、そう写らないはずです。

テキストの外のどこかに、まだ可能性は残っているはずだ、と思えるはずなのです。


テキストに書かれていないことは、出来ませんが

ノベルゲームはテキスト以外にも要素があり

世界には、まだまだたくさんの要素があふれているのです。


このようにだらよは、ミステリである、パズルパートと

物語である、ノベルパートが見事に融合した作品なのです。


だらよはミステリと物語が融合しており、今までのANOSシリーズとは一線を画している。

余談

どうも、たつきです。

予想通り、応援のコメントなんかはないですね。

まあ、至極当然ですよね。


にしても、一つの更新に一時間以上掛かってますね。

まあ、そういうのんびりさも、この企画の売りではないでしょうか?


この「だらよ」は、企画が始まる少し前に終わらせたので、実際には、ここからがスタートです。

さあ、まずは何を読もうかな。

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