2008-10-17
ブログに書いていいことと書いてはいけないこと
ブログは、個人のスペースではあるけれど、公開している以上は、公共のスペースでもある。だから、何を書いても許されるというものではない。それは、建築物のようなものである。建築物は、例え自分の土地だからって、何を建ててもいいというものではない。きちんと法規とモラルに則って、建物を建てなければならない。
ブログもそうだ。ブログも、何を書いてもいいというわけではない。きちんと法規とモラルに則って書かなければならない。
ブログに書いていいことは、自分の知っていることである。自分の知っていることは、書いていい。
反対に、自分の知らないことを書いてはいけない。自分の知らないことを、さも知ったふうに得々と書いたりするのは良くないことである。
ただしそこで、一つ問題が出てくる。それは、「自分がそれを知っているか知らないか、よく分からないことがらがある」ということだ。知っていると思うけれども、でももしかしたら本当は知らないかも知れない、そういう昼とも夜ともつかないトワイライトゾーンのようなことがらが、世の中にはある。
そういう境界線上のことがらについては、どうすればいいか?
ぼくは、書いてもいいのではないかと思う。むしろ、書いた方がいいと思う。
というのは、ブログというのはありがたいことに、さまざまなフィードバックを頂ける。そのため、そうしたトワイライトゾーンのことがらについて書くと、そのフィードバックによって、自分がそれを知っているか知ってないか、はっきり分かる場合があるからだ。
これは、ブログを書いている当人にとってはものすごく有益なことだ。また、人に迷惑をかけるところも(知らないことを書くよりは)少ないので、トータルで見ると、益するところが多い。
また、そうしたトワイライトゾーンのことがらについては、ネットで幅広い層のフィードバックを頂かないと、いつまで経っても気付けないということがある。リアルの限定された人間関係だけでは、なかなかそこまで辿り着かない。
その意味でも、トワイライトゾーンのことがらについては、ブログに書いた方がいいと思う。そこで、不特定多数のフィードバックを頂けるということは、ブログの、引いてはインターネットの、一番の長所でもあるのだから。
はてなの世界も奥が深いと思わされた3つのブックマークコメント
はてなブックマークコメントを見ていて驚いたことを3つほど。
まずは、少し前にこういう記事を書いた。
これに対して、こんなブックマークコメントを頂いた。
kohedonian FFの話が2段目に持ってきてないとMM・・・何?な人は読むの止めると思う。
このコメントには、大いに気付かされるものがあった。そうなのだ。この記事は、まさにこのkohedonianさんが述べる意味で弱かったのである。
はてなブックマークコメントには、なぜか記事の細部や各論への言及が多い。おかげで、意識はどうしてもそちらに向かいがちになり、結果、重箱の隅をつつくような益のない議論に終始することがほとんどである。しかしその中にあって、kohedonianさんは珍しく、広い視野から大局的な評価をしてくれた。おかげで、自分自身でも気付かなかったこの記事の弱点に気付かされた。このコメントによって、ぼくの中のピントのずれていた部分は大いに修正された。
続いて、一昨日こういう記事を書いたのだが――
それに対して、id:y_arimさんからこういうブックマークコメントを頂いた。
y_arim id:aurelianoらしくもない記事。ちょっと油断した? この文章、「書いてみた」以外に何の意志も自意識も見出だせないぞ。内容が凡庸すぎて不気味なくらいだし、同語反復も多すぎ。なんかあった?
これは驚いた。というのは、この記事は書く前に少し躊躇いがあって、それでちょっとふわっとしたものになったと自分でも思っていたのだ。
ただ油断していたわけではない。こういうふわっとした記事も、ぼくは必要だと思ったのだ。だからあえて書いたし、あえてアップした。
ふわっとした記事を書くことは、かちっとした記事を書くのと裏表だ。両方必要なのだ。かちっとした記事を書くためには、どこかでふわっとした記事も書いておかないとならない。
例えて言うなら、カメラのピントを合わせる前に一旦ぼやけた状態にして、そこから徐々にピントを合わせるような感覚だ。ピントを合わせるためには、ピントをぼやかせるという作業も必要なのだ。だから、ぼくはこういう記事も必要だと思っている。こういうふわっとした、ピントのぼやけた記事も、ブログの大切な構成要素だ。
それでも、こんなふうに受け取る人がまさかいるとは思わなかったから本当に驚いた。ちょっとしてやられたと思った。はてなも奥が深いなと思わされた。y_arimさんは前から鋭い人だなとは思っていたが、今回のコメントでその思いを一段と強くさせられた。
それから、一昨日にはもう一つ、こういう記事も書いたのだが――
これに対して、こんなブックマークコメントを頂いた。
hatuseno お前が言うな ゲーデル先生にとりあえず謝りなさいな
これにも驚かされた。というのは、この人はぼくが憧れてやまないクレタ人の在り方、つまり矛盾した、パラドキシカルな物言いを、ほとんど地でいってるからだ。
この人のすごいところは、ぼくが横井軍平のことを知っているのか知らないのかよく分かっていないくせに、勝手に知らないものと決めつけて、
hatuseno 任天堂, GAME, これはひどい, みっともない, 故人に対する冒涜行為, 噴飯モノ 前回横井氏を触れなかったことをしてツッコミ受けた件は触れず「偉大だ」とは・・・任天堂信者じゃない私だがいちゲームフリークとしては噴飯モノの文だね。Googleをヨイショする似非エンジニアみたいな感じか
と書けるところだ(この記事の「あなたが勝手に考えた物語に、生身の人間を安易に当てはめるのはやめろ」という言葉に影響を受けたのかも知れない)。
さらにすごいのは、今度はやっぱりぼくがそれについて知ってるか知らないのか分かっていないばかりか、存在自体さえよく知らなかったゲーデルについて、ブックマークページについたいくつかの他人のコメントに気を大きくして、上に引いたコメントを堂々と書けてしまうところである。ここには、矛盾した物言いにプラスして、もう一段上のドン・キホーテばりの狂人のメソッドまで援用されている。いや、そのメソッドの上を言ってる。こんなふうに即時的にコメントを頂くと、そうしたメソッドの存在を知っているぼくでさえ、本当に気が狂ってるのではないかとつい疑ってしまった。こうしたことを軽々とやられてしまうと、ぼくとしてはもはやシャッポを脱ぐ以外ない。
というわけで、はてなブックマークもどうしてどうして、なかなか奥が深いなと思わされたのだった。
