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2008-08-20

記憶力について

「人間の能力には限界がない」という言説をまことしやかに使う人は多いですけれども、あれは全く信用がなりません。そんなのは、怠け者の言い訳です。ぼくはもともと信用してなかったのですが、あるエピソードをきっかけに、その思いをますます強められました。


ぼくは昔、自分が冗談ではなく若年性アルツハイマーではないかと深刻に悩んだ時期がありました。それは、自分の記憶の一部分が、ごっそり抜け落ちるという経験をしたことがあったからです。


ぼくは以前、映画の監督や俳優や作品名をごそっと忘れてしまったことがありました。

大学生の頃、ぼくは浴びるように映画を見ていました。そうした中で、監督や俳優や作品名を、毎日「ぴあシネマクラブ」という映画についての分厚いムックを眺めながら一生懸命覚え、それを土台に、ああでもないこうでもないと映画のことばかりを考えていた時期がありました。


それから大学を卒業し、働き始めて4、5年が経過した頃のことでした。仕事先に映画に詳しい人がいて、その人と映画談義になりました。そこでぼくは、昔取った杵柄で、かつて覚えた知識の数々を披瀝してやろうと意気込んだのですが、その時、とんでもないことに気付いたのです。

なぜか、固有名詞が出てこないのです。ちっとも出てこない。特に、ぼくの一番好きだったハリウッドの監督やスターの名前が全く出てきません。それは、いわゆる「ここまで出てるのに」というレベルのもありましたけれども、たいていはごそっと忘れているのです。すっぽり抜け落ちている。おかげで、映画を語ろうにも、あれ、あの、ほら、あれに出ていたやつ……という感じで、お話しになりませんでした。


ぼくは焦りました。大学を卒業して以降、映画についてはパタッと見なくなったので復習は全くしてなかったのですが、それでもたかだか4、5年です。ぼくはまだ20代中盤の若さでした。その若さで、記憶にこれだけの深甚なダメージを受けるというのは、これはもう何かの病気に違いない。これは本当に若年性アルツハイマーか、あるいは脳の記憶を司る部分に深刻なダメージを受けたのではないか……そんなふうに、いたずらに不安を募らせていた時期がありました。


ただ、映画についての固有名詞はごっそり抜け落ちたのですが、それ以外の記憶には深刻な忘却がありませんでした。また、全般的な物覚えが悪くなるといった、日常生活に支障をきたすようなトラブルというのもない。それで、日が経つに連れ楽観的に考えるようになり、そのことは次第に忘れていきました。


ところが、それからさらに数年が経過したある時、ぼくは、この体験をいやでも思い出さされるような、一つのできごとに巡り会ったのです。

それは、「緋色の研究」という小説を読んでいた時のことでした。「緋色の研究」は、言わずと知れた「シャーロック・ホームズ」シリーズの第一作で、コナン・ドイルの大出世作です。この小説を、ぼくはとても面白く読んだのですが、それとは別に、そこに描かれていた一つのエピソードに、ある種の啓示とも言えるような、強いインスピレーションを受けたのでした。


それは、こんなエピソードでした。

小説中、ふとしたことから助手のワトソン博士に「地動説」の存在を教わったホームズは、しかしすぐに「これは忘れなければならない」と言うのです。不思議がるワトソンに、ホームズはこう説明します。「人間の記憶力には限界がある。憶えておけるものには限りがある。だからぼくは、自分の仕事(探偵)に必要な記憶以外は、全て消すようにしているのだ。地動説なんて、推理には必要じゃないから」と。


この瞬間、ぼくは電撃で貫かれたような閃きを覚えました。そして、かつての体験したあの忘却に、一つの解答を得たのです。

この時、ぼくはこう考えました。

ぼくがかつて映画についての固有名詞をごっそり忘れていたのは、脳にダメージを受けたからではなく、自分自身で忘れるようにしていたのだ! ぼくは、自分でも気付かないうちに、映画の記憶をまるで不要なデータをゴミ箱に入れるように消去していた。そうして脳の働きを良くしていたのだ。自分では自覚してなかったけれども、働き始めてからのぼくにとって、映画についての固有名詞はほとんど不要な情報だった。一方、憶えなければならないことはいくらでもあった。そこでぼくは、自分でも気付かぬうちに映画の記憶を忘れ、脳の動作環境を良くしようとしていたのだ。まるでシャーロック・ホームズが「地動説」を忘れたように!

そう考えると、ぼくはすっかり腑に落ちました。それ以外の記憶が抜け落ちなかったのも、物忘れがひどくならなかったのも、これで説明がつきます。


そしてそれは、ぼくにとっては大きな発見でした。ぼくは、大学生の頃に、ぼくの脳の容量いっぱいのところまでいろんなものを記憶していたのです。そうしてもう、何かを忘れなければ、それ以上憶えられなかったり、脳全体の働きが悪くなるところまできていた。そのことに、ぼくはこの時初めて気付いたのでした。

それは、とても嬉しいことでもありました。ぼくの脳の「絶対量」がどれくらいかは分かりませんが、少なくともフル稼働はさせていた。使い込むだけ使い込んでいたのです。そのことが、ぼくにはなんだか嬉しかったのです。

もう一つ嬉しかったのは、コナン・ドイルもこれと同じ体験をしただろうということです。コナン・ドイルもきっと、自分の脳の限界ぎりぎりまで何かを記憶した経験があって、これ以上何かを憶えるためには不要な記憶を消去する必要に差し迫られた。だからこそ、「緋色の研究」にああしたエピソードを書くことができたのです。


そうして、ぼくは思いました。

「記憶力の善し悪しというのは、けっして絶対量ばかりではかれるものではない。むしろ、使い方の方がだいじなのではないだろうか? なんでもかんでも憶えておけば良いというものではなくて、不要なものを捨て効率化をはかることが肝要なのではないだろうか。そういう「忘れる能力」が、実は記憶力にとってはとてもだいじな要素なのではないか!」

そして手塚治虫が言ったように、もし「才能とは記憶力のことである」とするならば、それは即ち「要らない記憶は忘れる」ことも、才能の一つといえるのではないか――そんなふうに考えるようになったのです。


それからさらに、この考えを押し進めて記憶――才能とは何かということについて考察し、整理して、まとめるようにしたのですが、それについてはまた別のエントリーで書きたいと思います。


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