2008-04-25
「境界線」には魔力がある
境界線には強い魔力がある。
人は境界線に強く引かれる。それはもう、DNAのレベルで引かれると言っても過言ではない。理屈ではなく(あるいはこれも理屈かも知れないが)人は境界線に心引かれるようにできているのだ。
一口に境界線と言っても、そこにはいろいろな意味が含まれている。大きく分類すると、それは三つに分けることができる。
一つは、文字通り二つの勢力を分かつものとしての境界線。
人は、これが非常に気になる。どこが境界線なのかを、はっきりさせたがるのだ。それが、自分のテリトリーだったりする場合はなおさらだ。
古来より、人はこの境界線をめぐって幾多の争いをくり返してきた。過去に起きたほとんどの争いは、境界線を確定するためのものだった。「面白い」と言っては語弊があるが、気になって仕方ないのだ――「一体どこまでが自分のテリトリーなのか?」、そして「それをどこまで広げられるのか?」ということが。それを知るためには、争いも辞さないというわけだ。
境界線……それは猫にとってのマタタビのようなものかも知れない。人は、それに無条件で惹きつけられてしまう。
二つ目は、ある状態から別の状態へと変化するその過程に出現する境界線。これに、人は面白さを見出す。
例えば「夕方」である。
夕方の面白さというのは、筆舌に尽くしがたい。もう他を圧倒している。昼とか夜とか、全然問題にならない。あの秋の、夕日のさして、山の端が近く見えるところに家路を急ぐカラスたちが二羽とか三羽飛んだりして、ましてや雁の列が遠くに小さく見えていたりする様は、清少納言に教えてもらうまでもなく、面白さの一つの究極だ。
このような境界線は、他にもいくつかある。例えば水平線(地平線)。空と海(大地)とを分かつあのなんとも言えない丸みを帯びた線は、見る者をある種の特殊な感情へと誘う。あるいは波打ち際。寄せては返す、海と陸との境界線。満ちては引き、引いては満ちのくり返しは、やはり見ていて飽きることがない。
だから、この三つが同時に味わえる「夕方の海辺」などは最高だ。鴨が葱を背負ってきたようなもので、これだけでご飯何杯でもいける。
また、例えば「青春」なんかもこの部類に入る。子供から大人へと変化する過程に現れるこの境界線には、悩み、迷い、矛盾(!)、葛藤、希望、絶望、喜び、落胆、獲得、喪失など、人生のドラマチックな側面のほとんどが詰まっていて、面白さでは他の年代を圧倒している。
あるいは、大晦日から正月にかけてのあの感じや、子供の誕生、結婚式、そして死なども、やっぱり境界線として、有史以来人の心をとらえて離さない。
三つ目は、何かが境界線上にある時の面白さだ。
以前に紹介した松田優作は、その代表例。彼は、演技と狂気の境界線上にいた。あるいは、ビートたけしのトークなども、この部類に属する。全盛期、彼のラジオのトークには、実話とホラが絶妙なバランスで配合されていた。そんな境界線上の面白さが、今なお伝説的な面白さとして語り継がれている。さらには、長嶋茂雄。彼は、天才なのか奇人なのか? その境界線上でくり広げられてきた数々の逸話が、彼のスーパースターとしての地位を揺るぎないものとした。
こんなふうに、境界線には非常に多くの面白さが含まれていて、概念として堅固な強度を誇っている。これを凌駕するものとなると、ぼくにはわずかに二つしか思い浮かばない。それが「似ている」と「矛盾」だ。
言い忘れたが、「境界線」を含めたこの三つには、強度の順位づけがしてある。三位がこの「境界線」で、二位が「似ている」、一位が「矛盾」である。
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