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2008-06-13

0014「お見合いおばさんの復権」

秋葉原の事件についてなんだけどさ、なんでみんなもっと肝心なことについて正面から語らねえんだよ。犯人は自分がキモイことに絶望してたんだよ。犯人が残したWeb上のlogで分かるじゃねえか。そこ無視すんなよ。もっと言えば彼女ができないことに絶望してたんだよ。それは仕事クビになるとかよりずっと大きな問題だったんだよ。もっと言えばクビになるから益々彼女ができなくなることに絶望したんだよ。雇用形態がどうとかの問題じゃあ全然ねえんだよ。男女関係不全の問題なんだ。どいつもこいつも、そこのところが分かってねえなあ。


若者の絶望ってのはこれに尽きるんだよ。彼女さえいればたいがいの孤独は癒される。しかし彼女のいない孤独ってのは他のなにものでも癒されねえ。それでも癒したいから、それを癒すためのビジネスが巨大なマーケットを築くんじゃねえか。いわゆる萌えビジネスってやつだ。あるいはケータイもそうだし、カラオケもそう。アニメも車も……とにかくなんでもそうなんだ。


なんでみんなそのことについて正面から語らないんだろうな? と言いつつ理由は推測できるけどな。

一つはそれは「個人の問題」って切り捨ててること。そこまでは社会もさすがに面倒見切れねえってわけだな。雇用問題はみんなで協力して改善することができるかも知れねえけど、てめえがモテないことはてめえで解決してくれやってことなんだろう。

あるいは過干渉に対するアレルギーがある。これまで、あんまりにもお見合いおばさんたちのことを悪く言い過ぎたんだ。「ほんと、おばさんはお節介なんだから!」って言い過ぎた。それなもんだから、おばさんたちも萎縮して、もうお見合いをあんまり勧めなくなっちまったじゃねえか。


しかしもう、そんなことを言ってられるレベルじゃなくなった。これはもう個人の問題じゃねえ、社会の問題だ。リアルを見ても、ネットを見ても、男女関係不全に悩む人々はあまりにも多いじゃねえか。これはもう、社会の問題として、みんなが協力して、男女をうまくカップリングさせるシステムをちゃんと構築し直した方がいい。


それには、まずはお見合いおばさんを復権させることだ。「もう、ほんとにお節介なんだから」とか言って排斥するのは、もう金輪際なし。世間はもっと、結婚していない男女に干渉することを、積極的に奨励し、そういう人を称揚するようなシステムを作った方がいい。


「あらあんたまだ結婚してないの?(心からの驚愕)」

「えーっ!(白い目)」

「どうして?(糾弾するような言い方)」

「仕方ないなあ(上から目線)」

「じゃあ来週の日曜日開けておいて(有無を言わさぬ口調)」

「あなたにぴったりの人がいるのよ(自動化された、感情のこもってない語り口)」

「これでもう大丈夫よ!(私がいなかったらどうなってたのかと言わんばかりの)」


これくらいは受容されるべきだ。あるいは30を越えて結婚してない男女には、年に一度の割合で、役所の職員が訪問するなりして、「あなたはなんで結婚しないのですか?」「する予定はないのですか?」といったことを聞き取りするのもいいだろう。拠ん所ない事情で結婚できない人以外には、これくらいのプレッシャーをかけた方がいい。


こうしたお節介こそが、今日本に一番欠けているものだ。今こそ、これまで排斥されてきた、お見合いおばさんたちにかつての栄光を取り戻させねえと。

納豆

北大西洋条約機構。

セトーカーにならないための3つの方法

セトーカーがなぜいやらしいかというと、それが起こる心理状態に理由があるんですよね。

「自己正当化」って、自分を「正当」だと思ってる人には起こらないんですよ。「正当化」っていうのは「正当でないものを正当にしようとする」行為ですから、正当な人にはまず必要ない。それから、反対にもし不当だったとしても、「自分は正当だ」と思い込んでる人には、やっぱり起こらない。自分にとっては「正当」なわけだから、「正当化」する必要がないんですよね。だから、やっぱり「自己正当化」をしないようになる。バカがいっそすがすがしいのは、これが理由なんです。


セトーカーは、そうじゃないんです。セトーカーの場合は、自分でも分かってるんです。「自分は正当じゃないんじゃないか?」「ヘタすりゃ不当まであるんじゃないか?」って。

その意味で、彼らはバカではないんです。けれども、色んな理由があってそれを認めたくない。一番は心が弱いのが原因でしょうけど、自分でそれを認められない。自分に嘘をつき、誤魔化してしまう。

だから、セトーカーに豹変するんです。「バカじゃなかいけれども、心が弱い」。そういう人が、一番セトーカーになりやすいんです。


もし、これを読んでいて「あ、自分にもそういうところがあるな」と思った方は、ぜひ気を付けて下さい。一度セトーカーになると、大変ですからね。周囲の状況がまるで見えなくなって、まず対人関係がうまくいかなくなる。不平不満が増え、イライラが募るようになる。しかも、そこから抜け出すのは至難の業です。

極端な言い方ではなく、もしセトーカーになってしまうと、人生そのものが不幸になります。どんなに恵まれた環境にあっても、もしセトーカーであったなら、その人の人生は不幸です。


だから、セトーカーになることだけは、絶対に避けてもらいたい。そうすれば、例えどんな困難に襲われようとも、大抵の場合は乗り越えることができるはずです。セトーカーにならないことは、人生をより良くいるための、究極のライフハックの一つです。


セトーカーにならないためには、次の3つを守ってもらえればいいと思います。これさえ守って頂ければ、セトーカーになる確率はかなり低く抑えられます。


「セトーカーにならないための3つの方法」

  • 1.「間違わない」
    • これが一番基本ですね。まずは間違わないこと。どんな時でも正当な人間でいられることができれば、セトーカーになる可能性はまずありません。
  • 2.「間違うなら心から間違う」
    • しかし人間ですから、時には間違ってしまうこともあるでしょう。そんな時は、いっそ心から間違って下さい。そして間違ったことを、死ぬまで気付かないで下さい。振り切ったバカというのは、とても幸せな存在です。これもまず、セトーカーになることはないでしょう。要は、中途半端が一番ダメということですね。
  • 3.「間違いに気付いたら素直に認める」
    • しかしもし、あなたが正しいことを貫けず、かつ間違ったことにも気付いてしまうような中途半端な人間だったら、その時は覚悟を決めるしかありません。謝るのです。間違いを素直に認めて、ごめんなさいと言いましょう。その時は、確かに恥ずかしいかも知れません。しかし、ここで素直に間違いを認めておけば、少なくともセトーカーになることだけは防げます。

いかがでしょうか。上の3つは、心懸け次第で、きっと守ることができるはずの事柄ばかりだと思います。

上の3つを守って、ぜひセトーカーにならないようにして下さい。そして人生を、充実した、有意義な、幸せなものにして頂けたらと思います。